第十七話
今日は鐘が鳴ることはなかった。
陽が暮れ、これからガンドと一緒に森へと向かう。
マイホームが倒壊したため、馬はガンドの家の納屋に避難させて貰えることになった。
心なしか馬は嬉しそうである。
「フェミアも行くのか?」
「うぅ」
「そうか。夜目もあるし、俺が迷子にならないようしっかり見ていてくれ」
「もっとマシなことは言えないのあんた」
マシ?
いったい何が不満だと言うのだ。
「ところでローゼたちは何をしに?」
町の常駐当番は三交代制で、我らの勤務時間は終了している。
なのにローゼとシンシアの二人はここにいるのだ。
「他所から来てまだ間もないんでしょ? あんたひとりにおじさんの護衛は任せられないのよ」
「夜の森は昼間以上に危険ですから。ご一緒します」
「でも明日の朝はまた当番なのだぞ」
「モンスターの襲撃が無ければ休んでてもいいのよ。鐘がなったら起こしにきてね」
つまり余には徹夜したうえに、明日の日中も起きていろと。
なんて悪魔だ!
準備が整ったというガンドは、荷車と奇妙な……いや、魔王としての記憶にはある生き物を連れてきた。
ロコダイル。
あと「ク」を付けたら完璧という姿をした動物だ。
そう、ワニなのだ。
違うとすれば、地球でみるアレよりもやや横に太く、長さは短い。そして手足が若干だが長いかも?
「こいつは馬のように早くはねえが、力もあるし肝っ玉も太い。モンスターが現れても怯えないし、夜行性だ。夜の森に行くなら、こいつじゃねえとなんねーんだよ」
ガンドはワニを荷車に括り付けながらそう言う。
ということは、何か大きな獲物を探しに行くってことか。
フェミアを荷車に乗せ西へと向かう。
途中、マイホームに立ち寄って破壊状況を確認。
「修繕は無理だな」
と、ガンドは一目見るなり言い放つ。
わかっていたさ。あぁわかっていたとも。
だが考えようによっては、新築になるのだから棚から牡丹餅だろう。
そのまま森へと入っていくと、ガンドはしきりと上を気にしながら進んでいく。
「何を探している?」
「光爛茸だ。木の幹に寄生するキノコで、夜になると発光するのだ」
「キノコ採りだったのか」
「違う」
どっちなんだよ!
「そのキノコが寄生する木を探しておるのじゃ」
「杖の材料になる木なのです。とても希少で見つけにくく、目印になるのが光爛茸なんですよ」
「シンシアの説明はわかりやすいな。ガンドも最初からそう教えてくれればいいのに」
「……いいから貴様も光爛茸を探せ!」
何故余が怒られる?
まぁよい。背の低いドワーフより、余のほうがまだ見つけやすいだろう。
「う!」
「なに? お嬢ちゃん、もしや見つけたのか?」
「あぅ。あっ」
嘘だろ。
フェミアが指差す方向には……何もない?
「見えないわね」
「ふむ、獣人族はいい目をしておるからの。儂らドワーフも夜目持ちだが、獣人族には勝てん。行ってみよう」
余には見えない物がフェミアには見えているのか。
フェミアの案内で森を進んでいくが、足場が悪い。そこをワニはゆっくりのんびり進んでいく。
よく見ればこの荷台。車輪ではなく、まるでクローラーのような物が巻かれている。
なるほど、ブルドーザーやショベルカーのように、足場の悪い所でも進みやすいようにか。
「あった! あの木かっ」
「……いやぁ、光ってるキノコなんて見えないのだが」
「まだ遠いってことでしょ。私たち人間よりもドワーフは目がいいし、そのドワーフよりも獣人族はもっと良いってこと」
ローゼはそういいつつフェミアのすぐ後ろを歩く。
「あ、俺にも光っているのが見えたぞ。おおぉ、たくさん光っているではないか!」
そこにもここにもあそこにも。
シンシアは希少だと言ったが、パっと見ただけでも三十本ほどありそうだが。
ただ妙なことに、光が動き回っている。むしろこっちに向かってきている。
「馬鹿っ。あれはモンスターよ!」
「数が多いですね」
「ほれ、出番だぞ。しっかり働け。儂の手を借りることなく、無傷で帰れればタダで新築を建ててやるわい。まぁ無理だろうが――」
「タダ!? タダでいいと? おぉぉ、俄然やる気でるばい」
光るキノコ……と思っていたのは犬の目であった。
だが近づくにつれ、それがただの犬ではないことに気づく。
ドーベルマンに似た風貌だが、口が上下左右に開いていて、どことなくエイリアンと思わせる。
そして尻尾は三本の蛇だ。
「毒持ち?」
「もちろんです。解毒魔法がありますので、ご安心ください」
安心して噛まれろというか。なんと恐ろしい神官だ。
まぁいい。
とりあえず――。
「ガンドには指一本触れさせぬぞ!!」
バっと両手を開いてガンドの前に仁王立ちする余。
「そのセリフ、言う相手が違うのではないか……」
「そういうセリフをその子に言ってあげなさいよ」
「何がいけないのだ!?」
『グルルガアァァッ』
「えぇい、しゃからしか! "炎・無限狂乱"!」
力ある言葉に呼応し、余の内にある魔力が形となる。
掌の上に具現化した炎を握り、そして放てば、無数の燃え盛る光の筋となって犬ども目掛け駆ける。
その身を炎が貫通した犬どもは、一瞬にして灰と化す。
闇に浮かぶ犬どもの光る眼から、その光が全て消えるのに時間はかからなかった。
「ちょ、ちょっと今のなんなの!?」
「たった一発の魔法でカウンズドッグを一掃するとは……なんちゅう無茶苦茶な奴だ」
「これで新築物件タダでゲットばい!」
こんな程度で家が手に入るとは、異世界のスローライフはチョロイもんだな。
「勿体ない……カウンズドッグの尻尾は、それ一本だけでも50マニーもしますのに」
一本50マニー。五千円……。
光るお眼目は三十個。つまり十五頭ぐらいいた。
15*3=45。45*50=2250……二十二万五千円!?
全部灰になったばーいっ!