6.女房の秘密の魔法
二十年ぶりで都子、ぐったりして完全にダウンだわ。やりすぎた……。
都子は、アレだ、ふにゃふにゃして柔らかくて、綺麗だったな……。
見合いしてお互いのこともよく知らないまますぐ結婚して、でもいい夫婦になれて、子供三人産ませちゃったけど、なんかそれ無かったことになってるみたいだったな。今からでも子供できちゃったりすんのかな。
俺は男としての自信は取り戻した感じがするわ。うん、全身に力が戻ってきたというか、俺の全盛期を取り戻した感じがするな。
よし、今日からバリバリ働くわ!
とはいえ、朝、都子はもういなくて、パールさんが作業着持ってきてくれた。
「ヘイスケさん、今日からこれ着て。主人のお古で悪いけど。さっさと着替えて厨房に来てね。朝ごはんできてるから」
「はあ、おはようございます。いろいろすいません」
「いいえ、これからよろしくね。しかしやるねえヘイスケさん」
しかしやるってなにをですか。
そりゃ新婚の頃は都子に「スケベエさん」とか言われたけどよ。
サイズが余る作業着を、紐で縛ってムリヤリ合わせて、袖も裾もまくり上げてから厨房の使用人食堂に行く。
「いやあお手柄お手柄、たいしたもんだよヘイスケさん」
「ほんとよねえ。こんなにも変わるものなのね」
「なにがです?」
食堂に行ってパールさんとハロンさんに褒められた。
いったい何があったってんだ?
「女って、やっぱり恋してると輝くのね。見違えちゃったわ」
だからなにが!?
「おはようございます」
そう言って当主さんの食器を載せた台車を押してきた都子が入って来て驚いた。
都子は俺が言うのもなんだが別に美人ってわけじゃなくて、野暮ったい三十五のオバサンそのまんまという感じだったのに……。
いろっぺえ。
なんか色っぽくなってる。
白い肌、ピンクの頬、ツヤツヤの唇。サラサラの黒い髪。
どうなってんの?
なんか吸った?
なんか吸ってる? 俺から?
女ってこうも変わるの?
「あ、あなた……。おはようございます」
そのなにげないしぐさも声も、艶っぽい。大人の女の色気がする。
うおお! 若返ってよかった!
「仕事前に、ちょっと」
食事が終わって、手を引かれて都子の小屋に戻る。
「見て見て、私の秘密」
そう言って丸太小屋の中の部屋の一つを開ける。
「ミシンじゃねーか!」
足踏み式のミシンが置いてある。正真正銘、本物だ!
「この世界にもあんのかい!」
「違う違う。これ、元いた世界から買ったの」
「……そんなことできんのかい」
見ると、都子が生前使ってた物とはちょっと違う気がする。色が違うし、外国製だ。
「十年前、死んだときにね、女神様が『一つ、能力をあげます』って言って、くれた能力があってね」
「どんな?」
「マジックバッグ!」
都子がそういうと、旅行鞄よりでっかくて、黄色い鞄がぼんっといきなり現れた。こりゃあびっくりだわ。小学生の子供が身を丸めると入れるぐらいの大きさな。
「この世界は魔法が使える人がいてね、で、わちもこれだけは魔法が使えるの。女神様に授かった魔法なの」
「魔法って、アレ? あの、『奥様は魔女』みたいな?」
「そうそう。あんなになんでもできるわけじゃないけど。あと魔女じゃなくて魔法使い!」
「どう違うんだよ?」
「……しらない。でも『魔女』っていうのはこっちではかなり悪者って感じなのよ」
「……奥様は魔法使いでしたか。サマンサかよ。俺も『ダーリン』とか呼ばれちゃうのかねぇ。テレビでやってたよな? ぱっと料理出したりとか」
「それは無理」
「かぼちゃを馬車にしたりとか」
「それも無理」
「ほうきに乗って空飛んで配達したりとか」
「本当にかばんだけ」
「へー……」
いやまてまてまて。俺そんな能力もらえんかったぞ?
