第二十七話
今日も今日とて寝がえりが打てず、起きて早々屈伸運動を入念に行うことから余の朝は始まった。
床に布団を敷いて寝ようと思ったのだが、そもそも布団が存在しない世界。
ベッドのマットレスならあるが、それを敷けるほど借りている部屋のスペースに余裕はなかった。
故に今でもフェミナと添い寝である。
いかにフェミアが幼かろうと、年頃の男女が二人、身を寄せ合って寝るだのと……。
まぁ人間の男ではいろいろ問題が起きるところではあるな。
だが余は魔王だ。
正確には前世であるが。
俗世とは無縁な余の魔王人生。全てを超越した余にとって、性欲など取るに足らぬ物。
むしろ何それ美味しいのって感じばい。
「さてフェミア。サクっと起きるがよい」
「ぅんむぅ〜」
「石鹸の褒美を買ってやるから急げ。ガンドたちが来たら、余はまた動けなくなるのだからな」
「あぅ!」
既に着替え終わった余は一階へと降り、早くに出かけるため朝食は不要とおばさんに伝える。
フェミアが下りてくるとそのまま家を出た。
町へと到着すると、まずはガンドの家を訪ねた。
ちょっと聞きたい事があるからだ。
「なんだカミキ。随分と早いじゃないか」
「ちょっと聞きたいことがあって。外に出て貰っていいか?」
家の外にガンドを連れ出し、その辺に転がる石を拾って地面に絵を描いていく。
描いたのは竹の絵だ。
こういう木が生えていないか、それをガンドに聞きたかったのだ。
「あぁ、そりゃあチクだな。やたら成長が早くて、だが使い物にならない植物さ」
「こっちの世界にもあったのか」
「ん? なんか言ったか?」
「いやいや。このチクはどこで手に入る?」
ガンドは首を傾げ――そんなものを欲しがるとは、変な恰好しているだけあって変な奴だと言う。
前半は必要なかろう……。
「チクなら町の東側の森に生えておるわ。町の南東にある森の入り口あたりにいくらでも生えておる。建材にも使えぬし、伐採数の制限もない。好きなだけ切っていくがいい」
「南東か。日中は護衛に着かなきゃならないし、夕方にでも行くか」
「あぁ、だったら午前中のうちに行け。仲間には午後から作業だと伝えておこう」
それはそれでマイホーム完成が遠のく。
だが水を引くための準備もしなければ、結局マイホームは完成しないんだ。
だったら午前中に済ませてしまおう。
「それとな、ギルドに顔を出せ。先日の素材代金が用意できたとさ」
「おぉ、これで金持ちになれる!」
「追加費用でガッツリ貰っていくからな」
ぐ……そうだった。
風呂の増設以外にも、家の外にトイレと作業工房を、そして家具一式を頼んだのだ。
それらもギルド持ちの料金に含まれていなかったため、完成後にお金を払うことになっていた。
金額にして金貨十二枚を要求されている。
まぁ百二十万で風呂とトイレ、工房に家具が揃うなら安い方だ。
先日の素材報酬次第では分割支払いだな。
馬と荷車をあとで使うとガンドに伝え、次に向かったのは――。
「うぅぅ」
「わかっている。朝ご飯だろう」
「あう!」
ガンドと話をしている間も、隣でぐーぎゅるるーという腹の音が鳴っていたからな。
それに、余もお腹が空いたし。
通りを漂う香ばしい匂いにつられ、やってきたのは一軒の屋台だ。
フェミアは肉料理を好む。
余もどちらかというと肉料理だな。
むしろこの町は肉料理がメインで、魚料理は少ない。
まぁ海は遠いだろうし、川も町のずぅーっと北にあるというのを家人に聞いただけで、実際には見たことがない。
魚が手に入りにくい環境が出来上がっているのだ。
本日の朝食はハンバーガーだ。
馴染みのあるアレと、正直何も変わらない。完全無添加なぶん、体に優しいのはこっちだろう。
朝なので余は野菜を多めに、肉少な目に注文。
フェミアは肉を指差し、店主が盛り付けるのを見ながらもっともっととジェスチャーする。
ダブル……いや、トリプルサイズの肉の量だ。
それを二つ。肉の種類を変えて注文。
相変わらずよく食べる奴だ。
そのせいだろう。最近心なしかふっくらしてきた気がする。
まぁ気がする程度で、未だ体の線は細い。
「フェミアよ。しっかり食べて大きくなるんだぞ。俺としてはもう少しこう――」
もう少しこう、力仕事も任せられるぐらい――
「しっかりとしたボディラインのほうが好ましいからな」
「はぅ!?」
ん、どうしたんだ?
