36.警告
どたたたたたと階段を降り、屋敷を出て遠回りして慎重に山に入る。
俺の接近に気付いたのか、ハントのほうからこっちに向かって来た。
頭の上でマルを作って、こいこいと手招きする。
片付いたか……。
遠慮なくガサガサと音を立てて藪をかき分け、二本松の所まで行く。
……男が寝てた。
血の匂いを嗅ぎつけたオオカミたちが集まってきて、死体に噛みついてる。
男の前にはとんでもなくでっかいスコープのついた、めちゃめちゃでっかいライフルが置いてある。コレで狙ってたか。
ハントの矢が体に一本、首に一本、突き刺さってる。
ドーン!
上に向かってライフルをぶっ放し、オオカミを追い払う。
「どうだった?」
「ヘイスケさんの弾が当たったんですね、虫の息でしたんで止めを刺しました」
……よく当たったなあ、あの距離で。
戦争用の弾じゃねえ。狩猟用ホローポイント弾だ。人間なんてひ弱な動物に当たったらどこに当たろうと致命傷になるだろうよ。やりすぎだったな……。
「コイツ、覚えある。確かにあの時、トープルスで見た召喚勇者だよ」
「……どうします?」
召喚勇者のポケットを探る。とんでもなくでっかい弾が20発ぐらい入ってたね。リムの刻印を見ると50BMGって彫ってある。50口径かよ……。
「置いとくとやっかいなことになりそうだ。もらっとこう」
そういってライフルを持ち上げる。刻印はBarrett Model 99。
こんな大口径ライフルあるんだな。知らんかったわ。それを背負う。
腰には自動拳銃。引っこ抜くとBerettaって彫ってある。ベレッタね。ベレッタは知ってる。イタリアの高級メーカーだ。クレー撃ってるってやつにはベレッタの愛用者が多く、射撃場でたまに見るよ。装備のいい金持ち風のオッサンに限られるが。トレードマークの三本の矢が帽子にも銃ケースにもでかでかとプリントしてあって目立つしな。
これはもったいないけど、山の中に思い切りぶん投げる。こんなもん無いほうがいいわ。どうせ俺には使えないし弾だってすぐ無くなっちまう。そんなことより持ってるところを見られるほうがよっぽど厄介になるだろう。
「こいつはどうします?」
「矢を抜いとけ。オオカミに食わせよう……」
「それでいいんですか?」
「ああ……。コイツが帰って来なけりゃ、教会の連中がどうしたのか調べに来るかもしれん。死体を見つけて、俺らを狙おうとしたらオオカミに襲われて食われたってことになるさ。ほっとこう」
「そうですね」
二人、無言で山を下りる。
「……ハント、頼みがある」
「なんでしょう」
「あいつ、お前がやったってことにしてくれねえか……」
「いいですよ。実際、止めを刺したのは私ですし」
「すまん」
「いいんですよ。ミヤコさんに、人、殺したって言いたくないんでしょ?」
「……すまん」
館に戻って、地下の食糧庫の扉を叩く。
「カタは付いた。もう出てきて大丈夫だぞ!」
パタンと扉が開いて、剣を持った当主さん、ハロンさん、パールさん、そして、都子と、都子に抱きかかえられてラトちゃんが出てきた。
都子がラトちゃんを降ろすと、ラトちゃんがハントに駆け寄って、それをハントが抱き上げる。
都子も俺に抱き着く。泣いてるよ。ガタガタ震えて。
その頭を優しく撫でる。
「もう大丈夫だ」
「よかったー!」と言って、ハロンさんパールさん夫妻も抱き合って喜ぶ。
「……私に抱き着いてくれる人はいないのですかな?」
いやそれは……。悪かったよ当主さん。俺でいいか?