「その女神様って、金髪の色白の、ヒラヒラの白い服着ためんこい女の子?」
「そうそう! ナノテス様! あなたも会った?」
「名前聞いてんかった。しまったなあ」
「あなたもなにか魔法もらった?」
「なんもさ」
「そうかあ。残念ね」
都子がっかりだよ。そんな能力あるんなら俺にもくれたらよかったのにさ。
「で、ミシンが出てくるかばんなわけ?」
「いやあ違うよ、これで買い物できるの。お金入れると」
「そりゃすごい」
「で、絶対にミシンが欲しいと思って、コツコツとお金貯めて、このバッグに頼んだら買えたのね。中古だけど」
「そりゃあ今は電動ミシンばっかりだから、足踏みミシンは中古だろうさ」
「これでまた裁縫できるようになって、手縫いばっかりだったんだけど、これですごく手早くできるようになったもんだから、評判になっちゃって、今じゃこの屋敷の裁縫全部任されてるの」
「そういや男爵さんの背広とかも縫ってやったんだったな」
「そうそう」
「……都子、そんな凄いもんだったらもっと商売とかできただろ。すごいじゃないかそれ、大金持ちにだってなれたかもだわ。そのミシン売ったら凄い金になるんじゃないかこの世界では」
「だって『奥様は魔女』だって、魔女だってこと隠して内緒にしてたでしょ。バレると大変だって。だから内緒にしてる。ダーリン、サマンサが魔法使ったらいつも怒ってたじゃない」
「そりゃ、魔法使うたびに厄介ごとになって迷惑しかかけられていないからだろ。もったいねえ……。で、今まで買ったのはミシンだけなのか?」
「お給料そんなにもらえるわけじゃないし、三年かかって金貨十枚なんとか貯めてそれで買えたし」
どんだけだよ。安月給過ぎるわ!
「今お金どれぐらいあるの」
「金貨二十枚」
「それどれぐらいの価値になるの?」
「日本円だと二十万円ぐらい?」
「十年務めて貯金がそれだけって、お前そんな給料安いの……」
「この世界ではね、使用人ってのはそれぐらいで普通なのよ。住み込みでまかないがあってお世話してもらって必要なもんは買ってもらってだとそんなもん」
「ミシンを買ったっきり、その魔法のかばん使ってないと」
「だって老後のたくわえとか考えたらお金使うのもったいないし、針とか糸とかハサミとか裁縫道具こまごま買ってもけっこうなお金になっちゃうし」
「……そんなもんも買えるのか。ま、今後俺も働くから、それでなんとか金貯めて老後過ごせるぐらいは稼ぎたいな」
「うんお願い。わち今まで一人で心細かったけど、あなたが来てくれたからもう大丈夫。わちも頑張る」
「俺たちの老後って、あとどれぐらいだろうな……」
「うーん、エルフだから人間の二倍? 百四十歳ぐらいまで?」
「そんなにかっ!」
あと七十年かよ! もう人生丸々もう一回やり直すぐらいの時間あるわ!
たいへんすぎやしないかい女神様!
