第十話
馬車で目を覚まし、昨夜の残金を見ながら息を吐く。
残ったのは十円玉……と同じ鉛色をした、大きさは一円玉のそれが二枚だ。
これを門番に見せ(昨夜の門番とは別の二人)、何が食べられるか尋ねると。
「パンか?」
「そうだな。パン一個だな」
――と。
ふ……酒を売るか。
門番と交渉するが、どうせならギルドへ行けと言われる。
ギルド……昨夜の門番も言っていたが、冒険者ギルドのことだろうか?
尋ねると、そうだという返事が返ってくる。
ここではアイテムの買取も行っているようで、特にギルドへの登録も必要ない、と。
なるほど。ではさっそく行ってみるか。
フェミアを叩き起こし馬車を引いてギルドへと向かう。
建物はすぐ近くにあり、かなり大ききかった。
馬車を脇に停めフェミアに留守番をさせ、余は買取交渉の場へと赴いた。
ギルドの中には人が多く、小さなフェミアを連れて来なくてよかったと思う。
少しでも高く買い取って欲しいが、第一印象は良くしたい。
カウンター越しにギルド職員に声を掛ける。
「アイテムの買取をお願いしたい」
そう伝えると、職員の女は余を見て短い悲鳴を上げた。
ふ……そうだな。
転生しようと余は魔王である。いやあった、か?
とにかく、体から溢れんばかりの狂気を感じ取って、職員は恐怖したのだろう。
だが安心するがいい。
余はこの町を破壊する気はないからな。
「変な恰好……目のやり場に困るじゃない」
「は?」
「それで、買取して欲しいアイテムとは?」
女は頬を染めつつ「目のやり場に」と言ったにも関わらず、余の下半身をチラ見する。
さっきの悲鳴はあれか、恐怖からではなく、黄色い歓声だったのか?
そのうちこの女は、余を嘗め回すようにじっくりねっとり見始めたではないか。
「チェンジを要求する」
「えぇ、ではボアの毛皮が一枚。小麦が二袋。野菜、果物っと。アウグ・ベアの肉ですが、何故こんなことに?」
ギルド職員のチェンジに成功し、対応するのは眼鏡を掛けた細身の男だ。
凍らせた熊の肉を手に取り、何故こうなったのかと説明を要求してきた。
こうしなければ馬車が汚れるし、鮮度も落ちる。落ちるどことか腐ってしまうかもしれない。
だから凍結したのだ――と説明すると、男は驚き余をじっと見つめた。
な、まさかこの男もそうなのか!?
いや、男が男の裸に興味がある?
ヤバいだろう、それは。
「あなた、魔術師なのですか?」
「ぬ? いや、俺は魔お――はい、魔術師です」
危ない危ない。誘導尋問に引っかかて、うっまり魔王だと名乗るところであった。
まぁ魔法はどこでもそこでも使うのだから、魔術師だと言っておいたほうが隠さずに済むしいいだろう。
そうだな。
都会で魔導学校に通っていたが、身分の高い同級生に俺の実力を妬まれ、学校を追い出されたから田舎でスローライフを送ることにした。
そういう設定にしておこう。
で、設定をギルド職員に話、何はともあれ先立つ物――金が必要なのだと伝える。
「なるほど。自給自足の気ままなスローライフですか……果たしてこの町でスローライフを……」
何やら男がごにょごにょと言うが、聞き取り難いな。
が、男はポンと手を鳴らし、それから素晴らしい提案を余にしてきた。
「この町に住むご予定なのですよね? 自給自足というなら、小さな畑も欲しいところでしょう。ですが街中には畑付きの物件なんてものはありません」
「庭も無いのか?」
「庭付きの家なんて、豪商か町長の自宅ぐらいしかありませんよ」
異世界も昨今の日本の新築物件みたいに、こじんまりとした家に庭無しがデフォのようだ。
「しかし町の外でしたら、庭付き物件もございます」
「おぉ! お? 町の外?」
「はい。ちなみにあなた様はどちらの方角からこの町に?」
そう尋ねてくるので、丘のほうを指差した。
男はやはりといった顔になる。
丘とは反対側、田畑の広がる方であれば、数件単位の集落がぽつぽつあるのだとか。
その全てが農家であり、町で暮らすより畑から近い位置に家を建てる方がなにかと便利なのだと。
「ただ森には魔物も出ますから。森から近い位置には誰も住みたがらないのですよ」
「近い位置に家が建っているのか? 以前は誰かが住んでいた、と?」
「いえ、住んではいません。森から魔物が出てきたら、いち早く知らせるために建てた小屋があるんです」
が、ただの小屋であるため安全性が低く、別に石造りの立派な見張り台を数年前に建てたのだと話す。
その小屋を、よければ安く売ってもいい――と。
「金を取るのか……」
「この町に来たばかりでしょうしね、分割でもいいですよ」
「やっぱり取るのだな」
男は眼鏡を光らせニヤリと笑う。
人の良さそうな顔をしているなと思ったが、とんでもない。
悪代官め!
「よし、買おう」
こうして異世界でのマイホームが出来た。
尚、支払いは当然分割である。
必要のないアイテム――ツルハシスコップの予備なども含め、全て売り払って小さな銀貨五枚になった。
早速教わった物件へと馬車で向かうと――。
「ぁぁぁ……」
「森から近いというより、ほとんど真横ではないか」
物件の真後ろは木々の生い茂り、屋根の上に伸びた枝は、夏であれば程良く日陰になりそうなほど森から近い。
小屋の周囲はこれと言って壁も無く、戸を開け一歩外に出たらモンスターとこんにちは出来そうだ。
その小屋から少し南西を見ると、大きな煙突のような建物がある。
「あれは見張り塔のようだな。意外と近いか」
「ぅー」
「町からも徒歩で二十分程度で近いし、家の正面の土地は自由に使って良いとのことだ。うん、良い物件だ」
「……ぁぁ」
「不満そうだな」
フェミアは後ろの森を見て肩を竦める。
モンスターの襲撃を気にしているのだろうか?
「大丈夫だフェミア」
小さく震えるフェミアの頭に手を乗せ、彼女を安堵させてやるためこう言う。
「あそこを見ろ! 見張り塔である! 我らは常に見守られているのだぞ!」
と。