9.ハンター仕事は害獣駆除から ※
とりあえずもう一回受付カウンター行くか。
獲物の料金表貼ってあったからな。メモしとくべ。どの獲物がどれぐらいの値段で売れるかわかってりゃ、当主さんか都子が金貸してくれるかもしれんしね。
行ったら騒ぎになってたね。
ん、ハトか。倉庫に飛び込んで来たみたいだな。
受付カウンターの買い取りオヤジが棒振り回して追い払ってるのを、若いハンターたちがはやし立ててる。
カウンターの裏は倉庫になってるが、そこにハトが住み着いてんのかね。
「あはははは! がんばれじーさん!」
「ほら、そっち行った! そっちだって!」
「うるさいわ! お前らハンターだろ! 追っ払ってくれよ!」
「ヤダよ。矢がもったいない」
「魔法使ってもいいの? 倉庫が丸焼けになるわよ?」
「タダで仕事はしねーよ。アホくさ」
「賛成です」
若い奴ら遠慮がねえなあ。じいさんが気の毒になって来たわ。
ま、これぐらいやってやるか。
ダイアナ出して、カチカチカッチン。鉛弾詰めて、若い奴らの後ろから倉庫の屋根裏の桟に留ったハト狙って……。
バシュ!
ボトッ。
ハトが一発で羽根を丸めて転がり落ちる。
「え……」
みんな落ちたハトを見て、振り返って俺を見るわ。
俺はさっさと空気銃にカバーかけて、背負って立ち去ろうとするが、それを棒持ってハアハアしてるじいさんが呼び止める。
「おいっあんた、今なにやった?」
「なにって、ハト撃ち落としたんだけど」
「あんたハト獲れるのか?」
「まあそれが仕事だから。今回はサービスってことで」
「ホントか! ホントにハト獲れるのか?」
「今獲って見せただろ……」
「倉庫にハトまだまだいるんだ! やってくれないか?」
よっと。
カウンター乗り越えて倉庫の奥まで行く。
じいさんがカウンターの戸くぐってついてきて指さすと、まあ五~六羽はいるね。
片っ端から撃ち落とす。一発撃つたびに残りがバサバサ倉庫の中をあっちこっちに逃げるんだけど、まあ倉庫の真ん中に陣取って全方向に撃てるから、それで。
散弾銃と違って飛んでる奴には当てられないが、ハトってすぐどこかに留まるからな。
さっきの若い連中もカウンターに手ついて眺めてるわ。
「おお――……」
「魔道具か」
「百発百中……いい腕してるわね」
「すげえ……。スゲエけど惜しい……」
「ああ、ハト落とす程度じゃな……あの腕で魔物倒せりゃ言うこと無いが」
「……ハトなんだよなあ」
「残念です」
うるさいわ。
買い取りじいさんがハトぶら下げてカウンターに載せる。
「買い取ってくれんのかい?」
「いやハトは買い取ってないよ」
「タダ働きかい」
「いや……それはさすがに悪いな。ハンターカードもらったかい」
「お前みたいな役立たずは帰れって言われたが」
「そりゃ惜しい! これは役に立つ特技だろ! ちょっと待ってな!」
なんだか話がいい方向に向いてきたような気がする。
「おっさん、いい腕してるな。ハトしか獲れないのは残念だ」
「ハトだから手加減してんのかい? もっと強力な魔法も使えるのか?」
「魔物も倒せるってなら俺らのパーティーに入ってもらいたいぐらいだが」
「賛成です」
いやいやいやいや、ご希望に応えられるほどのモンは今は持ってないわ。
「すまん、今はハトとカラスぐらいでね。それに俺はもう雇われの身でさ」
「そうか。ま、もし威力が上がって使えるようになったら……」
「リーダーよしなよ。こんなおっさんになってまだハトしか獲れないならその程度なんだよ。悪く思わないでねアンタ。あんなハト建物を無傷で落とすってだけでたいしたもんだからさ」
姉ちゃん素でかなり失礼なこと言ってるぞ?