急に顔を赤くして。
熱か? いやないな。
また喉に肉でも詰めたか。
うむ、赤身が引いたようだ。大丈夫そうだな。
「さて、ではギルドへと向かうとしよう。その後はお前の褒美を買って、それからチクの伐採だな」
「じゃあこれが先日の素材報酬です。解体作業代は差し引かれてますので」
「え、解体代とか、取られるのか?」
「そりゃあ取りますよ。解体業者だってボランティアじゃないんですから」
と、しっかり金をむしり取られていた。
コルトナから受け取った金額は、金貨十枚。ガンドたちに払う追加費用に少し足りないな。
「ところでコルトナ。ポーションを作るための材料を教えてくれないか?」
「ポーション?」
「うむ。マイホームにあれこれ注文したら、追加料金をせびられてな」
「あぁ、ガンドさんから聞きましたよ。まぁギルドとしては家本体料金しかお出ししませんので、仕方ないですね」
人の良さそうな顔をして、鬼のようなことをサラっと言うな。
「ポーションの素材ですか……じゃあここに書いておきますね。傷を癒すタイプと精神力を回復するタイプ、あと解毒や麻痺といった、状態異常を回復するそれぞれのポーションの素材……と。はい、これです」
「これらは全て森で採れるのか?」
「半分以上は取れますよ。印を付けておきますので。ついて無いものは遺跡ダンジョンや山のほうで採れるものですね。どれも数が少ない物ばかりですから、採ってくれば高く買い取りますよ」
ふむふむ。これを見ると傷を癒すオーソドックスなポーションは森の中で揃えられるな。
あと必要なのは水と空き瓶か。
まぁその辺りは先に水を引き込んで、そしてマイホームが完成してからだ。
「よしフェミア、次行くぞーっ」
「うぉー」
ギルドの周辺には、冒険者御用達の店がずらりと並んでいる。
店舗もあれば、屋台のようなものまである。
ウィンドショピングのつもりが、店員に絡まれTシャツを買わされる。
などという苦い思い出が蘇った。
だから屋台を流し見しよう。
「予算は……そうだな、金貨一枚でどうだ?」
首を傾げたフェミアは、それから周辺の屋台を見て回る。
「"ハンドクロウ"というスキルを持っているだろう。だったら鉤爪武器がいいのではないか?」
「う」
素直に頷いたあたり、最初からそれを探しているのだろう。
やがて見つけた屋台に、三つの鉤爪武器が並べられていた。
「いらっしゃい。お兄さんの武器かい?」
余とフェミアが屋台の前に立つと、店主らしいスキンヘッドの親父が愛想笑いを浮かべてそう言う。
「いや、この子のだ。"ハンドクロウ"というスキル持ちなのでな、活用できる武器をと思って」
「なるほどなるほど。けどまだ腕も細いし、力があるようにも見えねぇな。手首を痛めないよう、今はこういうのがいいだろう」
スキンヘッドが勧めてきたのは、ジャマダハルという武器だ。
鉤爪は指ぬきグローブに刃を付けたような物だが、こちらは柄の代わりに取っての付いたナイフ……そんな感じだ。
フェミアは鉤爪を物欲しそうに見つめていたが、やがて自分の手をまじまじと見た結果――」
「あぅ」
「ジャマダハルでいいのか?」
「う」
「よし、ではこれを買おう」
「毎度あり。1500マニーだ」
金貨一枚と、銀貨五枚。
予算オーバーしとったとね……。