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32.ヴェロキラプトルズ


 夜になった。キリフの坊ちゃんは親父さんのキハルさんと一緒に伯爵さんの館に泊まるとして、一緒に泊まらせてもらうのはさすがに遠慮させてもらって、バリステスの連中と一緒にトープルスの街に宿を取ることになった。

 お手当もたんまりもらって懐も温かい。いい酒場に行って飲み食いしようってことでみんなと居酒屋に入って乾杯……しようと思ってブッと噴いたね。


 きゃあああああああ――――!

 ぎゃあああああ――――!!

 店の外から絶叫が聞こえる。

「なにごとだ?!」

 窓の外を見ると、街灯に照らされ、たったったーと軽やかに走って行ったのは……。


 トカゲだ!

 デカいトカゲ! 人間ぐらいの大きさの!

 デカい口、ほっそりした体、二本足ですったかたーと走っていく!

 一匹! 二匹! 三匹! おいおいおいおい何匹いるんだ!

「リトルドラゴンだ!」

 バーティールの兄ちゃんが叫ぶ。

「りとるどらごん!?」

「ドラゴンの一番ちっちぇえやつ。素早くてジャンプ力がすげえ。足に鋭いカギ爪があり飛び掛かってきてスパッとやられちまう。凶暴だぜ」

 恐竜ってやつか。ここって、あのでっかい何とかサウルスとかゴロゴロいる世界だったな。北海道に出た奴もここから来たとか。


「衛兵はなにやってんだ!?」

「市民が片っ端からやられるぞ! こうしちゃいられねえ! お前ら行くぞ!」

「いや武器がねえよリーダー!」

 そりゃそうだ、俺ら飲みに来ただけだからな。俺も背中に背負ってる短く切り落としたM870に、例の空砲のゾンビブラスター入れてるだけだ。おかしな奴に絡まれたときの護身用だな。これはたいていいつも持ってる。

 バリステスとハントの武器はまだ屋敷の中に停めてる馬車の中だ。

「屋敷に戻るぞ。報告もして衛兵を全員出してもらおう。まずそこを目指す。それからリトルドラゴンの討伐だ!」

「おかみさん、お勘定お願い」

 おネエが慌てて金を払おうとするが、店のおかみが首を振って、仁王立ちして店にいた全員にハッパをかける。

「今夜はオゴリだよ! お代はいらないからみんな今すぐ店を出て、街を守んな! 頼んだよ! さあお行き!」


 店ん中はほぼ全員、ハンター連中だ。この街在住のハンターたち、護衛でこの街を訪れているハンター、みんな、「おお!!!!」と返事する。

 えーえーえー……。いや俺も「アレ」と戦うのかね。そういう流れかね。勘弁してほしいんだけど……。


 店員が奥から武器をじゃらじゃらと持ってきた。

「店のツケでスカンピンから取り上げた武器さ。どれでも持っていきな!」

 気前いいねえおかみさん。好きだぜそういうの。

 バーティールの兄ちゃん、とりあえず剣を握る。槍使いだが贅沢は言っていられねえか。盾男は短剣だな。片手で振れるぐらいの奴。弓は……さすがにないか。

 おネエと賛成くんは魔法使いだから、手ぶらだ。懐から短い杖出してる。いつも使ってるやつより短いな。携帯用か。

 ハントも手ごろな長さの剣をひっつかむ。

「あんまりいい剣じゃありませんね……」

 贅沢言うな。飲み代も払えないような連中から取り上げた剣なんだろうしな。


「よし行くぞ!」

 店にいたハンターが全員街に、飛び出した。


 暗い街灯だけの街のあちこちで、ギャーとか、キャーとか悲鳴が上がってる。

「弓! 弓だ。弓が無いと」

 弓男うるせえ。盾男も盾が無いと心細いだろうな。ハントは剣もイケるが、やはり弓が本職だろう。

「屋敷まで走れ!」

 全員でハクスバル伯爵邸に走り出す。大した距離じゃない。宿屋街からそう離れているわけじゃないからな。こうしている間にも市民が襲われてる。仕方ない。丸腰同然で相手できるやつじゃなさそうだしよ。


