38.最終回 寂しくなった館
ティラノサウルス、まだ何匹も死にきれずに倒れてもがいてたな。体でっかいから死ぬのにも時間かかるわ。しょうがないんで、近寄って、M700で一匹ずつ、心臓に何発も撃ち込んで止め刺したね。
……今更だけど、なんだかシンと二人で倒したような気がするよ。ハントも手伝ってくれたけど。
ハロンさんが馬でサープラストに使いに行ってくれて、夜が明けたらもう大変さ。全長10mから12mのティラノサウルスの死体が五体、屋敷の前に転がってんだから。
都子もパールさんも怖がって館から出て来やしねえ。
ラトちゃんは、「すごい! すごい!」って大興奮して恐竜の周りを走り回ってたけどな。子供ってなんでこう恐竜好きなんだかねえ……。
サープラストから、王都から派遣されてた国軍の連中が百人もやってきて目をむいてたねえ!
なんでも、サープラストではミドルドラゴン? ってのが街中に一匹出て、それをあのブランって騎士がすぐに倒しちまったとか。話聞くと角が三本あったんだとよ。トリケラトプスのトリケンかい。こっちのトリケン、ずいぶんかわいそうな目に遭ってんなあ……。
正教国の召喚士も逮捕されたとか。なんでそっちにティラノをやらんかったんだよ。不思議だねえ。
「あっちはやられること前提の捨て駒、こっちのティラノは実戦の訓練のつもりだったんでしょうな。まさかやられることになるとは思ってなかったんでしょう」とか当主さんは言うけどね。
てなわけで、ティラノの死体、国軍が全部解体して荷馬車連ねて持ってったよ。
あの正教国の二人の死体もな。あ、解体してる途中で腹から出てきた。国軍の奴ら絶叫してたね。
「くれぐれも他言無用に願います」とか言って国軍の隊長に念を押された。
願ったりかなったりだよ。アレどう説明するか俺も困り果ててたからな。
国王もこれで正教国と戦争したいわけじゃない。闇から闇に葬って、でも、そのことをネタに裏の外交でやつらを締め上げるってことになるかね。
戦争に恐竜召喚して使おうとしていた正教国の奴ら、そんなもんまったく役に立たなくて全部撃退されちまったんだ。今後はおとなしくもなるだろうて。
もちろん、どうやって倒したかしつこく聞かれたよ。
「ブランバーシュって騎士に、警戒しろって言われてたんで、罠を張っときましてね」
ま、面倒なんてそれ以上の説明はしないよ。転ばせて串刺しにする罠、興味深げに色々調べてたね。地雷はでっかい穴空いてたんで、「落とし穴か」って勝手に向こうが感心してたし。
ティラノの傷口や、やられっぷりから不思議がられたけど、まあそこはエルフの魔法ってことで納得してたし、余計な説明はしないよ。
「ジュリアール近衛隊長、ジラスハル・タンラだ。話は聞いた!」
見事なすんげえ鎧を身に着けた騎士さんが馬に乗ってきたよ。国軍のトップに近い人かね。将軍様とかは、こんなとこまで来るわきゃないか。
びっくりだが、この隊長さん馬を降りて礼をする。こういう人、平民に騎馬したまま話しかけても別に失礼じゃないだろうに。
「その方らの働き、見事であった! ダイノドラゴンを五匹もまとめて討伐するなど前代未聞。古の勇者以上の偉業である!」
「いやあ、それほどでも……」
ハントと、領主さんと、三人で戸惑うね。
「ジニアル男爵様、此度の正教国の襲撃、よくぞ撃退なされました。見事な采配でございます。このことは国王様にもしっかりご報告させていただきます。感謝の極みでございます」
「いいえ、領主の義務ですからな」
うん、別に当主さんの手柄で不満ねえよ。このじいさん領主が自ら剣を振るってティラノサウルスと闘ったとかは誰も思うわけないしな。一種の礼儀ってもんだろ。
「……大変申し上げにくい、ずうずうしい願いであることは承知なのですが、それを置いて申し上げる失礼をお許し願えればと思うのですが……」
そう言って隊長さんが頭を下げるのだが。
「よろしいですぞ。この魔物、全部国軍が倒したことにして下さい」
あっさりと先を読んで当主さんが言うねえ。
ま、そうなるんじゃないかと思ったけどね。
「よろしいのですか!」
隊長、びっくり顔だよ。
「この二人が倒したと言っても誰も信じますまい。また、そのようなことになっても困る。二人、正教国や勇者教会に付け狙われることになりますからな。ここは先回りして警戒していたジュリアール王国軍が倒したということにして、勇者教会や正教国を震え上がらせるほうが国として得策でしょう。そういうことですな」
「……何もかも仰せの通りでございます」
「ではそういうことで。ヘイスケもハントも異存はございませんな?」
「もちろんでさ」
「いいですよ。私は別にヘイスケさんの手伝いをしただけですし」
「ありがとうございます。このタンラ、御恩は一生忘れません」
そう言って隊長さんがもう一度頭を下げる。
よかったねえ。この件は、これで終わりだ。
あとで俺とハントあてに褒賞金が来たよ。一人金貨三千枚!