「……まあいいか。都子も一緒だしな」
「たよりにしてますわよダーリン」
「それはやめろ」
「とにかくこのことは絶対ナイショね。誰にも言わないでね」
「おう」
とりあえず今の雇い主の男爵が死んじまったら、子供もいない俺たちは身寄りも無しで放り出されることになる。そうなる前に、夫婦で独立して生活できるぐらいの蓄えは必要ってことになるか。
これは俺、本気出していかないとマズいことになりそうだわ。
「で、まずはあなたの服を作りたいの」
「……そういえばこっち来た時着てたの、えらくボロだったな」
「わちもそうだった。エルフってそういう格好してるのが普通だったみたい」
「わかった。頼むわ」
都子、俺の肩幅とか腕長とか腰下とかいろいろメジャーで測り出して、メモしてる。
「午前中に作っておくから」
「はやっ」
「とりあえず寝巻、部屋着ね。和服だとすぐできるし」
「さすがはミシン」
「みんなもねえ、どうしてそんなに早くできるのって不思議がってた。あははは!」
さて、午前中は俺、ずーっと馬の世話だね。
庭とか手を入れたいところもあるけど、どうしてもまずは生き物が優先だな。
馬の世話をしてて、どーしても気に入らないことが俺にはある。
ハトだ。厩舎の中に住み着いちまって、何羽もバサバサと飛び回ってる。
これは猟師として気に入らない。全部撃ち落としたくなる。
ハトは馬の飼料をつまみ食いするし、そこらじゅうをフンだらけにするし、なにより病気を持ってくるのが怖い。ぜひ退治したいところだな。
夜、仕事を終えて丸太小屋に戻り、都子に相談する。
「なあ都子、俺、欲しいものがあって」
「なに?」
「鉄砲。こっちでも狩りを始めたくてさ」
「わちは反対だなあ。わちあなたが狩りに行くたびに、事故にならないか、クマに襲われないか、間違えて撃たれないかっていつも心配してて……」
「でも都子、当主さんに『この人、腕のいい猟師です』って言っちゃったろ」
「あー、言った、言った。うーん」
「欲しいのは空気銃なんだ。一番安いやつでいいからさ」
「なんぼぐらい?」
「五万しないから金貨五枚ってとこか」
「うーん……。ま、いいか! あなた他にお金稼げなさそうだし」
「悪かったな。今に見てれ、ちゃんと儲けは出すから」
「じゃ、一緒にバッグにお願いして。マジックバッグ!」
都子がそう言うと、ぼんってあの黄色いでっかいかばんが現れる。
一度見てるけどやっぱりびっくりするわ。
「これにね、全財産入れてしまってあるの。かばんさんかばんさん、金貨を五枚!」
そうして都子がバッグから金貨を五枚取り出して見せてくれる。
これがこの国の金かあ。カネそのものに価値があるんだな。日本みたいに紙に印刷するだけでカネって通用させるには、まだまだ経済が十分発達しないとダメってことなんだろうねえ。江戸時代も小判だったしな。
その金貨をかばんに入れて、二人で一緒にかかえるように黄色いかばんを持ち上げる。
「さ、一緒に祈って。かばんさんかばんさんお願いします。この人の欲しいものを買ってあげて。金貨五枚以内で!」
「うーん、RWS・ダイアナM52、口径4.5mmとFXプレミアムの弾4.5mmを2000発!」
生前俺が使ってたやつだ。スプリングピストン式で構造は単純、でもオモチャの空気銃でなくて本物の狩猟用空気銃だからハトぐらいは簡単に撃ち落とせる。
「出た――――!」
「買えたね!」
ずっしり重くなったかばんの口を開けると、木製ストックで機関部も黒光りする新品の空気銃が現れた! 弾も500発入りが四缶!
「すっごい嬉しいわ。やっぱりコレがないと俺って感じがしねえよ!」
「……お釣りない」
かばんをひっくり返して振って、都子ががっかりする。
「えっこれお釣りが出るの?」
「うん、金貨五枚より安かったら、ちゃんとお釣りも出るんだあ」
「すげえ……いや、無駄遣いさせちゃったか。ごめんな都子」
「いいの。あなたが喜んでくれたし、わちに会いに異世界に来てくれたあなたに、わちからのプレゼント」
「……ありがとう。都子」
都子には言えねえが、スプリングの空気銃ってのはピンキリだ。アメリカ製なら100ドルからだってある。このダイアナってやつはドイツ製で、スプリング式空気銃の中では最高級品の一つでね……。
すまん、高い買い物しちまった。心の中で土下座するわ。
「もうひとつ」
「なに?」
「はい」
そう言って都子がくれたもの。
着替えだ。寝巻と、作務衣。
「寝るときはこっち、こっちは部屋着にして」
「都子……」
「ん」
「ホントにお前が女房でよかった。ありがとう」
「ほんっとーにちゃんとこれで金貨五枚以上稼いでね」
「わかってる。まかしとけって」
もちろんこの後、タップリお礼したわ。
寝巻出番ないな。悪かった。
次回「猟師の仕事スタート」