って姉ちゃんじゃねえな。男じゃねーか。なんだよそのおネエ言葉。
そうしてると買い取りじいさんがさっきの強面連れて来たな。
不機嫌そうにブンむくれてやがる。
「またお前か。なんだってんだ。不合格だ、帰れって言ったはずだぞ」
「コレを見てくださいよ」
そう言ってじいさん、カウンターの上のハト七羽を指さす。
「たった今、こいつら全部あっというまに片付けたんでさあ」
「たった今?」
「そりゃあもう、三分もかからずに」
「……その魔道具でか」
「はあ」
若い奴らが騒ぎ出す。
「マスター、このおっさんクビにしたの?」
「不合格かよ」
「いやこのスキルは役に立つだろ」
「俺らにハト駆除やれって言ったの誰だよ」
「見る目ねえなマスター」
「アタシらも見てたけど百発百中だったね。火も矢も使わず建物も全く無傷で」
「一生六級でもこんなのできたら十分だろ。使えるよこのおっさん」
「賛成です」
「あーわかった! うるせえ!」
うるさそうにマスターと呼ばれた白髪頭が首を振るわ。
「ここの倉庫と、裏の倉庫と、商人ギルドの倉庫、ハトが無茶苦茶住み着いてる。そいつら全部退治出来たら認めてやる。ハンターカードも発行してやる。それでどうだ」
「お断りだね」
馬鹿臭くなったのでもう帰るわ。
「試験にかこつけてタダ働きさせようなんて組合に入ったってこの先見えてるわ。そんなやつの下で働きたくないね」
「マスター……」
「がめつすぎ……」
「それはナシだろ……」
「サイテー……」
「同感です……」
「わかったわかった」
手を挙げてジジイ、降参だな。
「六級でハンターカード発行してやる。ジニアル男爵の紹介だから手数料も負けといてやる。一羽大銅貨二枚。それでこのギルド倉庫と商人ギルドのハト全部駆除。どうだ、やるか?」
都子が大銅貨は一枚百円に足んないぐらいって言ってたな。
百五十円か。役場の報奨金より安いじゃねーか。ハト、カラス一羽二百円、キツネ、アライグマ千円だったわ。でも贅沢は言えないかね。
「まあそれなら」
「事務所に来い」
そいで、カード発行してもらったねえ。
名前はヘイスケ。出身地は空欄で、所属はジニアル男爵邸使用人。ランクは六級。
「一級から六級まであるからな。六級スタートだ。仕事っぷりを見て昇級してやる。毎年更新があるから一年経ったらまた顔出せ。そんときは手数料金貨二枚だ。一年の間一度もハンター仕事しなかったら抹消してやるからサボるなよ。仕事は表の買い取りカウンターの掲示板に貼ってあるから、獲物を持ち込んで買い取ってもらえ。お前は猟師だからそれでいいだろ」
「わかったよ」
「この街から出入りする時は東門の衛兵にそれ見せろ。入城税は免除される。ま、男爵の使用人なら顔で素通りできるだろうが、無くすなよ。再発行しないからな」
「了解」
「あと、俺はギルドマスターのバッファロー・バルだ。覚えとけ」
「ヒマそうだなマスター」
「失礼なこと言うな! 事務の姉ちゃんがおめでたで辞めたんだよ! 人手が足んねえんだ。さあさっさとハト獲りに行け!」
さっき口利きしてくれた若い連中にも礼を言おうとしてカウンターに戻ったが、もういなかったね。あれは助かったが……ま、また会えるだろ。
それから倉庫でハト三十羽ぐらい落として、手を洗って都子の弁当食って、また四十羽程度落として、全部数えたら八十二羽になったわ。
買い取りじいさんのとこ持っていくと大銅貨で164枚。
金貨1枚が銀貨12枚、銀貨1枚が大銅貨12枚だから、金貨1枚で大銅貨144枚。つまり金貨一枚と銀貨一枚、大銅貨八枚の儲けだね。こんな数え方でよく頭クラクラしないなあこいつら。普通に十倍ずつでいいじゃねえか。日本人にはわからん感覚だね。
しけてんなあ。しかし、それでもハンターとしての初仕事だな。
まあこんなところからか……。
