37.ティラノサウルスズズズ
ハントと交代で見張る。屋敷の正面ホールの扉上のベランダだ。飛び出してて、砦として使えるね。そういうことも前提の設計なんだろうが。
やるだけのことはやった。あとは寝て待てだ。
「奴は夜来る」
「なんでです?」
「夜行性だから」
入院している間、孫のシンがしょっちゅう見舞いに来てくれたよ。
退屈そうな俺にいろんな話を聞かせてくれたね。
『アレ夜行性だったんだってさ』
『なんでわかんだ?』
『目が縦になってたから。死んだときは瞳孔開いてたからわからなかったけど、学者さんが解剖して調べたからいろんなことがニュースになって毎日やってるよ。猫やキツネと同じ。狩りをする夜行性動物は昼間は光が目に入りにくいように縦になるの。そのほうが丸い瞳孔より光の通る穴を小さくできるから』
あんなデカブツが歩いてりゃ、どんな動物だって逃げるわな。そりゃ夜狩りしたほうがいいだろうさ。
「来た」
満月、月明りに照らされて、ローブに包まれ、手に長い杖を持った男が二人、ランプをぶら下げて街道を歩いてくる。
「……正教国の奴らですかね」
「まだわからん。ここで射殺しちまうわけにもいかんだろ……」
距離も遠い。300メートルはある。
ベランダに身を伏せながら、ハントと二人で様子を見る。
二人、街道で並んで距離を取り、杖を掲げてなにかやってる……。
ぶわっと足元にでっかい光の輪ができて広がる。わけのわからない文字とか記号とかがキラキラ輝く。
「魔法陣ですね」
「召喚術ってやつのか?」
「たぶんそうです」
光の輪の中から、まるでエレベーターで上がって来るみたいにでっかい頭が持ち上がってきた!
二匹ならんで! ティラノサウルスだよ!
「ダイノドラゴンです!」
クソッたれ! ホントに来やがった!
「行けハント」
「はい!」
ハントがベランダから垂らしたロープにつかまって下に降りる。
二匹、首輪してやがる。調教済かよ。男二人が杖こっちに向けると、二匹、ドスドスと館に向かって歩いてきやがるね。
下ではハントが待機してる。
がらん。タイミングを見て、でっかいハンドベル一回振って合図を鳴らす。
ハントが剣を振ってロープを一本切った。
びゅううううっ! 鋭い音を立てて曲がってた木がびゅんと伸び、ロープで縛りつけていた罠が解放され、太いロープが屋敷前の並木の間にピンと張る!
それに足を引っかけるティラノサウルス。引っかけたロープに引っ張られて、置いといた板がひっくり返って上を向く。鉄の杭を打ち込んでトゲトゲにしておいた板!
ティラノ二匹、そのままロープに足を取られて前に転倒し、鉄の杭の上に転ぶ!
『弱点は足だと思ったんだ』
シンがそう言ってた。
『体重六トンを、歩いてる間は一本の足で支えなきゃいけない。そこに弾を撃ち込んだら、いくらティラノサウルスでも転ぶんじゃないかって。二本足でバランスとって歩いてるわけだし』
『なるほどねえ』
『時間があったらいろいろ罠とか作っておけたんだけどなあって今なら思うよ。足ひっかけるようなでっかいくくり罠とかさ、もう一人誰かに頼んで、ワイヤー張ったトラクター二台でアイツの周りをグルグル回って足をからめとるとかさあ』
『あっはっは! そりゃいい方法だな! でも引っかかるかね』
『アイツね、歩いてる時は足元は見えないと思うんだよね。頭が足よりずっと前にあるから』
『おー、確かにそうだな』
『なんで生け捕りにしなかったんだ! っていまだに怒られてるよ。こっちの苦労も知らないでさ』
『じゃあ、次また来たらワイヤーで生け捕りにしてやるか』
『おじいちゃん……そういう発言はフラグになるから……』
あのデカブツに箱罠は論外だ。くくり罠にするにもぶっといワイヤーがねえ。落とし穴は日本じゃ違法だが、そんなもん掘ってるヒマもねえ。思いついたのが転ばせて串刺しだね。
二匹、鉄の杭の上でのたうち回ってるわ。成功だ!
