8.ハンターギルドに入ってみるか
今日は風呂の日。三日に一度、屋敷の風呂を当主さんが使った後、みんなでかわるがわる使わせてもらえる。一人が入れるちっちゃい風呂な。大きな鉄釜のゴエモン風呂だよ。お湯の上に木の板が浮いていて、それを踏んで沈めて入る。
蹄鉄打ちは汗まみれになるから、風呂の日にやるのがよさそうだ。
ヤジさんだったかキタさんだったかがそれフタだと思い込んで、それ取ってから入ったらアッチッチになっちまって、しょうがないから下駄履いて入ったって話があったな。洒落本の笑い話だけどよ。どこの世界でも考えることはおんなじだねえ。
そこはレディファーストってやつか? 当主さんが入った後は、まずパールさん、都子、ハロンさん、最後が俺だ。
最後なんでね、湯上りで色っぽい都子が湯帷子着て俺の背中を流してくれる。
「都子、サープラストって行ったことあるか?」
「あるよう。大きな街。ここから馬で三十分ぐらいかな。城壁で囲まれていて、中には領主様の大きな屋敷と、教会と、お店がいっぱいある市場と、いろいろ商売してる商人のギルドとかあるの」
「今週の休み、そこに行って猟師の組合に入ってこようかと思ってさ」
「……エルフってけっこう目立つよ。ヘンに目を付けられたりするし、危ないかも」
「都子は危ない目に遭ったことがあるか」
「おかしな奴に付け回されたりしたことある。ま、オバサンだとわかるといなくなっちゃったけど、若い娘だったら危なかったかも。エルフで見た目オバサンだと中身はばあさんだってのはこっちの人も知ってるから」
「うーん、俺、当主さんに言われてそこに入るよう勧められたんだよな。ハンターとして金稼ぐんだったら入っておいたほうがいいって」
都子が考え込む。
「いい方法があるよ」
「どんな?」
「耳が隠れるような帽子かぶるの」
「そんなんでいいのかい?」
「うん、わちはスカーフ被ってごまかしてたけど、エルフって金髪とか銀髪で物凄い美男美女で背も高いらしいから、わちらみたいに黒髪だとまずわからなくなる」
「なるほどなあ」
「毛皮の帽子とかいいかも。ふさふさしてるから隠しやすい。あなた昔キツネの帽子かぶってたっしょ」
あーアレな。猟師始めたばっかりの昔、キツネ獲って、毛皮にして帽子にしたわ。ハンターのルールいろいろ厳しくなって、仲間内の誤射避けにオレンジの帽子かぶらんと保険効かなくなってからやめたけどな。
「よし、キツネ獲るか」
「うん、毛皮にしてくれたら、わち帽子縫ってあげるから」
「ははっ。まあ来週の話だから、すぐには無理だ。帰ってきたら頼むわ」
うん、今日も風呂上がりの都子は綺麗で、色っぽい。
どんな世界にいても、女房がいるってのは嬉しいねえ……。
隣領、というか、本家領のサープラストまで馬で30分。
カポカポ歩かせての話だから、まあ徒歩でも日帰りで行けるな。屋敷の馬をそうそう借りるわけにもいかんし、都子が作ってくれた弁当と、水筒と、金を少しと、背負い袋に、都子に作ってもらった銃の負い革着けて銃カバーかぶせて空気銃のダイアナも背負っていく。
頭にはとりあえず都子から借りた耳まで覆う毛糸の帽子。都子は編み物も得意だから、自分で作ったそうな。今の季節にこの冬物の帽子はちと暑い。まあ我慢するしかないな。
周りは農村の街道をてくてくと歩いていく。時々立て札が立っているから別に迷うようなことは無いな。道なりにいけば到着するようになってるし。
畑も麦やとうきびばっかりじゃなくて野菜も増えてきた。けっこういろいろ作ってるな。日本のスーパーに売ってるような奴はだいたいあるかね。人参、キャベツ、大根、カブ、ピーマン、芋、玉葱。豆と砂糖大根も。ポヤポヤした奴はアスパラガスか。この世界なかなかの発展ぶりだ。米だの長ネギだのハクサイだの、和食になるようなものは見当たらない。そこは残念だな。
……いや驚いたね。
すげえでっかい町全体が城壁で囲まれてる。
ヨーロッパのアレか? 歴史遺産みたいな街がそのまんまって感じだ。
城壁の門で、番兵が人の出入りをチェックしてんだよな。
入領税取るって話だったけど、当主さんの紹介状見せとけって言われてたんで、それ出して見せたらすぐ入れたね。