この件。無かったことにした。全部放置だ。
壁に空いた穴は漆喰で塗り固めた。レンガの壁、薄いとこは穴開いてたねえ。なんちゅう強力な鉄砲だよ。弾が部屋の中にまで飛び込んでた。都子も危なかったね、冷や汗出たわ。
穴の開いた風見鶏は梯子掛けて降ろした。新しいのと取り換えたいが、まあ銅板だったので穴をふさぐだけでいいだろってことで、今サープラストの職人さんに修理してもらってる。
当主さんはもちろんこのことをしかるべきところに報告をしたわけで、この世界、ニュースになったり犯罪者が捕まっても裁判したりするわけでもなく、闇から闇に葬られるんだな。
とにかく俺たちはこのことに関しては知らぬ存ぜぬ、絶対に他言無用ということで屋敷の人間全員で口裏合わせた。
教会の召喚勇者を返り討ちにしたとか、連中に知られたらどんな報復されるかわかったもんじゃない。何しろ教会と言えばこの国の外にまで影響力がある大規模な全国組織で、敵に廻したらなにされるかってとこだ。
アイツは裏山でなにかやらかそうとしててオオカミに食われた。俺たちゃあそんなこと一切知らんと、まあそういうことで押し通す。教会だって「じゃなんでその召喚勇者ってやつがうちの裏山でウロウロしてたんですかね」と言われたら説明しようもないだろうさ。
それからはほとんどいつも、都子が村まで買い物に行くのに俺が護衛でついてったね。
二人で荷馬車に箱、並べて座って、馬に牽かせてカポカポとね。
「昔みたいねえ」と都子は喜んでたけど。
怖くないかって聞いたら、「あなたが殺されるんだったらわちも一緒に殺されるんでしょ。だったらおんなじ」って言って笑う。
「今までだって、なにやったんだとしても、しょうがなくてやったんでしょ?」
「そだなー」
「だったら堂々としてたらいいべさ」
「そうすっか」
いい女房だねえ……。こいつ嫁にもらえてほんと、よかった。
この世界に先に来てくれてて、嬉しかった。
なんか言いたいこと、いっぱいあんのに、照れ臭くって言えやしねえ。
それなのに、全部、わかってるみたいな顔してやがる。悔しいけどかなわねえ。
なんで俺みたいな男がいいのかわかんねえが、子供や孫をいっぱい育てた女房からすりゃ、旦那も、自分の子供みたいなもんなのかもしれないねえ……。
「全部片付きましたぞ。もうなにも心配することはありませんな」
当主さんがある朝、そう言って機嫌よく朝食を食べてた。
しばらくして、勇者教会の大司教が高齢を理由に引退なされたそうで、新しい大司教に代わったとか。
何があったか知らんけど、けっこう怖いなこの世界……。
そんなこんなで、サープラストの職人街で、修理の上がった風見鶏受け取って、荷馬車を馬に牽かせて屋敷に戻る途中でとんでもないものを見たね!
馬に乗ってこっちにカポカポ歩かせてくる二人組!
ひらっひらとマントをひるがえしての黒いつば広帽子!
その隣にも馬に乗ってマントの三角帽子!
あの剣士ブランバーシュと先輩さんじゃねーか!
やばいやばいやばい。なにか嗅ぎつけてきたに決まってる。
俺は緊張し、麦わら帽子を深くかぶりなおして素知らぬ顔で、少し荷馬車を街道わきに寄せて、ゆっくりとすれ違った。
二人、俺には気づかない様子だったな……。たまたまキツネの帽子じゃなかったからな。お使いで石灰の袋だのレンガだの、新しい農機具やらも荷馬車に乗せてる今の俺はたぶんどう見てもそこらの農家だ。
振り向きたいが、我慢してそのまんま通り過ぎる。
まずいまずいまずい。あいつら絶対なにかとんでもない厄介ごとを持ってきたに違いないぞ?
屋敷に付いてすぐ馬を留めて駆け込んだ。
「都子――――!」
厨房にいたね。皿とカップを洗ってる。
「今、剣士と女が客に来なかったか?」
「来たよう? 当主様に会いに来たみたい」
「お前、お茶出したか!?」
「お茶出すのはラトちゃんがやってくれたわよ。小さくてかわいいメイドさんがやってくれるのをお客さんがすっごく喜ぶから最近はいつもそう」
「お前は会ってないのか?」
「パールさんが招き入れてたからわちは会ってないなあ」
ふ――――、よかった。見られてないようだ。
あの剣士はともかく、先輩さん、俺らを見れば「日本人だ!」って気付くかもしれないからな。俺らこの世界じゃありえない日本人顔だもんな。いろいろ聞かれたら都子でも俺でもたちまちボロが出ちまうよ。
「ヘイスケ、戻りましたな。ちと話があるのですがな」
……当主さんが来たよ。悪い予感しかしないよ。
二人で当主さんの書斎で相談だ。
「先ほど、バルドラート公爵様のお抱え騎士、ブランバーシュ殿とその従者さんが来ましてな、ちと面倒そうな話を」
「はあ」
「ブラン殿は公爵様の命で国内の教会の不穏な動きを探っておられるのですがな、そのブラン殿が申されるには、『最近この屋敷が襲われるようなことはありませんでしたか?』と」
「……それで? どうお答えしましたか?」
「無いと申しておきましたぞ」
はー、よかった……。
「女のほうはなんか言ってましたか?」
「エルフのラトちゃんがかわいいかわいい、連れて帰りたいとひと騒ぎありましたな」
……なにしてくれてんの先輩さん。アンタが誘拐してどうすんだよ。裸で吊るされたいかね?
