第十三話
フェミアの服選びに時間を掛け過ぎたな。
帰宅後、やったといえば壁と屋根の修繕だけだ。
"採掘"のように大工スキルも存在すればよいのだが、残念ながらそれは無い。
まぁ板に釘を打ち付ける程度なら、誰にでも出来るからな。
雨風がしのげればそれでいい。
そのうち金が溜まれば大工を雇って、しっかり修繕して貰おう。
開いた穴の修繕が終わったころ、既に陽は傾き薄暗くなり始めていた。
そして今夜もベッドではなく、馬車で寝ることになるな。
などと夕食時にフェミアと話す。
メニューは町で買ったパンに、暖炉の火で炙ったハムを挟んだ物だ。
明日の朝もこのメニューな予定。
「あと大事なことだ……。調理器具も必要!!」
「ぅおー!」
「もちろん食器も必要だな。このテーブルと椅子も作り直す必要があるだろう」
余の言葉にフェミアも頷く。
我がマイホームは、見張り目的で建てられただけあってワンルームタイプだ。
暖炉があるのは幸いだな。それと小さな竈もある。
トイレ、それに風呂は無い。これも増設する必要があるだろう。
今どうしているのか?
後ろが森だ。隠れて用を足す場所には困らない。
だが現代人である余には、これがなかなかの苦痛なのだ。
出来れば囲いぐらいは欲しい。
そして今使っているテーブルも椅子も、ガタが来ていてグラグラする。
一軒家を購入(代金未払い)したはいいが、揃えねばならぬ物がおおいなぁ。
それらを購入するためには金が要る。
金の為に働かねばならない。
「スローライフというのは、思っていた以上に労働を強いられるのだな」
「ぁうぁ」
「お前も働くのだぞ」
「うぉー」
明日は朝から森に入って薬草を摘み、ランチタイムに町へ繰り出し食事と薬草の売却だ。
それから調理器具と食器、ベッドを買って帰ろう。
就寝時、家を出て馬車へと潜り込む。
そしてこの日も夜中になると――。
『キシャーッ!』
「なんちかきさんら! 今度は兎か! 兎のくせにナイフ持っとーとか!?」
うむ。これは良い毛皮になりそうだ。
翌朝、フェミアが嬉しそうに兎――クレイジー・ラビット五体を手際よく解体してくれた。
血抜きはしておいた方がいいだろうと、相手の血液を抜き取る魔法"血抜きの逢花"を掛けたのだがそれがよかったようだ。
一晩経ったが鮮度は抜群。
昼に町へと繰り出すまでそれがが落ちるといけない。凍らせておこう。
「やぁやぁ、お隣さん」
兎の解体と朝食を済ませ、余はフェミアと馬を連れ見張り塔へとやって来た。
馬を預けるためだ。
「あんたが噂の異国人か。確かに……へんてこな恰好をしているな」
なんとでも言ってくれ。
締め込み姿でないと門番が通してくれないので、余はこのスタイルでスローライフを送ることにしたのだ。
「あっちの小屋に住むことになったらしいな? 夜中にモンスターが襲ってこなかったか?」
「きたきた。余――俺の馬を食べようとしてな。で、これから森に薬草の採取に出るのだが、馬をここで預かって貰えないかとおもってな」
塔から降りてきた男――門番と同じ装備をしているな。では町の警備兵といったところか――に馬を見せる。
「報酬は?」
「……金を取るのか……」
「こっちは森から出てくるモンスターを見張ってなきゃならなんだ。馬がいればその匂いを嗅ぎつけ、余計に奴らを引き寄せてしまうだろう」
「ではあの馬たちは?」
と、塔に併設された、石壁で作られた頑丈な厩舎を指差す。
そこには三頭の馬が繋がれていた。
「あれは俺たちの馬だ。自分の馬は自分で見るのが当たり前だろう」
「そのついでに俺の……あぁ、はい。報酬ね、報酬……」
兵士は手をだし、「何かくれ」のポーズでじっとこちらを見つめていた。
その目は「なにかくれるまで手を引っ込めないよ」と言う、まるで子供のような熱い視線に感じ、余は折れた。
しかし報酬か……酒はもう無いし、金も少ない。
「昨晩仕留めた兎の肉でもよいか?」
「兎? クレイジー・ラビットか? そりゃいい、あの肉は美味いからな」
交渉成立。
フェミアに兎の肉を家から持ってくるよう伝えたが、その口からは光る物が垂れ、爛々と輝く瞳でこちらをじっと見つめていた。
兎の肉が美味い――そう聞いたフェミアは、どうやらアレを食べる気満々でいるらしい。
「あー……二匹分の肉を渡すので、両方とも料理してくれないだろうか。昼食に我らも食べたいので」
「一匹まるごとくれるつもりだったのか!? だったらお前らの分も喜んで料理しといてやるよ」
という兵士の言葉が終わるよりも先にフェミアは走った。
そして二匹分の氷漬けにされた兎肉を抱えて戻ってきた。
解凍してそれを兵士に渡すと、余とフェミアは馬を預けて森へと入る。
締め込みに挟んだ羊皮紙を取り出し、そこに書かれたメモを見る。
「解熱効果のあるゾマ草、二日酔いや冷え性に効くマレーナ草……それにポーションの材料のライフォー草か」
「う!」
メモを読み終えるとすぐ、フェミアが駆けて行って地面に座り込む。
そこに生えた草を摘み、これだと言うように差し出してきた。
鑑定すると、その草はゾマ草と出る。
「フェミアは薬草の採取をしたことがあるのか?」
こくこくと頷くフェミアは、また違う草を摘み取って見せてくる。
こっちはマレーナ草か。
フェミアは時折鼻をひくひくさせ、何かの匂いを嗅ぐ仕草をしている。
獣人族ゆえ、嗅覚が鋭いのであろうか。
そういえばこの少女……どんなステータスであろうか?
「フェミア、お前のステータスを鑑定するがよいか?」
親しき中にも礼儀あり。
個人情報てんこもりなステータスを、勝手に見るわけにはいかぬ。
頷き了承を貰うと、さっそく鑑定に入った。
フェミア:獣人族 15歳
職業:狩人
力強さ:E / 頑丈さ:F
素早さ:C / 魔力:G
従順さ:C
習得スキル
威嚇LV1 / ハンドクロウLV1
常用スキル
夜目 / 嗅覚
ほぉほぉ。威嚇にハンドクロウか。ハンドクロウは手の爪ってことだから、引っ掻き攻撃だな。
ステータスも悪くはない。魔力が底辺だが、素早さは高いし、力強さもまぁまぁだ。
この数値は経験を積めば上がるものだし、フェミアはまだ子供だ。もっと高く……ん?
フェミア:獣人族……15歳……。
フェミア:獣人族……15歳……。
フェミア:獣人族……15歳……。
「15さいいいぃぃぃぃぃっ!?」
余の魂の雄たけびを聞いたフェミアは、頬を染め、にっこり微笑むのであった。