「日が暮れるまでに帰らないといけないので、今日はここまで。また来週来るってことでいいかい」
「はいな、よろしく頼みますよ。ハトは逃げても何度でも必ず戻ってきますんでね」
そうなんだよなあ……。まったくハトってやつはどこの世界でも一緒だね。
せっかく街に来たんでね、金物屋であれこれ見て針金を見つけて、それを買った。これでキツネ罠を仕掛けよう。
夕暮れ、屋敷に戻ると都子が待ってた。
「無事でよかった」
「ご近所に用足しだけだろ。心配いらんて」
「この辺じゃ出ないけど、野盗が出るところもあるらしいから」
「そりゃ怖いな」
……警察とか無いもんな。この世界。
そりゃあそういうやつらもいるか。
早く散弾銃ぐらいは、手に入れないといかんかもしれんな……。
「都子」
「ん?」
きゅっと抱きしめて、持ち上げて、ぷちゅーって接吻する。
都子も首に手を回して、抱き着いてくる。
一日離れていただけなのに、正直すごく心細かった。
あー……。なんかダメだな、俺。これじゃまるで新婚夫婦みたいだよ。
さて、次の日から農家さん回ってわなを仕掛ける。
今回は単純に、針金で輪を作って、引っ掛けておくってやつだな。
木の枝とかひんまげて、かかったらびよーんって宙に持ち上げられる奴だ。
この方式の罠は日本では禁止でよ、やったらダメなんだよ。ほら犬とか猫とかかかったら死んじゃうからな。役場とかは箱罠推奨さ。アレなら犬猫が間違ってかかっても、ケガもしないから逃がしてやればいい。
とりあえずニワトリ小屋と、あちこちで見つけたキツネの巣穴、その周辺に針金を仕掛けておく。おびき寄せるエサは領内で落としたばかりの新鮮なハトを使う。
針金の輪の近くに棒を立ててハトを吊るしておくわけだな。これに食いつこうとすると引っかかってビューンって釣り上げられるって仕掛けだ。
一週間様子を見ただけでかかったねえ! キツネが四匹!
これでしばらくニワトリも安心ってやつだ。キツネが首に針金巻きつけて木の枝からぶらーんってのは、あんまり見た目がよくないけどな。都子が見たら絶叫しそうだ。
キツネの毛皮作るのも久しぶりだ。本物の毛皮喜ぶ女なんていまはもういねえしな。金にもならんわ。
日本じゃ、獲ったキツネはエキノコックスの検査とかで全部保健所行きだった。回収作業なんて、できるだけ手で触れないようにゴム手袋してだったわ。
剥いだ毛皮をよーくお湯で洗って、板に釘で伸ばしながら張り付け、こびりついてる肉や脂をこそぎ落として、生乾きさせて、塩を擦り込み……。
びっくりしたのは塩がこっちではやたら高いことだ。
都子の話じゃ1キロで金貨半枚ぐらいするんだそうだ。「絶対ナイショよ」って言われてあの魔法の鞄で買ったっていう食塩もらったわ。味噌を作ったりすんのに高すぎて手が出ないからやむなくだとよ。
都子お前これで塩売るだけで大した金稼ぎにならねえか?
ま、都子は都子なりに、やっていいことと悪いことの信条があるんだろうが。
ミョウバンとかタンニンとか買えねえかな。なめしに必要なんだけど。明礬は天然で産出するから、こっちにもあるはずだ。タンニンは木の皮煮て作れるとか。ま、とりあえず塩だけで我慢するか。
乾いたら丸太にごしごし擦り付けてごわごわに硬くなってる毛皮をふにゃふにゃになるまで柔らかくなめして完成だ。
「しっぽもね」って言うんで骨抜いて塩詰めて尻尾も仕上げといたが、後で都子が手縫いで帽子作ってくれたの見て笑ったね。帽子の後ろにあのフサフサしっぽがブラブラしてる。
「あなたデイビー・クロケットのファンだったべさ」
おう、テキサスの英雄、猟の達人、銃の名手な。
アラモ砦を忘れるな!
「って都子、アレはキツネじゃねえ、アライグマだ」
「アライグマ獲ってきたら作ってあげるわ」
北海道じゃ増えて迷惑してたがな、この辺にはいなさそうだな……。
次回「10.空気銃の限界」