第二十六話
常駐当番も無事に終わり、翌日から薬草採取に着手した――かった。
「あぁん? 俺らを放って森に行くだー?」
「いやいや困るよ」
「こんな森の目と鼻の先なんだ。日中だってモンスターが出てくるかもしれない」
「「しっかり見張っててくれなきゃ困るんだよ」」
と、大工のみなさんがそう仰る。
結局、作業現場が見えるほどの距離にまでしか入れず、傷薬系の薬草を見つけるに留まった。
まぁこの辺りはギルドに売ってしまおう。
だが大工のみなさんが言うほどモンスターの姿も見ない。
おそらくだが、この辺りは冒険者が遺跡に向かって歩くルート故、実は安全が確保されているのではなかろうか。
なんということだ!
金が必要だというのに、こやつらは余が採取に向かうことを許してはくれない。
しかもだ。
「どこかからか水を引いて来ねぇとな」
「地下に水があればいいんだが、掘ってみるか?」
「あー、俺らはそっちの専門じゃねえ。別のを雇いな」
おい、家を建てるだけかよ。
じゃあ風呂は?
あ、水問題を解決しなきゃどうにもならないのね。うん、そうだね。
温泉? なんだそりゃって、温泉を知らないのか!?
まぁ温泉はおいといて、水問題か……。
それを解決するためにお金が必要になる。
集落を救った英雄への報酬として新築物件が贈られた。
そういう話だったハズなのに、罠にはめられた気分になるのは何故だろう。
こうなったら薬草を採取しまくってやる!
この辺り一帯が枯れても知るものかっ。
そうして建築現場が見えるギリギリ範囲をうろうろしていると、ふと水のせせらぐ音が聞こえてきた。
冒険者が遺跡へと向かう道は開けており、そこからは離れた場所から聞こえてくる。
音のする方へ向かうと、建築現場も見えなくなってしまいそうだ。
湧き水でもあるなら、そこから水を引けるのではないか?
集落の井戸から水を引くより、こっちのほうが断然近そうだ。
夕方、ガンドたちが帰ってから調べてみるか。
そして夕方。
ガンドたちが帰るころ、集落の方からフェミアが駆けて来た。
彼女が謎の物体を余に見せる。
その物体からは、ほんのりハーブのような匂いがした。
「うーぁ」
「なんだ、これは?」
「あっ。あぁー」
ぴょんぴょんと跳ね、しきりに物体をアピールする。
乳白色の手のひらサイズの物体。
それを見たガンドが、
「石鹸だろ?」
と短く言う。
な、に?
「石鹸だと!?」
「あぅー!」
満面の笑みを浮かべ、再び跳ね回るフェミア。
そうか……遂に石鹸の製作に成功したのか!?
これぞ……これぞ自給自足のスローライフ!
尚作ったのは余ではなく、フェミアだ。
だが熊脂をゲットする機会を作ったのは余である。
だから余とフェミアが協力して生産したものだ。そうに違いない。何も問題は無い。
ガンドたちが町へと戻った後、さっそくフェミアと伴って森へと向かった。
昼間聞いた、水のせせらぎがする場所を見るために、だ。
「もし小川でもあれば、それをなんとかして家まで引き込めれば水の問題は解決するのだ」
「うぅうぅ」
「そうだなぁ、竹でもあれば、節をくり抜いて水道管の代わりに出来るのだがなぁ」
「うぃおぅ?」
「あぁ、水道管とうのがわからぬか。水道管とはな、水が通る管のことだ。で、竹というのはな……ながーい木だ」
そう説明すると、ファミアがその辺の木を指差す。
あぁ、そうだな。うん、長いな。
この森の木はいずれも立派なサイズの物ばかりだ。
ガンドが欲していたモニラの木が珍しいぐらいに細く、そして小さい。
だが余が欲しているのは細く長く……あぁ、説明が難しい!
この世界に自生しているかもわからないのだ。諦めて別の方法を考えよう。
それよりもまずは水場の確認だ。
冒険者が通る道を歩き、水のせせらぎ音を探す。
耳のいいフェミアがあっさり音を聞き分け、森へと分け入る。
やがて余の耳にもせせらぎ音が入ってくると――。
「うあ」
「見つけたか?」
フェミアが頷き手招きする。
『ギシャーッ』
「"雷"」
『ギベッ――』
ふむ。夕方になって、ただでさえ薄暗い森の闇が濃くなってきたからか、モンスターが随分外側にも出て来たな。
「うぅ……あうぅーっ」
「お、フェミア、やる気か? だがお前、魔法は使えないだろう。武器だってないんだ、大人しく余の後ろに隠れておれ」
「あぅぅ」
「わかったわかった。明日にでも町に行って、石鹸の褒美に武器を買ってやろう」
「あうー!」
確か"ハンドクロウ"というスキル持ちだったな。
鉤爪状の武器がいいだろう。
そして辿り着いた水場。
湧き水か。
しかし、どことなく人工的にも見えるな。
草木の生い茂る森の中、そこだけぽつんと石が敷き詰められた場所があった。
すり鉢状になったそこに、地面からぽこぽこと水が湧きだしているのが見える。
その水は森の奥へと向かって、小さな流れを作っていた。
「飲めるかな?」
「うぅ?」
「鑑定してみるか」
水を見つめ鑑定した結果『清らかなる水』『飲料水』と出る。
よーしよしよし。
この水をどうにかして余の新居まで引き込みたい。
地球にいたときの知識を生かすとしよう。
某アイドル番組でやっていた、水を遠くに運ぶ方法。
一度高い位置まで汲み上げ、少しずつ傾斜をつけ流す方法……が無難だろう。
高い位置まで汲み上げるのをどうするか。
いちいちここまで来て自力で汲み上げるのは面倒だ。
その点もテレビで見たな。
風車を利用して……。
「せやけどここ、風吹いとらんし!!」
「ふぁっ!?」
「あぁ、すまんすまん。ちょっと残酷な現実を突きつけられて、テンパってしまっただけだ」
どうも博多弁が抜け切れてないようだ。
博多弁女子が萌え可愛いだのという幻想を、他県、とくに九州外の者は抱いているようだな、じゃあ博多弁男子にも萌えとか!?
と、余は常々思っていたわけだが。
まぁどうでもいい。
「フェミア。ここからまっすぐマイホームの所まで行けるか?」
フェミアは頷くと、草木を掻き分け歩き出した。
水を引く場合、少し整地せねばな。
歩くこと五分程度で森を抜け、建築中のマイホームへと辿り着いた。
マイホームから今お世話になっている集落まで10分ほど掛かる。その集落から町まで15分ほどだ。
「よし。あの湧き水を引くことにしよう」
「うぅー?」
「なに、心配するな。余のスローライフ未来計画は完璧である!」