正教国の二人、驚いてるけど、もう一回、杖を上げて光の輪を描いていやがる。
もう二匹、出てきちまった! クソッ!
もがいてる二匹を避けてドスドスとこっちに歩いてくる!
頼むぞハント……。
がらん! ハンドベルを一回振る。ハントが紐を引っ張る!
ドカ――――ン! ドカ――――ン! って地面が爆発した!
一匹は体を拭き飛ばされ、地面に叩きつけられる。一匹は片足を吹っ飛ばされて転がる!
仕掛けといた地雷だ。使ったのは鉄砲用の黒色火薬だが、派手に爆発して火も煙もすごいしその威力にハントも正教国の奴も目白黒してるわ。
『俺だったら口発破も使うねえ』
餌に爆薬を仕掛けておいて、くわえて引っ張ったら爆発するってやつな。
『……おじいちゃん、それ今は違法だからね?』
『昔から違法だわ。合法だったこと無いわ』
『あのねえ……。だいたいおじいちゃんそんなの作れるの?』
『簡単だって、俺の親父は兵隊上がりだぞ。昔はよく』
『いいからそんなの、聞きたくないし!』
『子供の花火と組み合わせて……』
『アウト! アウト! それ完全にアウト! それに火薬どうすんの。鉄砲に使う無煙火薬って火や火花じゃ起爆しないからね。ハンマーでたたいてもライターで火をつけても爆発しないからね! あれは雷管による音速を超えた衝撃波でしか起爆しないようにできてる安全火薬なんだから。廃棄弾薬を銃砲店に預けると焼却処分にしてくれるでしょ。燃やしても爆発なんてしないのが無煙火薬だからね』
『黒色火薬使えばいいだろ。硫黄山行って硫黄取ってきて、肥料と混ぜて炭加えて……』
『アウトオオオオオオ!』
『病室ではお静かに願います!』
『あ、すいません看護師さん……』
花火も黒色火薬も都子のバッグで買えたわ。俺も今はめんどくさくてもうやらないけど、薬莢を拾い集めて火薬と弾を詰め直す手詰めってのは古参のハンターだったら誰でもやってる。弾薬ってやつは買うと高いからな。なんで俺も火薬を自分で扱うってのは経験あるんだよ。シンにはまだ教えてなかったが。
黒色火薬は使ったことがないが、今でも趣味で村田銃使ってる奴が買うし、火縄銃でも使うし、アメリカでもヨーロッパでも先込め銃の射撃大会やるからな。普通にプラスチックの容器に入ってるやつ売ってるわ。パッケージは全部英語だけど。これを瓶に何個分か入れて埋めて仕掛けて、竹筒に紐を通して埋めて引っ張れば花火で起爆するようにしといた。簡単な地雷だな。
テストしたときはちょっとだけ使ったからパーンって土が飛んでぽこんと穴が開いただけだったけど、容器数本分だととんでもないね。土に埋めると地面が薬室代わりになるから爆発する方向が上だけになるんで威力が増すわ。
鉄砲の火薬ってのは無煙火薬でも黒色火薬でも、必ず燃焼速度を調整してあって実は爆速は遅い。花火の火薬とかとは全く違うものなんだよ。これ知らない奴が改造モデルガンで花火の火薬入れて撃つとオモチャが暴発して手が無くなっちまうのはそのせいだ。本物の鉄砲だって、花火の火薬入れられたら木っ端みじんに吹っ飛んじまうと俺は思うねえ。かと言って火薬量を減らしてやれば、今度は燃焼ガスが足りなくて弾が出てこねえだろ。
花火とかに使う普通の火薬と、弾丸を押し出すようにゆっくり爆発する銃の火薬は全く別物。本物の鉄砲用の火薬を手に入れることができない奴が銃の密造なんてやったってうまく行くわけねえんだよ。覚えときな。
まあ、多少爆速が遅くったってあれだけ量がありゃティラノの体だってふっとばされるみたいだがな。
正教国、また召喚始めやがった。二人、並んで。
さすがにこれ以上は許さん。俺も覚悟を決めた。
伏せって、レミントンM700で狙う。やつらの前に光の輪ができた!
帰命無量寿如来。
ドゥ――――ン!
