4.異世界ってどんなとこ?
「ミヤコさん、午後は暇を出しますぞ。どうぞご主人を方々案内してあげてください。いろいろ教えてあげて」
「ありがとうございます当主様」
そう言って都子が頭を下げる。
「ほらっあなたも!」
「は、はあ、ありがとうございます」
俺も立ち上がって一緒に頭を下げる。
「下がってよろしいですぞ」
「失礼します」
それから色々、都子から聞いたよ。
この世界はな、映画で出てくるような外国の昔みたいな世界なんだとさ。
ほらフランス革命がどったらこったら、アンドレカンドレとかのそういう世界と似てるんだと。
王様とか貴族とかいるんだとよ。俺はなんだかんだ言って戦後の生まれだしよ、戦争から復員してきたオヤジ夫婦が北海道に入植してから生まれた民主主義の世界しか知らねえから色々びっくりだな。
まあ今でもイギリスには貴族とかいるからな。俺にもイメージはわかるわな。
「でもあのじじい……」
「当主様」
「当主様、いい人そうだな。貴族って威張り散らして悪いやつみたいなやつだと思ってたわ」
「そうよ。身寄りもなくこんなエルフみたいな異種族のわちのことも親切にしてくれて雇ってくれたんだから」
「お前、手込めにされたりしてないよな」
「してないっ! してないから! 何言ってんのアンタ、わちはもう七十のばあさんだし、当主様ももう六十過ぎなんだからそんなことあるわけないっしょ!」
ぷんぷん怒る都子が昔の女房みたいで、ほんとめんこい。
いやあ嬉しい。こんなことってあるんだな。
屋敷でかいわ。部屋もいっぱいあるし、廊下も広いし、高そうな絵とか壁にかかってるし、函館にあるホテルみたいだよ。
「都子これ全部ひとりで掃除してんのか?」
「全部じゃないって。今は当主様が一人で住んでいらっしゃるから、身の回りだけね。月に一度、掃除屋が来て掃除していくし」
「そんじゃお前、料理番って感じかね」
「そうそう、和食、洋食、こっちで手に入る食材も使ってなんでも」
「お前の料理は旨かったからな」
「それにねえいろいろ秘密の技もあるしねえ」
「ほうー。それどんなのだ」
「あとで教えてあげる」
そう言ってニコニコする。なにがあんだよ。
屋敷の横の厩舎に行く。馬がいるぞ。三頭。
「おうっ馬か! 久しぶりだべ!」
「トラックやトラクターになってからみんな馬やめちゃったべさ」
「ああ……あれは辛かったな。馬にもいいところはいっぱいあるからなあ」
「寝てても家に着くべさ。道覚えてるから」
「あっはっは。そうだったな」
都子と一緒に馬車牽かせて、農協まで買い物行ったりしてたよな。
農協の店舗の前に馬を停めておく馬留なんて置いてあったの、今の若い奴らにゃ想像もできんだろうて。
「若い頃を思い出すわ……」
「わちも。ここに暮らしてるとなにもかもみんな懐かしくて涙出そうだった」
「俺もだわ……」
「おうい」
厩舎にいたじいさんに声かけられた。
これも外人さんなんだよな。こうして外人さんと普通に話できる俺たちがすげえ不思議だわ。
「ミヤコさんの見つかった旦那さんって、あんたかい」
「はあ、まあそうですが」
「主人も当主様にこちらで雇っていただくことになりました。平助と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って都子が頭を下げる。俺も一応、そろって下げとくか。
「いやいや助かる。私も歳で馬の世話はきつくてね。すぐに全部任せることになると思うから頑張ってくれ」
「ハロンさんはパールさんのダンナさんなの」
ああ、あの白黒の服のばあさんの御主人か。夫婦で使用人やってたわけね。
馬は手前からメトロ、レイル、ロードという。
見慣れてた道産子、農耕馬に比べればちっと体が大きくて、その分ほっそい。
馬車用なんだな。これからこいつらの世話ができるとなるとワクワクしてくる。よろしくな。
「馬を使うのは数十年ぶりでね、こっちの馬のことはよくわからんから色々教えてくれると助かります。よろしくお願いします」
「エルフじゃまあそうかもしれんな。女房もこれで引退できるって喜んでたし、私も嬉しい。しっかり引継ぎはさせてもらうよ。どいつも気立てのいい馬だから安心して。じゃ、明日から頼むよ」
ふーむ、エサは干し草か。燕麦やトウキビも食わせてやりたいなあ。
馬場や牧草もあるし、そっちで放牧もしときたいな。
適度に運動もさせないと。それにしても蹄が悪い。早く蹄鉄を交換してやったほうがよさそうだ。
「街に出たいし、馬車を借りてもいいですか」
「どうぞどうぞ」
女房のお気に入りはメトロらしい。二人乗れる小さい荷馬車に括り付けて出してくれる。
「さあ、村に行くよ」
御者台代わりに二人で木箱に並んで座って、村ってやつに出発だ。
あっはっは、ホント昔みたいだ。
「俺にもやらせてくれや!」
「こっちじゃわちが先輩だし」
「俺のほうがベテランだって」
「あらあ十年も前からわちこれやってんだから、もうわちのほうがうまいべさ」
そんなこと言って手綱の取り合いするのも何年振りかね。
十五分ぐらいかね。街道をポクポクと歩かせてすぐに村到着。
「ここまでずーっと農家だったな」
「田舎町だしね」
「それにやっぱり外人さんばっかり」
「いいかげん慣れて」
「小麦が多かった。燕麦も、野菜はあんまり無いんだな。ジャガイモがあるのはなかなかだわ」
「ここの人たちエンバク食べんのよ」
「馬のエサだろ!」
「オートミールにするの。麦のおかゆ」
「そんなんで腹が膨れるのかね」
「お米無いんだ……。ごめんね」
「やっぱり西洋なんだなあ……」
根っからの日本人の俺、ここでやっていけんのかね?