俺はジニアル男爵様の使用人で今日はお使いでってことなんで。まあ近所だし。
ここの領主様は当主様の兄、キハルさんとか言ったかね。親戚の使用人だから金取ったり追い返されたりは無いわな。
衛兵に道順聞いて、猟師組合の場所教えてもらう。
ハンターギルドか。「ギルド」ってのが組合ってことかいね。農協も、「農業協同ギルド」って名前変えれば若いやつも入って来てくれるかねえ。「JA」とか言われてもなんの略だかさっぱりわかんねえよ。
店の看板がいろいろ出てて、穀物とか野菜とかの店がズラズラ並んで人もめちゃめちゃいっぱいいて、都会だなあって感じするわ。
そこを通り抜けて、東門のすぐ近くにあるのがハンターギルドってわけだ。
でっかい倉庫になってて、近くの門からは荷車や荷馬車に載せて獲物が運び込まれてる。シカとかイノシシとか丸ごと持ってくるんだな。この倉庫の中で買い取りやってるってことか。
入るとびっくりだよ。
鉄板の胸当てだの甲冑だの、映画で見る騎士崩れみたいなやつがでっかい剣とか槍とか弓持ってウロウロしてるわ。猟師っていうより兵士だわ。
なんかおっかねえところ来ちまったなあ……。
カウンターにいるじいさん、一応なんかの受付だろう。話聞いてみよう。
「こんちは。ちょっといろいろ聞きたいんですけどいいですかね」
「はいな。なんでしょ」
「俺はジニアル男爵様のとこの使用人なんですが、猟師の仕事をしたくてね、ここで登録受付してくれるって聞いてきたんですが」
日本でハンターやるにも銃砲所持許可と、狩猟免許が無いとダメだからな。似たような許可もらって登録しないと大っぴらにできないってことなんだと思うんだが、そのへんどうなのかね。
「猟師ねえ……。あんたそうは見えないけどね。倉庫の裏にまわんな。ハンターギルドの事務所があるよ。そこでハンター試験に合格すればカード発行してもらえるから、そしたら獲物持ってきてくれればここで買い取るよ。ハンターの登録が無いと買い取り額は半額になっちまうよ」
「うへえ、勉強とかなんにもしてないけどな俺」
ほら狩猟免許も銃砲所持許可も本もらって勉強して筆記試験に合格しないといけないからな。
「腕前見るだけさ。さ、行っといで」
腕前かあ。一応空気銃持って来たけどこれで腕前とかわかんのかね。
説明がまためんどくさそうだわ……。
裏の事務所に回って扉をくぐるとヤクザがいた。
白髪頭で人相悪くてもう何人も人殺したことあるようなジジ……いや、七十の俺よりは若いが、五十代って感じの強面がカウンターにいるわ。
「こんちは。猟師に登録したいんですけど、受け付けってこっちでいいんですかね」
「ああ、ハンター登録か。こっちでやってるよ。あんたハンターになりたいのか」
「はいまあ」
「猟師にもハンターにも見えねえな……。のほほんとしやがってそんなもんやるようなやつには全く見えんが?」
「え、普通に獲物を獲るのが猟師だろ?」
「……帽子を取れ」
「は?」
「帽子を取れっつってんだよ」
なんかよくわからんがとりあえず帽子を脱ぐ。
「……やっぱりエルフか。髪は黒いし背はちっちぇえしブサイクだしおっさんだし、まさかとは思ったが、いったいどこの里から来たのやら…‥」
「うるさいわ。ブサイクは余計だ」
「あのなあお前、歳はいくつだ? 見た目三十過ぎだから六十は行ってると思うが」
「七十だが?」
「フザけんなよお前。七十年も生きて今まで何やってた? ハンターってのはな、お前ぐらいの齢になる前に、何度も死線をかいくぐって、それなりの『顔』ってやつになるもんなんだよ。お前みたいなそんないい年してふにゃけた顔の男なんてこんなところには来やしねーよ。やめとけやめとけ」
そりゃそうだ。ハンターは安全第一、「無理せず楽しく事故違反ゼロ」が合言葉だよ。日本のハンターは事故も違反も絶対やらないように細心の注意を払って狩猟する。安全が確認できないような状況では決して発砲しない。死線かいくぐったハンターなんてただの不注意なアホだっつーの。何の自慢にもならんわ。そんな自慢話するやついたら「よく許可取り消しにならんかったな」としか思わないね。
「だいたいお前、何が獲れる」