「教会の不穏な動きってなんですか」
「勇者教会は最近、禁呪とされていた勇者召喚をやりまして、神器ガンを使う男を召喚したようで、それで悪さを色々しようと試みましたが、その男が死んだらしいのです」
「裏山で死んでた男ですな」
「はい、召喚勇者はなぜ我が館を襲撃しようとしたのかと言いますと、教会の新税に反対する一派、私もですが、その貴族の領地で魔物を暴れさせるなどの騒ぎを起こして教会勇者に倒させ、教会の株を上げようという作戦をまずやったのです。ですが、それはヘイスケのおかげもあってことごとく防がれました」
「はあ」
「そこで教会は、貴族を暗殺し、反対派を震え上がらせてやろうと言う直接的な手段に出ようとしたのですな。召喚勇者を使って神器ガンによる殺害です。まあ、下っ端の田舎貴族から始めようということで、最初に狙われたのが私ということになりますか」
……理由はわかるよ、召喚勇者がなぜここを最初に選んだのかは。
この世界に自分以外に鉄砲を使う奴がいるってことに気付いて、そいつが自分の邪魔をし、これからも邪魔になるとにらんだからだろう。俺が銃を撃つところはハンターギルドの連中とか衛兵とかけっこういろんな奴に見られてるし、ヤツに直接空砲も撃ち込んだ。そこからここにたどり着いて俺らを殺しておこうと考えたんだな。当主様の暗殺はむしろそのついでかもしれんさ。まさか自分があの距離で返り討ちにあうだろうとは夢にも考えていなかっただろうけどよ。
「私はヘイスケとハントに助けてもらったことになりますな……」
「いやそれは俺のせいもだいぶあるかと。やっぱり鉄砲を使うのはまずかったのかもしれませんて」
「いえ、そのことをとやかく言うことはしませんぞ。その件、すでに片が付いております。今まで通り仕事をしてもらって構いませんぞ。」
「そうなんですか!?」
「このことはもう全部国王陛下にバレております。大司教、代替わりしましたでしょう。召喚勇者を使って何かやろうとしていた一派は全部陛下が処罰いたしました。教会が企てていた新税、反対する貴族の暗殺計画、関係者が全部一掃されまして、あの召喚勇者もここの裏山でオオカミに襲われて死んでたってのが、逮捕された教会の連中が証言して、もうわかってるとのことでして、今は心配すること無いんですな」
そりゃあよかった……。
「と、そこまでは我々もとっくに承知していることなのですがな、ブランバーシュ殿が持ってきた話というのは、それとは別の話でして」
「どんな……?」
「トープルスのリトルドラゴン騒ぎ、起こしたのはラルトラン正教国の者でしたな」
「はい」
「その正教国の者が、サープラストにいるようなのです」
「……」
「ラルトラン正教国は召喚術に長けております。ドラゴンも召喚します。勇者教会となんらかの利害の一致を見てあの騒ぎを起こしたと思いますが、子飼いのリトルドラゴンたちを全て殺されて、不審に思っているようですな。いくらなんでも街のハンターたちが強すぎると、それで調べ回っているようで」
俺一人で六匹も倒しちまったからなーー。
「その『召喚』ってやつで、恐りゅ……ドラゴンも呼び出せると!?」
「そうです。今では魔王とも呼ばれるダイノドラゴンまで呼び出せるようで。魔王が出現したときのための戦力であると強弁しておりますが、戦争に備えていることは明らかです。あのリトルドラゴン騒ぎも、そのための実験、言ってみれば演習だったのでしょう。我らジュリアール王国を攻略するのに役立つかどうか、国の衛兵団で倒せる相手かどうか、テロと軍事の両方で適切な運用方法をテストしていたはずなのです」
……ダイノドラゴン。教会にかかってた絵で見たよ。どっからどうみてもティラノサウルスだったよ。
「で?」
「その者たちが姿を消したと。近日中になにかやるつもりだと。ブラン殿はサープラストを警戒しますが、一応こちらも気を付けておいてくれと」
「……この館がドラゴンに襲われるかもしれないと?」
「こんな田舎の村の領主屋敷、召喚したドラゴンまで使って襲わせる意味がありません。ブランさんも、サープラストのほうが危ないとは言ってました」
「当主様もそう思いますんで?」
「ブランさんには言いませんでしたが、それはわかりませんな。召喚勇者が真っ先にこの館を標的にしたこと。その召喚勇者を返り討ちにしたこと。この館、なにかあるとにらんで正教国が襲ってくる可能性は無いわけじゃないと思いますな」
またアレと戦うのか! 北海道でもアレを倒すのは苦労したわ!
シンなんてトラクターまで持ち出して口の中にスラッグぶち込んでやっと倒したぐらいだもんな。俺のライフルなんて全然効いてなかったわ!
「……ヘイスケ、もしドラゴンが来たら、どうしますかな?」
「やるしかないでしょうなあ」
「私は一度は暗殺から助けてもらった身、どういう決着になっても決して恨みません。この館のみんなを、私の家族を、守っていただけませんかな」
……ここまで散々世話になってきたんだ。それぐらいの恩返しはしないといかんよな。
「なんとかしてみますかね、カネはかかると思いますが」
「その、できればですな、金貨百枚以内ぐらいで」
「あっはっは!」
次回「37.ティラノサウルスズズズ」