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5.二十年ぶりかい


 薄暗くなってきた。今日の仕事はこれで終わりだ。

 裏に回って厨房に声かけると、ちょうど都子が料理を運ぶ所だな。

「あなたはまかないだから。もうちょっと待ってて。当主様が食事を済ませてから」

 料理は……。鍋物、野菜の浅漬け、豆料理、和洋ごちゃまぜだな。西洋風に結婚式で出てくるような洋風のこってり料理かと思ったら、アッサリ系だ。

「当主様は太ってらっしゃったから、食生活から改善させてね、健康を第一に考えて長生きしてもらえるようにね」

 なるほど、よく考えてるな。


 当主様の食事が済んで、それを下げてから厨房横の食卓で使用人のまかないを食べる。こちらはパン、野菜炒め、ミソスープ、野菜の漬物。やっぱり和洋ごちゃまぜだ。

 米の飯が食いてえ……。ま、無理な話だろう。

 ハロンさんもパールさんも一緒だ。もう家族みたいなもんか。

「エルフの里はここから船で三日ぐらいかねえ、川の上流にあるとか」

「いやパール、それ一番近い所だからね。エルフの里と言ってもこの世界に何か所もあるからさ、ヘイスケさんはどこの里の出身なの?」

「それが俺にもさっぱりわからなくて、記憶喪失ってやつなんですかね」

 俺も適当に都子に話を合わせておく。


「そうかあ、二人、同時に神隠しにあって、その時別々の場所になっちゃったのかもしれないな。よく探し当てたよヘイスケ、あんたホントに偉いよ!」

「ミヤコさんはね、私ら子供がいなかったから、娘がいたらこんな感じかなって、一緒にいて本当にうれしかったよ。よくしてくれたしねえ」

「うんうん、このまま行かず後家になるのもかわいそうって、嫁入りの話もあったのに頑固に断るからさあ、何があったのかと思ってたけど、御主人がいたんじゃあ、もっともだな」