褒賞、素材代、口止め、全部ひっくるめてあとは黙ってろって金だ。
都子大喜びだよ。老後のたくわえが一気にできたって。
なんだかなあ……。多すぎねえかって話をしたら、当主さんが「勇者として待遇したり、領地と爵位を与えたりするのに比べればタダみたいに安い報酬ですぞ。もらっておきなさい」と言う。
当主さんもニッコニコだ。口にはしないがしっかりなんかもらってるんだろな。
ハントは、「こんなにあってもしょうがないんで、預かっててもらえますか?」とか言うんだけどよ、それは無知すぎだろ。持って帰れって言って押し付けたわ。
商人ギルドから連絡が来た。
ムラクが来てるってさ。これでハントもやっと帰れるってこった。
ラトちゃんは大喜びだよ。エルフ村から誘拐されてもう三か月。やっと帰れることになったんだから。
エルフ村に出入りの旅商人のムラク。話付けて、ハントとラトちゃんを乗せて村まで送ってもらう話がまとまった。
旅立ちの日、屋敷の者全員で、商人ギルド裏の桟橋まで送りに行ったよ。
「ラトちゃん、いままでありがとう。お食事、いつも美味しゅうございましたぞ」
「当主様も元気でね! いままでありがとうございました!」
ラトちゃん、スカートつまんで、上品に挨拶する。いっぱいいろんなこと習って、少し大人になったかな?
わんわん泣いて別れを惜しむかと思ったけど、八歳だしなあ。ママの所に帰れるとなれば笑顔にしかならんわな。
それより都子やパールさんが泣いちゃうんだから、しょうがないねえ。
ちっちゃいメイド服を着たラトちゃんを、パールさんと都子がぎゅっと抱き上げてやると、さすがにラトちゃんももらい泣きだよ。
「本当にお世話になりました。ヘイスケさんにはなにもかも……」
「いやあこっちもずいぶん世話になった。助かったよハント」
「できればまた戻って来たいと思います。人間のことももっと勉強したいですし、修行になりますし、村長と話してみます」
「いつでも歓迎しますぞ。ハントさんなら喜んで雇わせていただきますぞ!」
そう言って、当主さんとハントが握手する。
コイツ本当に戻ってきそうだよ。ま、若いやつがいなくて大変なのは事実だし、狩りの相棒として最高だと俺も思うし、戻って来てもらいたいわ。
「お二人見てて、ああ、やっぱり夫婦っていいなって思いました。私も結婚してみたくなりましたよ」
ナニを見てそう思ったんだか知らんけど、まあカタブツそうなお前がそう思うんならいいことなんだろ。お前覗いたりしてないだろうな?
「ハント、サランちゃんなんてどうだい? お勧めだよ!」
ムラクがそう言うとハントが赤くなるよ。
「お前なあおっぱいだけで決めていいことと悪いことがあるぞ? 都子ぐらいが一番いいんだよ」
手よりでっかいおっぱいなんか揉んだって面白くもなんともないだろう? 俺はそう思うねえ。
ムラクさんが川イルカの手綱をぱしっとやると、船がゆっくりと岸を離れた。
じゃぶじゃぶとペースを上げて、どんどん離れてゆく。
ラトちゃんがいつまでも手を振っていたねえ……。
ハロンさんとパールさんも、いよいよ隠居だ。
荷馬車を借りて、荷物を積み込んで、館を離れる。
トープルスの一つ先の街に、親戚がいるそうで、そちらに身を寄せるとか。当主さんにたんまりと退職金をもらって、これからのんびりと隠居生活だ。
「後は頼むよヘイスケさん。何も心配していないけど」
「ミヤコさん、あとはよろしくね。当主様の事、お願いね」
「任せてください」
下世話な話だが、嬉しいのは、これで俺たち夫婦も正式な使用人として月給が出るようになるってことだ。今まで館の居候だった俺と都子は、たまに当主さんがくれるボーナス以外は、実は給料らしい給料ってやつをもらってなかったんだよな。
「いままでお世話、ありがとうございましたぞハロン、パール」
当主さんの目にも涙が浮かぶよ。
三人、抱き合って、うんうんと、そりゃあ泣けてくるよねえ。
遠くなる馬車を見て、「寂しくなりますなあ……」と当主さんが一言。
「ですねえ……」
そう言って都子も涙を拭く。
この三か月本当に、当主さんと、ハロンさんとパールさんと、都子と俺と、ハントとラトちゃん。年寄りから子供まで、人間にエルフにごちゃまぜで、七人家族のように暮らしてた。エルフ率ちっと高すぎだった気もするが。
「さ、いつもの生活に戻りましょう」
当主さんが、館までの坂道を歩き出す。
「この館も、すっかり静かになっちゃって」
都子が館を見上げる。
「おやおやおや、あなたたちが来る前は、私と、ハロンと、パールの三人だけだったのですぞ?」
「そういやそうですね」
「まだまだ先は長いですからな。三人で仲良くやっていきましょうぞ」
「先って?」
都子の言葉に、当主さんが振り返る。
「そりゃあ、私が死ぬまでに決まっておりますぞ」
貴族ジョークですかね。笑っていいんですかねそれ。
都子はけらけら笑ってるよ。
「長生きしてもらいますからね、当主様!」
俺も笑った。
シン……。俺の孫。
俺はこっちで、元気にやってるよ。
また会えた、ばーさんと二人でな。
お前はこっち来んなよ。
間違っても、そんなふうにならんように気を付けろ。
お前は、俺の、猟師の跡継ぎなんだから……。
――――北海道の猟師のじいさんが異世界に行ってみたら END――――
ここまで読んでくれて、ありがとうございました!
前二作のオマケとして書いたものでしたので、後付け設定が多く話もドタバタと超展開。でも、シンがいかなかったあの異世界はどうなっちゃったんだろうという読者のみなさんの疑問には、後日談としても、だいぶお答えすることができたのではと思います。
シリーズ完結編。一年以上、間を開けながら連載された「北海道のハンターシリーズ」はこれでおしまいです。今まで長く読み支えていただき、本当にありがとうございました。