第二十二話
昨夜のモニラの木掘りでの素材報酬は後で渡す。そうローゼが伝え、二人は町で待機することに。
あぁ……今日も常駐当番だったんだな……眠い……。
ギルドご用達の解体業者を引き連れ、町の外にある集落へと戻る。
屋台で朝食を買っておくのも忘れない。
集落へと戻ると、何やら問題発生のような?
避難用櫓の下にある、フェミアを預けた家人たちが出てきて、何やら囲っているようだ。
その囲いの中心に、大泣きするフェミアがいた。
近づいて声を掛けるよりも前に、フェミアが顔を上げ――突進してくる!?
つい数時間前にも見た、ミノタウロスを思わせるその突進に、余は反射的に身を翻し躱した。
ふぅ、あぶないあぶない。
するとどうだ。
躱されたことがそんなに悔しかったのか、フェミアは座り込んで大きな声で泣き始めたではないか。
「あぁーぅあぁーっ」
「あぁあ。冒険者様、ダメですよそこ」
「その子は冒険者様がいないと、自分は置いて行かれたんだと勘違いしたみたいなんで」
「それでずっと泣いていたんですよ。よっぽど寂しかったのでしょう」
家人たちが次々に余を非難するような目でそう言う。
え、じゃあさっきの突進攻撃をまともに食らえと、そう言うのか?
余に死ね、と?
いやあの程度では死なぬが。でもきっと痛いはず。
「「じぃーっ」」
「うっ……」
いつの間にやら解体業者たちにまで睨まれ、余にプレッシャーを与える。
「若いのよ。そういう時はだな、男らしくビシっと受け止めてやるもんだ」
「おぅ。そうすりゃあ女は惚れ直すってもんだぞ」
いやいや、惚れ直すとか、そもそも惚れられてもいないから。
しかし両親を亡くし、失意のどん底に落ちていただろうところに奴隷として捕まり、そこを成り行きで助けてしまったのだから面倒はみてやらねばな。
「フェミア」
「……あぅぅ」
「すまんなフェミア」
集落の住民たち、解体業者の面々。彼らに見守られる中、余はフェミアに向け手を伸ばす。
「さぁ――」
もう片方の手を水法被の懐に入れてあった包み紙に伸ばす。
「お腹が空いていたのだろう? 一緒にご飯を食べよう」
「「そうじゃねぇ!!」」
「あぁー! あむっ、あむっーっ」
伸ばした手、ではなく、包み紙を持つ手にフェミアは噛り付いた。
余としたことが、フェミアのおかわり分を買うのを忘れてしまった。
物足りなさそうなフェミアを見て、集落のおばちゃんがパンを分けてくれた。
「よく食べるお嬢ちゃんだねぇ」
「フェミアはまだ子供だからな。育ち盛りなのだろう」
「そりゃあこんなに痩せてちゃねぇ。もう少しふっくらすれば、さぞかし綺麗な娘さんになるだろうねぇ。今だってほら、こんなに可愛いんだからさ」
ふむ。可愛い?
可愛いのか。
手入れのされていないぼさぼさの髪。
大きな耳の毛も同じく銀色だが、毛先は黒く、そして耳の後ろ側は赤いメッシュ入り。
銀髪ケモ耳。
王道だ。
ファンタジー界の王道である!
大きな瞳は金色に輝き、ゴージャスでもある。
一部のファンには大受けであろう。
ただ余は何故か、こういうものにほとんど興味がなかった。
魔王として長く生き過ぎたからなのだろうか、色恋というものにまったく興味が持てないのだ。
まぁ余の事情は置いとくとして、確かにフェミアは可愛いな。
一般的に見れば美少女だろう。
「ふむ。もう少し身綺麗にさせるべきか?」
「ぅあ」
「そうだよ。髪も綺麗に梳かしてやらないとね」
「では櫛を買うか」
「だったら整髪剤も買っておあげ。なんならうちのを使ってもいいけど……その、なんだねぇ、安いもんでもないから」
「あぁ、いや……そういえばフェミア。熊の脂肪があっただろう。あれで石鹸が作れると言っていたな」
フェミアは頷き、しかし脂肪は手元にない。
倒壊したマイホームから持ち出した荷物は、荷車に乗せガンドの家で預かって貰っている。
「取りに行くか」
「石鹸を作るのかい? 鍋なんかはうちで貸したげるよ。あとは塩と、それからムーアの草があればいいけどねぇ」
「ムーア?」
「動物性の油だとね、臭いがきつくなるんだよ。ムーアってのは香草でね、臭い消しに使うんだよ」
なるほど。肉臭さを取ってくれるのは有難い。体を洗って肉臭くなるのは嫌だ。
塩もムーアも、町の市場に行けば手に入るとおばさんは教えてくれた。
お礼を言うと――。
「なぁに、ご近所さんになるんだから、お互い様さね。あんたにはこの集落を、しっかり守って貰わなきゃいけないしねー」
――と。
既に余がこの近くに移住するということは、知れ渡っているようだ。
フェミアと共に町へと行き、まずはガンドの家へと向かう。
買い物をするなら金を貰ってからの方がいい。
襲撃モンスターの報酬は、全ての解体作業が終わり、どの程度の素材になるかわかってからとなる。
「という訳でだ。ガンドの家に向かうぞ!」
「ぅ……うあー、うっあー」
フェミアが余を引っ張る。
こっちだと言っているのか?
「心配するなフェミア。町から出ない限り、道は必ずガンドの家に繋がっている!」
「あぁーっあぁーっ」
「こっちだ!」
「あぁぁぁーっ」