第十九話
「フェミア、どっちだ?」
けたたましく鳴り響き鐘の音は、あっちからもこっちからも聞こえる――気がする。
フェミアの耳だけが頼りだ。
「フェミ……ん? どうしたフェミア」
いつの間にか余はフェミアを追い抜いたようだ。
肩で息をしながらフェミアが「あっち」とでも言うように指を指す。
「疲れたのか?」
「……うぅぅ」
首を左右に振るが、明らかに息切れをしているな。
うむ。そうだな。よく食べるが、元々痩せ細った体なのだ。体力もないのだろう。
「担いで走った方が速そうだ」
フェミアをひょいっと小脇に抱え走り出す。
うむ。最初の頃よりほんの少しだけ重くなったか?
「ぁ……あぁうぅぅっ」
「どっちだ」
「ぁ……うぅ」
どこか不満そうな声を上げるが、音の鳴る方角を手で指し示す。
フェミアのナビで森を走り、そして出口が見えてきた頃――余にも音の聞こえる方角がはっきりとわかった。
森を抜ければ音以外にも現場となる場所がわかる目印も。
「いかんな。火事にもなっているのか」
「ぅああ」
「速度を上げるぞ。"高速移動"」
「ぅ……うにぁああぁぁぁぁ」
移動速度は五倍ぐらいにしておくか。
畑を横切り最短距離で現場へと向かう。
途中、畑の野菜か何かに足を引っかけ盛大にすっころんだが、フェミアを空に向かって放り投げ、余は回転しながらそれをキャッチ。何事もなかったかのようにそのまま走る。
走って、そして現場へと到着した。
「あー、うん。多いなぁ」
「うぅぅ、うぅ」
怯えるようにフェミアは余の締め込みを握る。
「おいやめろ。これ以上食い込ませるな」
「ぁぅ」
手を離したフェミアを下ろし、一軒の家……いや、納屋か? そこに群がるモンスターに向かって雷を放つ。
「"雷伝・閃光破"」
横走りする雷は扇状に拡散され、群がるモンスターどもをあっさり感電死させる。
雷属性でも上級魔法だ。さすがに威力抜群だな。
さて、次は――。
『ブオオオォォォォッ』
「ぬ、牛が襲われて……いや、牛が牛を襲っている?」
雄叫びに振り向くと、家畜小屋にいた牛を、牛の顔をしたガチムキが襲っていた。
あれはミノタウロスか!
メジャーモンスターではないか。
ゴブリンと違うのは、雑魚ではないということだな。
「おい、牛!」
『『ブモォ?』』
「いや、何故家畜の牛まで返事するのだ……まぁいい。そっちは助ける! お前は死ね!」
『ブオオォォォォオッ!』
家畜でない、ミノタウロスがお怒りだ。
蹄を鳴らし姿勢を低くし突進してくる。
それをひらりと躱す余は、まるでスペインの闘牛士のようだな。
なら闘牛士らしく――。
「"氷槍"」
余の目前に生まれた氷の槍が、こちらの手の動きに合わせて飛ぶ。
一直線にとんだ氷の槍はミノタウロスの首をかすめ――その首が宙を舞う。
「さて、次――」
『ゴォフ……ブホォアアァァァァッ』
「さて、あらかた片付けたか。しかし農家さんはどこであろうか?」
そこかしこにモンスターの屍が散乱するが、人のそれはどこにもない。
家屋は……無事だな。
真っ先に家畜小屋が狙われたようだが、そちらは余の活躍で無事である。
では農家さんはどこに?
そう思っていると、
「おーい、あんた。もう降りても大丈夫か?」
と、何やら上の方から声がした。
見れば近くの家の上に、見張り櫓のようなものがあるではないか。
しかも足の部分が石で出来ており、随分と頑丈な造りになっている。
声はそこからした。
「大丈夫だー。たぶん」
「たぶんって、どっちなんだ!」
「いやー、たぶん」
余の言葉に納得しないのか、彼らは櫓から降りてこようとしない。
仕方ない。確認だけはしておこう。
「集落の者は全てそこにいるのか!?」
「あぁ、おる。みな無事だ」
被害はゼロか。それはよかった。
一軒丸ごとその上が櫓になっているからだろう。六軒ほどが肩を寄せ合うようにして建つ民家の住民全てが、あの櫓に避難済みとのことだ。
「それよりあんた。あんたが連れてきたあの子は大丈夫なのかね?」
櫓から声を掛けた男に言われ、そこで初めてフェミアのことを思いだした。
おぅ。余としたことがなんということだろう。
とは思ったが、そもそも余はほとんど動いていない。
モンスターを一匹倒せば次がやって来る。それを倒せば次が来る。時々数匹まとめて来ることも。
仲間の悲鳴を聞き、敵討ちにとでも思って集まってきていたのだろうか。
とにかくほとんど動いていない。
フェミアだってすぐそこに……あ、あれ?
「おーい、フェミアー?」
「獣人のお嬢ちゃんなら、燃えてる納屋の前におるぞ」
「燃えている……」
未だ火が消えぬ納屋に向かうと、そこにフェミアはいた。
燃え盛る納屋を、呆然と見つめている。
声を掛けたがスルーされた。
「おぉ、そうか。他に燃え移っては大変だ。よし、任せておけ」
子供の時によくやった、風呂での水鉄砲手バージョン。
手を組み魔力を練り上げ――。
「これが俺の――"水鉄砲"」
消防放水車のように吹き出した水は、あっという間に納屋の火を消化してゆく。
そもそも燃え尽きる寸前だったのもあって、一分とかからず鎮火した。
「さぁフェミア、これで安全――おおおおいフェミア!?」
ドヤ! と言わんばかりの顔で振り向くと、フェミアは直立したまま後ろ向きに倒れる瞬間であった。
ギリギリのところで支えてやるが、既にフェミアの意識は無く――。
「お前……限界まで睡魔に耐えたのだな」
このまま静かに寝かせてやろう。