 教会の横を通り過ぎて、足が止まった。

 夜目が利く俺だからわかる。異様なものを、この世界にあるはずが無いものを見た。

 ……短機関銃だ。

 走って行っちまうバリステスのメンバーにかまわず、俺は物陰に隠れる。

「勇者様! 今こそ出て名乗りを上げなければなりませんぞ!」

「うるせえよ! アレ見ただろ! 恐竜だよ! ヴェロキラプトルだよ! あんなの相手にしろってのかよ! 聞いてねえよ!」

 全身黒尽くめ、ヘルメットにゴーグル、手袋、防弾チョッキ。肩から掛けた短機関銃。まるで映画の中から抜け出してきたみたいな、どこの対テロ部隊だよって、時代考証ゼロの装備の若そうな男が、僧服を着た教会の二人に怒鳴ってる。


「何度もご説明しましたでしょう! 勇者様も『えむぴーふぁいぶで楽勝だ』とおっしゃってたじゃないですか!」

「話が違うわ! あんなやつらだとは思わなかったって! MP5じゃ全然パワーが足りねえっつーの! 知ってりゃスナイパーライフルにしてたわ!」

「それでは市民の前で勇者様が戦うお姿を見せられません! 勇者様も、『誰が本当の勇者か教えてやる』って張り切ってたじゃないですか!」


 ……わかった。全部わかった。全部俺の思った通りだったわ。

 コイツ、教会の召喚勇者だ。俺と一緒で、銃が使える現代人だ。で、こうして教会の新税に反対する領主の街で、化け物放して、それを倒して見せて教会の勇者でござい、とばかりに名乗りを上げてやろうって寸法かよ。


「お急ぎください! またサープラストみたいに、ハンターどもに先を越されてもいいんですか!?」

「ここまで舞台を用意してくれた正教国にも言い分が立たなくなります!」

 ……正教国もグルなのかよ。こんな街中で恐竜召喚かい。ライルスライムもお前たちかよ。最低だな。


「実験だか演習だか知らねえけど、やりすぎなんだよ! 十匹以上いたじゃねえか! 俺一人で倒せる数じゃねえわ!」

「このままじゃ本当に市民に被害が……」

「俺の知ったことじゃねえ。お前らが勝手に……」


「おい」

 頭に来た俺はずかずかと歩いて行って、ポンチョから出したソウドオフのM870ジャキンとフォアエンド引いて戻し、前に突き出して声をかける。

 暗闇でいきなり声をかけられた三人が驚いてこっちに振りかえる。そこを。


 ドッガ――――ン! ジャキ!

 ドッカ――――ン! ジャキ!


 真夜中の教会裏口。物凄い火花の閃光、大音響が鳴り響いて、俺の空砲、ゾンビブラスターがまともに奴らの顔面にぶち込まれた。

 二発で三人、バッタリ倒れて泡吹いたね。

「寝てろクソ野郎」


 その場をさっさと離れるべきか、こいつの持ってる短機関銃、それに大量の弾倉、できれば持っていきたいが、どうしよう。ちょっと考え込んでいるうちに人が走ってきた。慌ててM870を背中に隠す。


「こっちよ!」

「本当に銃声なのかいサラ!」

「間違いないわ。召喚勇者かもしれない!」

「クソッ、女神様の言った通りだな!」


 ぎゃあああああああああああ。

 アレだよ! あのクソ外人!

 ブランバーシュとか言ったか。あのティラノ騒ぎの時に散々邪魔してくれたあの伊達男! 相変わらず黒のシャツ、ズボンにマントにつば広帽子! 腰に差した日本刀!

 一緒に走ってくる女、見覚えあるわ。ありまくり!

