第十六話
惨状がそこにはあった。
「誰だ! 俺の……俺の家を破壊したのは誰だーっ! はい、俺です」
ボケ終わる前にフェミアと、そして馬の視線が痛かった。
あと知らない二人の女の視線もだ。
「どなたですか?」
「えぇっと……まずは言っておくわ。ご愁傷様」
「どうもありがとうございます」
胸を覆う程度の鎧を纏った長い黒髪の女は、巨木に破壊された余の家を見て言葉を掛ける。
その後ろには法衣を着た女が、呆気にとられ、口をぽかーんと開け突っ立っていた。
「私はローゼ。剣士よ。後ろのこの子はシンシア。見ての通り神官」
「シ、シンシアです。コルトナさんに言われ、今日から三日間、カミキさんとパーティーを組むことになりました。どうぞよろしくお願いします」
紹介されたシンシアは、その短い髪を振り乱して深々と頭を下げる。
剣士のローゼとは対照的に、こちらは明るいオレンジ色の髪の持ち主だ。
「カミキ ユウト。魔術師だ。こっちはフェミア。戦闘系スキル持ちで、きっと役に立つ。実力は不明だ」
「待ってまって。役に立つといいながら、実力は不明ってどういうことよ」
「戦わせたことがないのだ。だから不明――なんだ、頭痛か?」
「えぇ……ちょっとね。それよりあなたこそ頭が痛むんじゃないかしら? 家、どうすんの」
「あ……イタイイタイ」
家具どころか、家を買わなきゃならなくなった。
どうしよう。
フェミアと二人、破壊された(した)家を呆然と眺める。
また宿無しか。
いや、この町に来てからずっと馬車寝だったから、ある意味最初から宿無しだな。
「あぁー、もうっ。悲壮感漂わせ過ぎよ! いいわ、知り合いに大工のおじさんがいるから紹介したげるわよっ」
「え、ほんと!?」
「ぁう!?」
余とフェミア、瞳を輝かせてローゼにすり寄る。
なんて優しい娘なのだ。
「ちょ、やめっ。その恰好で近づかないで」
「締め込みというのだ、この恰好は」
「そんなのどうでもいい。とにかく近づかないでっ」
優しいと思ったのに、酷い女だった。
「ふふ。ローゼさんは照れ屋さんなのよね。服装に限らず、男性と触れる程近いと緊張しちゃうのよね?」
「ち、違うわよ! こ、こんな変態じみた服着てるのに、あんたは平気なの!?」
「はい」
はいって即答したぞこの神官娘。
しかも普通にガン見しておるし。余の股間を。
自己紹介も済み、家の修繕――いやもう建て直しレベルだな。その為の大工を紹介して貰うため、再び町へとやってきた。
案内されたのは町の内壁、北西の隅だ。
あちこちから鉄を叩く音や、ノコギリの音なんかが聞こえてくる。
「工房があるのか?」
余の問いにローゼは「職人が多く住む居住区よ」と説明する。
自宅兼職場、そんなところだろう。
よく見ると、作業をする者たちの姿もチラホラ。
「あれはドワーフか?」
熱した鉄の塊にハンマーを振り下ろす二人は、どう見てもドワーフだ。
ずんぐりとした体格に、髭もじゃの顔。
「えぇ。鍛冶職人はドワーフが多いわね。これから紹介する大工もそうだけど」
「おぉ、ドワーフか! まぁ特に感動もないが」
「だったら大きな声出さないでよ。ビックリするじゃない」
「いやすまん。で、家の建て直しなのだが、金は無い。というかほとんど無い」
「交渉は自分でやってよね。まぁ分割でもいいように頼んではあげるけど」
ギルドにも家の代金を分割しなきゃならないのに、建て直しも分割か。
借金まみれだな。
「さぁ着いたわ。ガンドのおじさーん、いるぅー?」
一軒の家へと到着すると、ローゼは戸を開いて声を掛けた。
しばらくして「いるぞ」という太い声とともに、奥からドワーフがどすどすとやって来た。
仏頂面の、なんともドワーフらしい顔をしているな。
「なんだローゼ。まさかお前、男を紹介しに儂のところにやって来たのか?」
「ち、違うわ――」
「カミキ ユウトと言います。俺たち二人の家を建てて欲しくてやってきました」
「おいローゼ。もうそこまで行っているのか!?」
「違うわよ!」
何が違うというのだろう?
「なんだ。そこの獣人の嬢ちゃんと暮らす家か」
「そのつもりで言ったのだが?」
「あんたが紛らわしいからこうなってるのよ!」
何故余が怒鳴られなければならないのか。理不尽である。
「しかし、家具を購入するために切り出した木で家を破壊したとはなぁ……お前ぇ、馬鹿だろ?」
と、ドワーフは余の恰好を見つつ言葉を選んだようだ。
まぁ……家を破壊したことに変わりはない。その言葉、甘んじて受けようではないか。
「それで、費用のほうなんだが……」
「あぁ、他所から移り住んで金がないんだったな。そもそも金があれば、あんな元見張り小屋なんど買う訳もねえか」
フェミアと二人でこくこくつ頷き、なんとか分割――いや後払いできないかと交渉する。
「後払い、ねぇ……だったらひとつ、こっちの仕事を頼まれてくれるか?」
「ぉう……仕事に次ぐ仕事……負の連鎖のようだ」
「なぁに、ちょっと護衛してくれりゃあいいのさ。夜の森で……な」
そう言ってドワーフ――ガンドはニヤリと笑った。