第二十三話
睡眠不足が祟ったのだろう。
痩せ細ったフェミアにすら勝てず、余は引きずられるようにして不本意な道を進まされた。
あっちに行きたかったのになぁ。
そうしてガンドの家へと到着すると、家裏手から木を切る音が聞こえてくる。
納屋のあった裏手へと回ると、その前でモニラの木を切るガンドの姿があった。
「ガンド、荷物を取りに来た。あとお金をくれ」
「人の顔見るなりそれかい」
「あぁ。それとおはよう」
「ぁうー」
頭痛でもするのか、ガンドは額を抑えながら家の中へと向かう。
荷物は納屋の荷車に乗せっぱなしなので、持っていけ――と。
「欲しいのは熊脂だけなんだ。他はもう少し預かっててくれないか?」
「なんだ。あの集落の近くに家を建てるんじゃなかったのか? ギルドでそう聞いたぞ」
「うむ。咄嗟の襲撃にも備えられるようになのか、どうあっても俺をコキ使う気でいるらしい」
「まぁそうだろう。そこに住まわせれば自分の身を守るため、おまえはモンスターを撃退することになる。そうすればギルド所属の冒険者を使わず、集落を守れるってことだ」
つまり余をタダ働きさせる気満々!?
「ま、代わりに新築の家をタダで建ててくれるってんだ。お前さんにとっては願ったり叶ったりだろう」
「うむ。凄く嬉しい」
「あう〜」
「で、俺も建築に駆り出されるわけだが、どんな家がいいんだ?」
「二階建てのプール付き。LDKは20帖あるといいな。寝室は五つ。風呂はジャグジーと、あと露天風呂も欲しい。サウナ付きなら尚いい」
そう希望を伝えると、ガンドはおろか、フェミアも首を傾げて余を見ている。
……わ、わかっているさ。
プールだのジャグジーだの、この世界に無いことぐらいわかっているさ!
い、言ってみただけだもんっ。
「とりあえず、台所兼居間と、部屋を二つ。物置があるといいな。あ、それと馬小屋だ」
「馬小屋は家畜を狙うゴブリン対策で石壁で造るからな」
「わかった」
集落の家畜小屋もそうであったな。やはりあればゴブリン対策なのか。
熊脂と、昨晩の森の中での報酬銀貨7枚を受け取り市場へと向かう。
市場の場所はガンドから聞き、フェミアに引っ張られて到着した。
「おぉ、賑やかだな〜」
「ん〜」
「なんだ、朝ご飯が食い足りなかったのか?」
「ん!」
仕方がない。おかわりが無かったもんな。
でっかい焼き鳥のような串を二本買い、一本ずつ分けて――あ、二本とも食いやがりますか。そうですか。
フェミアは焼き鳥を頬張りながら、余は辺りをきょろきょろして塩と香草を探す。
「んっ」
「あったのか?」
肉を頬張りながら頷くフェミアは、少し進んだ先の出店へと向かった。
彼女が立ち止まったのは、乾燥させた草を大量に並べた店だ。
近づくと、ふんのりハーブ系の匂いがする。
しかし、あちこち食べ物屋のあるこの市場で、よく草の匂いを嗅ぎ分けられるものだな。
「店主、ムーアという草はあるか?」
「あぁ、あるよ。用途はなんだい?」
「うむ。石鹸を作るのに使う」
「ふんふん。その脂肪を使うのかい? カチカチに凍ってるようだが……どうやってそんな」
「魔法だ。で、どのくらい必要になるだろうか?」
店主は熊脂を見て、このぐらいかねっと麻袋に薬草を詰めてくれた。
価格は50マニー。五千円か。なかなか高価だな。
更に塩を取り扱う出店も見つけ、こちらは料理にも使えるから余分に買い込んでおく。
価格は100マニー!?
まぁファンタジー世界で塩が高価だってのは、わりとよく見る設定だ。
仕方ない。
さっそく集落へと戻って、用意された鍋に――。
「えぇっと、どうするのだ?」
「うぅー」
「さっぱりわからん」
石鹸作りは余は知らぬ。
残念ながら、石鹸作成スキルなども無い。
スキルも魔法も、実は万能ではないからな。出来ないこともある。
「ははは。じゃあおばちゃんが作り方を教えてやろうかね」
「っうー!!」
「お、おやおや。どうしたんだねお嬢ちゃん」
おばさんが親切に教えてやると言うのに、フェミアは脂肪を抱えて嫌々をする。
「かーちゃん。その子は自分でやりたいんだろう。な?」
家から出てきたおじさんがそう言うと、フェミアはこくこくと頷いて鍋に脂肪を投入。
「なんだい、ふふ、そういうことかい。自分でやりたいんだね。竈はあそこ。水はあの井戸をお使い」
「う」
こくこくと頷き、そしてペコリと頭を下げたフェミア。
野外に設置された竈に鍋を持っていき、井戸で汲んだ水を流し込む。
それから薪を竈にくべ、余をじっと見つめた。
薪を指差し――。
「うぅー」
っと。
火を点けろというか。魔王たる余に火を!
「任せろ。キャンプ"火"」
一瞬にして火が付く。
あとはもう用はないとばかりに、フェミアは余を竈から押しのけた。
……することがない。
「暇だってんなら、こっちで納屋やら柵の修理を手伝っておくれよ」
おいおいここの住民たち。さっきまで余を「冒険者様」と崇め奉っていただろう。
それが今はどうだ。
「ほれ、働かざる者食うべからず。お前さんも手伝っておくれ」
「あんたもあっちに家を建てるんだろう? そん時になったら手伝ってやるから。あ、そうそう。家が完成するまでの間、うちの二階を使っていいよ。娘が嫁いで部屋が空いてるからね」
「手伝わせて頂きます」
ふっふっふ。
こうして余は、労せずしてワンルームアパートを手に入れたのであった。