 なんか三角帽子かぶって、マントひるがえして、杖持って、肩から胸の谷間までぱっくり開けた黒下着みたいな服着ておっぱいゆさゆささせて長ブーツ。ぴっちりしたタイトスカート。あの冬になると渋谷で大騒ぎしてる若い連中みたいなカッコしてるけど、孫のシンの先輩さんだわ! 小波沙羅(こなみさら)さんだったっけ!?

 二人、駆け寄ってきて、ぶっ倒れてる三人見て、俺を見る。


「……あなた、どうしたのこいつら?」

 あー、えー、んーと、いや、どう言い訳する?

「……知りませんて。なんかデカい声でケンカしてて、何事だって見に来たら急にものすごいデカい音して、こいつら倒れてました」

 クソ外人と先輩さん、さっと跪いて三人の様子を見る。

「……間違いない。コイツ召喚勇者よ。ほらみて、H&K(ヘッェラーコッホ)のMP5。短機関銃(サブマシンガン)持ってる」

 ……すかさずスマホ出してフラッシュで倒れてる奴らの写真撮ってるよ。

 こんな異世界でそんなの久々に見たわ。充電どうしてんだよ?

「なんかトラブルがあって教会の連中と同士打ちか。まだ死んでない。気絶しただけかな?」


 二人、俺には全く気付かない。

 そうだよな。俺今エルフだもんな。見た目も三十五歳。若返ってるし、キツネの帽子被ってるし、いくら先輩さんでも俺がシンのおじいちゃんだなんてわからんわな。


「ふん縛って、領主様に突き出してやりましょうよ」

「サラ、そんなヒマは無い。今こうしている間にも市民がリトルドラゴンに襲われてるんだ。すぐに加勢しないと」

「ヴェロキラプトルよ。ホントはディノニクスって言うんだけど」

「どうでもいいよサラ。君、こいつら縛り上げておいてくれ。君もすぐに逃げたほうがいい。今街中でリトルドラゴンが暴れてるんだ」

 そう言って俺に腰に下げてたロープの束を放って寄こすクソ外人。

「行くぞ!」

「ちょっと待って!」

 先輩さん、短機関銃拾って、倒れてる勇者から弾倉数本引っこ抜いて手に持った。

「一度使ってみたかったのよねコレ」

「使い方わかるのかい?」

「ゲームでならいやっちゅうほど」

「よし急ごう!」

 そう言って、二人、走って行っちゃったよ。

 あーあーあー、それ、俺欲しかったんだけどな……。


 いや俺もそれどころじゃないんだけど。

 縛っとけとは言われたけど、どうでもいいわ。そんなヒマねえよ。倒れた三人は放っておいて、俺も大急ぎでハクスバル伯爵の屋敷に戻る。

「ヘイスケさーん!」

 途中、いつもの武器持って完全装備のバリステスのメンバーとすれ違う。

「なにやってんですか! さっさと戻って鉄砲取って来てくださいよ!」

「わりい、すぐ行く!」

「先行ってるぞ!」

「お先に失礼!」

 そう叫んでハントと一緒に走ってったよ。


 屋敷の正門で衛兵たちが装備固めてぞろぞろ走り出てくるね。街の一大事だからな。バリステスの連中が連絡入れたか。俺も正門から厩舎に向かい、馬車に乗り込んで荷物をひっくり返す。

 銃身とストックを切り落としたソウドオフじゃあ狙いが付けられねえし、威力が足りねえ。

 ここはレミントンM870、20インチディアースラッグだ。

 それにバックショットとスラッグをありったけ。腰のバックとポケットに詰め込めるだけ詰め込む。

 走りながら銃に装填。バックショットとスラッグを交互に装填する。

 どっちも使うが、いちいち弾を切り替えてるヒマがねえ。人間大のトカゲ野郎だしコレでなんとかなるだろ。

 悲鳴が上がる街の中央に向かって走る!



 映画に登場するヴェロキラプトルは実際はディノニクスで、ラプトルじゃないという話があります。

 この小説に登場する恐竜は、知名度を考慮してジュラシックパークに登場するヴェロキラプトルを想定しています。


 次回「33.ハンターVS恐竜」

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