「愛するダンナがいたっていう記憶、うっすらあったんだね。本当にまた一緒になれてよかったねミヤコさん」

「パールさん、何度も言うけどわち見た目は三十過ぎに見えてもこれでも七十だからね。今更結婚なんてするわけないしょ」

「エルフだもんねえ。私たちとは時間の感覚がちがうのかねえ……」

「はいはい湿った話は無し。今夜はお祝いだぞパール!」

「はいな」

「私もご一緒してよろしいかな?」


 ……いやびっくりした。当主様のジニアル男爵が厨房にやって来たわ。寝巻のガウン姿だけどな。

「とびっきりのこれをご馳走させていただきますぞ。お祝いですな」

 そう言って持って来たワインの栓を抜く。

「当主様、そのような……」

「いいんです。今夜ぐらい、させてもらいますぞ。今までのお礼もかねて」


 御領主様自ら、戸棚からワイングラスを出してみんなの前に置き、ワインを注ぐ。いい人じゃないか。ホントに歓迎されているって気がして涙が出そうだわ。


「お二人の再会に、神のお導きに、この世界のささやかな奇跡に感謝を、乾杯」

「かんぱーい!」

 ちびり、飲んでみる。

 甘くて美味い。

 ぱちぱちぱちぱち、拍手になる。


「お祝いの席なんだ。肉でも奮発してよかったんですがな?」

「当主様に控えさせているのに、わちらがそういうわけにもいきませんで」

「わっはっは。ヘイスケさん、狩りがお上手だと聞きましたが、これからは獲ってきていただけるのかな」

「いやあこれから考えてみますわ。こっちには鉄砲ってありますかね?」

「てっぽう? 初めて聞きますな」

「あなた、ここには鉄砲無いの」

 あーそーかー……。だったら厳しいな。当分罠猟師で頑張るしかないか。

「とにかく、今日は無礼講でじゃんじゃん……」

「それはダメ」

「なんでですかな?」

 パールさんが首を振る。

「当主様、お二人、こんなことがあったばかりで疲れていますし、夫婦の大切な夜、早く二人きりにしてあげましょうよ」

「……そうか、そうだったな。いや、めでたい。とにかくめでたい。お二人、積もる話もあるだろうし、まだまだお若い。これからも励んでいただきたいですな」


「さ、もうお帰りなさいミヤコさん、ヘイスケさん、後はまかせてね」

 そう言ってパールさんがウインクする。

 いや都子、そんな赤くなったら俺もさあ……。

 酒もチビッとしか飲んでないのによう……。



 そういえば、まだ一度も入って無かった都子の家に入る。

「さ、狭いながらも楽しい我が家!」

 離れの丸太小屋だ。何か懐かしい感じがする。初めて二人で住んだ家は、小さい畑の中の土壁のトタン屋根だった。藁ぶき屋根の馬小屋と、農機具を入れる納屋。

 雪に埋もれるとなにもすることがなくて、二人でストーブを囲んで餅など焼いて過ごしていたっけ。


「あ――――っ!」

 厨房から持って来ていた火種でランプを灯して都子がびっくりする。

 部屋の中にでっかいベッドが置いてある。どう見ても二人分のベッド。ふかふかの布団と、ストーブには火が熾火になってて、暑いぐらいに暖房されて、大きなタライが上に乗ってお湯が沸かしてあって。

「こんなのなかったのに……」

 男爵からのプレゼントかい。いつの間に。村に出かけてた間にやったのかね? もうなんだかなあ。

「今までどうしてたんだ?」

「そりゃあ、布団敷いて寝てたよ。一人でさ」

 どこに行ってもやることはおんなじだな都子……。


「……」

「……」

「……あの」

「……はい」

「も、もう寝るか。疲れたしな」

「う、うん」

「寝巻あるか?」

「無いよ。あるわけない。わちのぶんしか」

「じゃ、じゃあ、裸で寝るか……」

「あんたねえ……」

 気まずい。ものっすごい気まずい。

「着替えるからあっち向いてて」

「夫婦だろ」

「それでもっ!」


 こっそり見る。白いヒラヒラを脱いで、足首まである長いロングスカートの黒いワンピースを脱ぐとガータベルトにストッキング、そ、それに……!

「ノーパンかよ!」

「見ないでええええ!」 身をよじる都子、色っぽいわ!


「こっちではこれが普通なの。ナイロンもパンストも無いんだから、靴下止めは無いとダメなの。これこっちの女の普通の格好なの!」

「わかった、わかったから」

 都子が寝巻に着替える。前合わせの和風の寝巻だ。腰に紐巻いて、何とも古風な。

「それ自分で縫ったのか?」

「そう」

「そ、そうか……じゃ、おいで」

「イヤ」

「なんで?」

「いまさら……。だってわち七十のババアよ」

「今は三十五だ」

「いやそれでもさあ」

「最後にしたのいつだっけ」


 都子がちょっと考え込む。

「んー、層雲峡の温泉に行った時だから」

「もう二十年も前か!?」

「あの時は結局できなかったから……」

「言うなあああああああ!」

 そんなになるかい。


「夫婦なんだし、若返ったし、なんも問題ないって。できる。いや、絶対できるから」

「あのね」

「うん」

「こっちの人ってね」

「うん」

「三日に一度ぐらいしかお風呂に入らないのね」

 うへ。毎日風呂に入らないと死んじゃう日本人には考えられん習慣だわ。

「だからイヤ。あなたも臭いし」

「そうかあ?」

 クンクン、自分の体の匂いも嗅いでみる。今日生まれ変わったばっかりなのにたしかに臭いな。半日、厩舎で馬の世話してたせいかな。

「じゃあ洗う!」


 そう言って、ストーブの上に載ってる大きなタライをタオルでつかんで降ろし、着ている服をパッパ、パッパと脱いで全裸になる。

 手ぬぐい大の布を浸して絞り、自分の体を拭きまくる。

「……やってあげます。後ろ向いて」

「頼むわ」


 都子に背中を拭いてもらう。

 ああ、何年ぶりになるだろうか。まだ家に二人きりだった時は、よく一緒に風呂に入って背中を流してもらったもんだ。

「やっぱりあなたねえ」

「わかるか」

「うん……本物だわ。あなたの背中……」

 エルフになっても、体は昔の俺のままか。


「次は都子」

「自分でします!」

「昔は二人でよく……」

「自分でするって!」

 都子がタライに浸かって体を洗う。

 都子は美人ってわけでも、スタイル抜群ってわけでも、グラマーってわけでもなくて、どっちかっていうと細めだけど、俺好みのいい女だ。当たり前だけどな。女房なんだから。

 エルフだからか? すっごく色が白い。

一緒に畑仕事してた時は日焼けしちゃって、農家のオバサンって感じだったのに。今は……。

「綺麗だ……」

「もうっ」

「俺、都子が死んでからもずっと一人だった。誰にも手、出さんかった」

「……わちも。あなたがわちが死んで寂しがってると思ったら、どうしてもそんな気になれんかった」

「んっ……」

「あなた……」

「……いいの?」


「……だってこんなんなってんの、放っておいたらかわいそうだし……」



次回「6.女房の秘密の魔法」

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