一人、バッタリ倒れたね。人間撃つなんて簡単だわ。
腰あたり、ちょい左狙いな。そうすりゃこの距離ならふとももか膝か、むこうずね辺りに当たる。縦に並んでるから高さを間違えたってどこかに当たるんだから人間も弱いよな。
杖放り出して足押さえてゴロゴロ転がってるわ。痛いかもしれんけど死にはしないだろ。
南無不可思議光。
一匹だけ、ティラノサウルスが頭を出す。間に合わなかったか。
ドゥ――――ン!
法蔵菩薩因位時。
これもぶっ倒れるもう一人の男。太もも押さえて転がって絶叫してるな。
命令が無くてその場をウロウロするティラノサウルス一匹。倒れて転がる男の血の匂い、ふんふんふんって嗅いで、パクっと咥えやがった!
物凄い悲鳴上げる男をくわえたまま頭を上に上げて、ぱくぱくと口開け閉めしてゴックンって飲み込んじまった!
在世自在王仏所。
ぎゃああああーって声上げて、這いずってあわてて杖を拾おうとするもう一人の男。
どずーんってティラノサウルスがその足で押さえつける。
ありゃ即死かな……。あんなデカブツに踏まれたらな……。
これもくわえて引きちぎって、持ち上げるトカゲ野郎。トンビが子ギツネ足で押さえつけて肉を引きちぎる様子とそっくりだよ。一瞬ティラノサウルスが鳥に見えたね。
トンビとかタカとかの猛禽類はキツネの天敵さ。トンビがグルグル旋回してる下には、子育て中のキツネの巣穴があるんだよ。
『シン、あいつの心臓ってどこかわかったか?』
『それ聞くと思ったよおじいちゃん……。解剖の結果出てるよ。胸だよ』
『そりゃ胸だろ……。胸がどこかってことなんだけど』
『ちっちゃい手、生えてたでしょ、胸の所に』
『ああ、そうだな』
『あそこが肩なの。あそこから上は首なんだってティラノサウルスって』
『おー、そう言われるとなんか納得だな』
覩見諸仏浄土因。
ごろんと寝転がって、ベランダに置いといた50口径のばかでっかいライフルに持ち替える。二脚立てて横に置いておいた。いじくりまわしてわかったんだけどコレ単発なんだよな。
あの召喚勇者が持ってたやつな。処分するのもなんかもったいなくて、いただいといた。都子には内緒な。
国土人天之善悪。
あいつふところに弾20発持ってたけど、試射に6発使っちまった。残り14発だ。今、眼鏡は150mに合わせてある。デカいくせに意外と反動無かったなコイツ。銃口についてるでっかい逆噴射穴のおかげかね。
眼鏡(スコープ)を合わせる一番手っ取り早い方法はだな、眼鏡で的の真ん中狙って、鉄砲をまず一発撃ってみる。で、狙った所と違う場所に弾が当たってるから、眼鏡を的の真ん中にもう一回合わせてな、鉄砲を動かないように固定してだな、それから鉄砲に触らないよう注意しながら、眼鏡のダイヤルだけをカチカチと動かして、十字線を弾が当たった弾痕の所まで動かしてやる。
理屈ではこれで一発で眼鏡が合う。実際は弾のばらつきがあるから、三発撃って、その三角形の真ん中に合わせ込まなきゃいかんがな。
建立無上殊勝願。
『だからあのちっちゃい手の下。手が二本生えてるところから逆三角形で下の頂点を狙えばいいの。人間と同じ。テレビでティラノサウルスの解剖調査したアメリカの学者さんが、もし自宅の庭にティラノサウルスが出たらそこ狙えばいいHAHAHAHAってインタビューで笑ってたよ』
ドッゴォオオオオ――――――――ン!!
……南無阿弥陀仏。
銃砲の推進薬の爆速は2000m/sを超えることは無く燃焼であるが、花火などの爆薬の爆速は秒速7000m/s以上になる爆轟である。日本語ではどちらも「火薬」と呼ばれているが、実は英語にはこのどちらも意味する「火薬」に相当する単語は無く完全に別物である。改造モデルガンなどに花火の火薬を使うのはいかに危険かわかると思う。
次回「38.最終回 寂しくなった館」