なんだか不安になってきたわ。
「そんな食いもんしかなくてやっていけるのかね?」
「大丈夫。屋敷についてはわちがずいぶん改善したから。美味しく料理すると当主様も気に入って、地元の農家さんに野菜作らせてくれるようになるから、領の農家さんたちの食生活も向上したのよ」
「お前たいしたことやってんだな……」
村の市場まで行く。
「はいこれ持って」
でっかい買い物かごを持たされる。荷物持ちか。まあそうなるわな。
そうしていろんな野菜、穀物を買うたびに声をかけられて参ったね。
「ミヤコさん、その人誰!」
「生き別れになってたわちの主人、わちを探しに来てくれたんだ」
「ミヤコさん結婚してたの……」
「ってミヤコさんそれ誰?!」
「わちの主人、生き別れになってたんだけど、わちのこと探しに来てくれたの」
「そりゃあよかった……。お幸せにね」
「あれ、ミヤコ、その人どなた?」
女って喋り出すと止まんねえな。どこでもいっしょだなオイ。
買い物する金はどうなってんのかというと、全部ツケだ。
都子やパールさんが村で食材を買い物したりハロンさんが道具屋で買い物すると、それを店の売り子が帳面に記録して、月末に館に店主がまとめて当主さんに金を受け取りに来る。
都子が金を持ち歩く必要は無いわけだ。なるほど、使用人が金を持たされたりしなくていいし、ネコババもできないから会計も間違いない。この世界ではどこでもそんな感じになってるらしいわ。テレビの時代劇でも江戸時代はそんな感じだったし、アレとおんなじだな。
店を見回すと、味噌があるぞ!
びっくりだよ! なんであんだよ!
「わちが広めたの」
いやいやいやいや、まてまてまてまて。
「麹とかどうしたんだよ!」
「大変だったよ、何十枚も皿に煮た麦盛ってあちこちに置いて、数年もカビを探して、麹菌見つけて、育てて」
「……よくやるなあ……」
「納得できるものができるまで五年かかったね。大豆は似たものがあっても米が無いから麦味噌なんだけど、ご近所の奥さん連中にも教えてね、当主様も領の特産品にしようって言って、今は専門の農家さんがいるぐらい。大豆も今は農家さんが手広く栽培してる」
「お前凄いわ」
「ふふん」
いや実際たいしたもんだわ。ご家庭で味噌を自分で作る人はいっぱいいるけど、麹は普通買ってくるもんな。
都子が陶器に入った味噌買ってきた。
「舐めてみて」
舐める……。なんだこりゃ。
「……いや、味噌っぽいんだけど味噌と違うというか、でも味噌だなあ。いやでもこれは……」
「贅沢言わない。そこまで再現できないのはしょうがないって」
「塩気が足りない」
「塩、こっちでは貴重品なの! 高いの! そうそう贅沢に使えないの!」
はあそうですか。すいません生意気言って。
「本物の味噌ができるのは何十年も先かもしれないね……できれば醤油も作りたいんだけど、そっちはやり方がさっぱりわからなくて研究中」
うーん、それでも都子、お前はよくやってるよ……。
屋敷に帰ってからは、都子は家事。当主様の夕食と賄いの支度。
俺は厩舎に行って、馬の世話の見習いだ。
じいさんのハロンさんが一人でやってたんだから無理ないが、どうもこう、埃だらけで掃除が行き届いてないな。
馬の健康は清潔な環境から。まずは徹底的に厩舎の掃除だ。
馬を馬場に放し、すす払い、寝藁の入れ替え、馬の飼葉桶の洗浄、とにかく全部片っ端から綺麗にしてゆく。
「おう、そこまでやってくれるのか。嬉しいねえ。私も歳なもんでどうも細かいところまで手が回らなくて」
そう言ってハロンさんも感心してくれるわ。
うーん、まあ、コレなら俺でもやっていけそうだな。昔取った杵柄といいますかね。馬の世話、だんだん思い出してきたし、こうして馬の面倒見れるって、なんだか嬉しいわ。
次回「5.二十年ぶりかい」