第十一話
納得いかない。
そんな顔をしていたフェミアだったが、いざ家に入ると更にその顔を曇らせた。
家の中は荒れ、とにかく汚かった。
「掃除道具。買ってきておいて良かったな」
「ぅあぁ……」
その日は一日ずっと家の掃除をし、修理が必要な個所を調べ、夜はなぜか馬車で寝ることにした。
スローライフは今始まったばかりだ。
これからきっと楽しくなるはず!
期待に胸を膨らませ就寝すること数十分。
馬が怯えたように嘶く。
ガサガサと茂みが揺れる音がし、次に獣の唸り声が聞こえてくる。
『ヒヒヒヒーン』
『ギェギェギェッ』
「うぉらぁっ! きさんら、何人様の馬を食おうとしとっとかーっ!!」
ツルハシを構え馬車から飛び出すと、ギョっとした顔の魔物と目が合う。
身長は1メートルを少し超えた程度の二足歩行型モンスター。
夜なので肌の色はよくわからないが、あれはきっと緑色だな。
つまりゴブリンだ。
「ゴブリンがなんしとっとか!」
余の問いにゴブリンは答えない。
代わりに各々が手に持った武器を掲げ走ってくる。
こん棒に手斧か。
斧はゴブリンサイズだし小さい。こん棒はただの棒だ。
ツルハシに勝てるはずがないだろう!
ヒャッハーと振り回せば一体の頭部を直撃。
続いてもう一体を蹴り上げ、宙に浮いたところにツルハシを横なぎに振りかぶる。
深く刺さり過ぎて取れないな……。
ぬ、三体目が来たか。
ゴブリンを刺したままツルハシを振るうのは至難の業。
『ギゲギャッ』
「"火"」
手斧を振りかざし襲ってきたゴブリンに魔法を放つと、一瞬にして消し炭となった。
これで余の馬を襲う不届き者はいなくなっただろう。
さ、寝るか。
「ぅ……うあああぁぁぁっ」
フェミアの悲鳴により迎えた朝。
何事だと起きてみると、馬車の周辺に転がったゴブリン(屍)を見て悲鳴を上げただけだった。
「あぁ、それな。夜中にやってきて馬を盗み食いしようとしたからな。ぶっ倒した」
「ぁ……うぅ」
「うむ。見てて気持ちの良い物ではないな。わかった。焼き払おう」
それから"火"で焼き払い、灰はそのままにして食事をするために町へと向かう。
馬が寂しそうに鳴くので、仕方なく一緒に連れていくことに。
まぁ置いて行けば森から出てきたモンスターに食われてしまうかもしれないな。
町へ向かう途中、武装した数人の手段となんどかすれ違った。
みな余をじっと見て、笑う者もいる。
早く締め込みから卒業せねば。
町では特にどこかの店に入ることもなく、通りに並ぶ屋台で簡単に済ませるとしよう。
「フェミア。おかわりは一回だぞ」
「あうっ!?」
「好きなだけ食わせていたら、お金が幾らあっても足りなくなるだろう。まだいろいろと家財道具を揃えねばならないんだ。服だって欲しい。お前だって、いつまでもその破れた服だと嫌だろう?」
項垂れながらもフェミアは頷き、彼女が選んだ朝ご飯はフランスパン(みたいなヤツ)丸ごと一本に、ハムとサラダを挟んだ物。それを二本だった。
……た、食べ盛りだと思っておこう。
こちらはその一本の半分のサイズだ。
二人でそれを頬張りながら、今日のスケジュールを考える。
「ベッドがいるな。ベッドを買おう」
「あふあふっ」
「毛布はまぁ……暫くは拝借したものを使おう」
「あむあむっ」
「あとは家の戸を修理して、穴の開いた天井も……大工を雇いたいが、そこまでの金はない」
ギルド職員に聞いたが、この世界の通貨はこうなっていた。
銅貨は大小二種類。
小さい方が一円玉サイズで、これが十枚になると大きいサイズ、つまり十円玉サイズの銅貨と換金できる。
そして十円銅貨十枚で、銀貨一枚。
銀貨十枚で金貨一枚。
単位は全てマニーで統一されていた。
そして買い物をしながら出した答えは、1マニー百円ほどの価値だということ。
掃除道具や直ぐに必要になるだろうと思って買ったランタンなどなど、銀貨一枚――100マニーは使った。
残金900マニーだ。無駄使いは出来ない。
ベッド二つで500マニーは使うだろうなぁ。
あとは金槌、釘、板。その辺りも買わねばならないし。
ふぅ、自給自足環境を整えるまでに、だいぶん時間が掛かりそうだ。
昨日売りに出してしまった予備のツルハシなんかを、鍛冶屋にでも持って行って金槌として打ち直して貰えばよかったなぁ。
ボアの毛はなかなかいい値段で買い取って貰えたし、ちょっと森に入ってアニマル系モンスターでも狩るか?
そんなことを思いながら視線を泳がせていると、あっちでもこっちでも通行人と目が合う。
どうやら注目を集めているようだ。
原因はおそらく締め込みだろう。
「とりあえず服を買いに行くか」
「おぉー」
「よしよし。お前の服も買ってやるから安心しろ」
でないと余が人でなしのように見られてしまうからな。
食事を終え町を練り歩き、目に付いた衣類店へと入っていく。
女性店員は余を見るなり頬を染め、両手で顔を覆いながらも指の隙間からしっかり見ていた。
主に下半身を。
それからフェミアを見て同情するような視線を向ける。
この子に合う服を二、三着見繕って欲しいと頼むと、そこから女性店員二人でフェミアの着せ替えごっこが始まった。
残念ながらここは女物専用の衣類店だったようだ。
待つこと……おいおい、三十分ぐらい経ってるだろ!?
え、もう少し掛かる?
早く余も締め込みから卒業したい……。
1章35話で完結させようと思います。
1日複数話更新でサクっといきま~っす。