うーん痛いとこ突いてきたな。ライフルがありゃあ俺だってエゾシカもヒグマも獲れるがな、今は空気銃しかないんだよな……。
ここは正直に言っとくか。
「ハト、カラス、カモ」
「ハンター舐めんな」
思いっきりにらまれたわ。
「この商売してればな、魔物と闘うことになるんだぞ? スライム、ワニ、ヒドラ、ゴブリンにオーク、ワイバーンにドラゴンもだ。護衛仕事に野盗に山賊、殺し合いだ。お前そんなことできんのかい?」
聞いたこと無いモンが出て来たけど、そんなんできるわけないわ。警察か自衛隊の仕事だろ。
「どこの村から出てきたんだか知らねえが、ハトだのカラスだの獲りたいんだったら勝手に獲ってそれ食ってりゃいいじゃねえか。ハンターの資格なんていらねえだろ。帰んな」
勝手に獲っていいのかい! 日本だと狩猟免許に銃砲所持許可に罠免許。めちゃめちゃ始めるまでハードル高いがな……。
しかしオヤジ冷てえなあ。心折れそうだわ。
でもコイツの言いたいことはわかった。
要するにこいつは、「戦争に行く覚悟はあんのか?」って聞いてるんだわ。俺みたいに安全第一で日曜ハンターやってたやつが、戦場で役に立つのかって教えてくれてんだよ。
俺は戦後の生まれだから戦争には行ってねえ。だが、そのかわり「戦争に行ってきた」奴の顔は大勢知ってる。戦争から復員してきた俺の親父は戦争のことは一言も教えてくれんかった。俺がガキだった頃、戦争に行ってきたオジサンたちに「戦争ってどんなんだった?」って生意気に聞いたりした時も、優しかったり面白かったりしたオジサンが真顔になる。そしてなにも教えてくれない。
そんな顔だよ。コイツの顔はな。
若いやつなら歓迎なんだろ。これから経験すればいいことだ。
でも俺みたいないい年した奴が、今更「ハンターでござい」って名乗っていいような場所じゃねえってことなんだろうな。
しかし、ハンターギルドに入って無いやつぁ、「獲物の買取価格は半額」ってのは痛い。
素人がハンターの仕事に首突っ込んでこないようにそうなってんだと思うがな、俺は女房を養ってくのを鉄砲でやろうって真剣に考えてんだよ。ここで折れるわけにはいかない事情ってやつはこっちにもあるわ。
「俺は当主様にハンターギルドに入れって言われてんでね。引き下がるわけにもいかないさ。コレを見てもらおうか」
そう言って当主さんの紹介状出す。
「……ジニアル男爵様の使用人か。なんでまたこんなやつを寄こすかねえ」
オヤジ考え込んだな。
「しょうがねえ、テストしてやる。使うのは弓か?」
「鉄砲だよ」
「なんだよてっぽうって。どう使うんだ? 近接武器か? 遠距離攻撃か?」
「……まあその分類なら遠距離だ」
「ついてこい、裏の的場でテストする」
そう言って、扉を開けて裏庭に出た。
弓道の練習場とよく似てるな。オヤジ、30m先に30cm四方の中央にバッテン書いた板立ててこっちに来る。
「あれに当てろ。安全確認は慎重に」
背負ってた空気銃のダイアナM52、降ろして銃袋を脱がせる。
オヤジ目をむくねえ。初めて見るだろ。これが空気銃さね。
カチカチカチカッキン。横のレバーを引き下ろしてスプリングを圧縮する。開いた薬室にポケットから出した4.5mmの鉛弾を押し込んで、安全子を押しながらサイドレバーを戻し、発射準備完了。
「構え!」
ダイアナを構え、安全装置を解除する。
「放て!」
ばしゅっ!
よーしよーし、ド真ん中だ。もう30mぐらい軽い軽い。
「……なんかやったのか?」
「的見ろって、当たってるから」
「なんも見えんかったぞ?」
「弾出たって」
二人で的に歩み寄る。
4.5mmの鉛玉のペレットが板の十字のど真ん中に埋まるように食い込んでる。
「な、当たったろ?」
「帰れバカヤロウ。二度と来んなこのクソ役立たず」
……。
だよなあ……。なるよなあ……。
こっちでいう弓とかのほうがまだ強力だろうから、こんなものお呼びじゃないってことか。確かにハトやカラスしか獲れねえよこのダイアナってやつは。
……すまん都子。俺こっちじゃまだまだ稼げそうにないわ。
ライフル買えるぐらい金溜まったら、また来るか……。
次回「9.ハンター仕事は害獣駆除から」