第一話
7月14日。
博多祇園山笠最終日前日。
余が――いや、俺が山笠を舁く、今年最後の日だ。
締め込み姿で自らが舁く山笠をじっと見上げる。
明日の最終日はベテラン勢しか舁くことを許されていない。
故にこの山笠に触れるのも、余にとっては今年最後なのだ。
余談であるが、締め込みとはよくふんどしに間違えられる物だが、断じてこれは下着ではない。
儀式における正装である。
まぁ見た目は確かにふんどしと似ておるが、だがこれは締め込みである!
山笠を見上げる余――あ、いや俺――神木 裕斗は、元は異世界の魔王であった。
魔王――人間や他種族から恐れられ、常に敵対関係にある魔族を統べるもの。
余が望んだ訳ではないが、神がそうしたのだから仕方がない。
余の使命は他種族を恐れさせ、定期的にやってくる勇者とその一行を蹴散らすこと。
そんな魔王人生に疲れ、部下が話すスローライフというものに憧れ転生したのだが……。
最初の転生で余は、元いた異世界ファンタジーな世界とちっとも変らぬ世界に、しかもエルフとして生まれた。
余は絶望した。
長寿過ぎる種族に生まれたことを。
しかもその世界では大陸全土を揺るがす戦争の真っ最中で、余のいた集落もしっかり巻き込まれていった。
スローライフどころではなかったのだ。
ようやく戦争が終わって、さぁ再建だというときに余はエルフの集落を襲った人間の手によって殺された。
スローライフを満喫することも、その第一歩すら踏み出せなかった余の二度目の転生先は――。
科学文明が発達し、宇宙船が銀河を掛けるSF浪漫の世界であった。
しかしここでも惑星間戦争によって――余は僅か2歳にして、住んでいた星と共に爆散した。
長寿なのは嫌だと思ったが、だからって短すぎ!
スローライフ!
スローライフを余に寄越せ!
で、三度目の転生先がここ地球。
日本の福岡県福岡市博多区に生まれた博多っ子だ。
スローライフを求め日本人として転生して十八年。
この博多の地で余は、いや俺は熱い魂を燃え滾らせている!
スローライフ?
大学を卒業してからでも間に合う。
今は山笠を舁くことに命を削っているからな。
「裕斗、なんひとりで黄昏とっと?」
「ぬ? いやいや、なんでもないっちゃ。そろそろ行くと?」
「おお、行くばい」
山笠に一礼し、参加者の集合場所へ向かうため踵を返した瞬間――。
「お待ちしておりました勇者の皆様」
どこか懐かしさを感じる世界に、召喚されていた。