30.種子島
下っ端僧侶と、他の信者たちと一緒に教会の中を見て回る。
入り口で銀貨を払った客にガイドがついて観光案内をしてくれるようなもんだな。パック旅行かよ。昔の勇者伝説が絵になって教会の回廊に掛けられてて、物語形式で説明をしてくれる。
今も昔も宗教絵画ってやつは布教の一手段だ。庶民のほとんどが読み書きもできない世の中じゃ、こんなふうにわかりやすい形で勧誘するのもまたよく使われる手だな。古い寺にも地獄絵図とかあって悪いことすると地獄に行くぞと散々脅されるし、漫画映画まで作ってた新興宗教団体とかあったもんな。アレと同じだ。
巨大クマ、巨大ワシ、巨大オオカミ、巨大スライムに巨大寺野サウルスか。
寺野サウルスってあの二本足でドスドス歩くやつ。こっちの世界にもいるのかよ。いや、こっちの世界から来たんだったか……。なんで「寺野」なのかは知らん。たぶん日本人が発見したんだろ。
「ティラノサウルスよねえコレ」
て? てぃら?
「都子これ知ってんの? 寺野さんじゃなくて?」
「テラノじゃないの。ティラノ。しんちゃんが大好きでね、ビニールの恐竜の人形持ってたでしょ。『てらの』って言うと『ティラノだよおばあちゃん』って言いなおさせられたわ」
そうだっけ? 全然覚えてないわ。
歴代の五大勇者のそのあいだ、あいだにも普通の勇者がいて、魔王を倒したというわけじゃないが、それなりに活躍して有名だ。そういう奴らの絵は小さいが。
都子にティラノサウルスの話はしない。そんな奴と戦ったとか、孫のシンがアレを倒したとかいう話したら怒るに決まってるからな。「しんちゃんになにさせてんの!」ってな。都子の記憶にある孫のシンはまだ十歳かそこらの小学生だもんな。
こっちじゃ「ダイノドラゴン」って呼んでるらしい。
ドラゴンか。日本でいう龍だよな。
なるほど、恐竜も龍のうちってことかい。
あった。
聖書に載ってたやつだ。ガイドも説明を飛ばして見学のみんなと先行っちまってるけど、俺と都子は立ち止まってそのちっちゃい古ぼけた絵を見る。
今はもう名前も知られていない勇者だけど、使っている武器がちと変わっているんだよ。なんでも数百年前に、火と鉄をもって神器、ガンによって百ナールを隔て村民を襲う魔物を撃ち倒し……とか。
つまり昔、鉄砲を使ってた勇者がいたってことだ。
「……種子島だな」
「うん、大河ドラマに出てくる火縄銃そっくりね」
そこの絵には、なんだか牛みたいにでっかいクモに種子島を抱えて火を噴かせてる勇者の姿が描かれてあった。クモにはでっかい穴が開いて吹き飛びそうだ。鉄砲は何度も描き伝えられているうちにヘンになったのかだいぶおかしな形になっちゃってるが。
絵のタイトルは錆びついた古い銅のプレートで、よく読めば「クモを倒す召喚勇者」とあるのがわかる。
種子島ってことは最近でも百~二百年は前ってことか……。
数百年前でも鉄砲はある。鉄砲の歴史は火薬と共に千年を超える。俺みたいに地球から呼び出されたやつが勇者やってたとしたら、こんな記録が残ってても何の不思議もないか。いや不思議だけどな。まったく納得いかないけどな。そこはツッコんじゃダメだろうな。
「……あなた、そろそろ行かないとヘンに思われるべさ」
「そうだな」
小走りにみんなの列を追いかける。
俺以外にも鉄砲を使う奴が、この世界にいてもおかしくない。それが「召喚勇者」というやつなんだろう。今の聖書には「召喚勇者」という言葉は無かったな。教会も公にしてなくて、なかったことにしたがってるのかもしれん。
これは覚えておいたほうがいいだろうな。
ミサを終え教会からアルタース子爵邸へ戻る。馬車の所にいればいいかと思ったが、メイドさんに呼ばれて案内されて、俺ら夫婦もサロンに行くことになった。敷居高いわ。当主さんとキリフ坊ちゃんがお茶とお菓子と資料並べて待ってたね。
「おかえりなさいミヤコさん、ヘイスケ。教会はどうでしたか?」
坊ちゃんにそう聞かれてもねえ、どう答えたらいいものやら。
「その顔がなによりの返事ですな」
「僕も毎回、使いを出してミサには出席させています。報告は聞いていますよ。けっこうロクでもなかったでしょう」
「まあそのとおりで。今回のスライム騒ぎも、まるで教会が街をお祈りで守っているからやっつけられたみたいに自慢してましたわ」
「ふむ……やはりエルフなわけですなあ。ミヤコさんもヘイスケもちゃんと見聞きはできるのですな。普通の市民なら胡散臭いとも思わず素直に勇者伝説、信仰しますからな」
いやあ俺らは現代知識があるからね。怪しい宗教に引っかからないようにっていう知識ぐらいはあるからね。老人会に警察来て講習してくれてありとあらゆる詐欺の手口を徹底的に教え込まえたりもしてるからな。くれぐれも引っかからないようにって仕込まれてるわ。
キリフさんがリストを見せてくれる。
「ライルスライムが襲ったのは正門です。正門まで匂いをたどって追って来たことになります。当然出入りは衛兵の記録があるんです。商人やハンターは東門を使いますので、正門の当日の記録を見るに、騒ぎの前に正門から入門したものは五十人。ほとんどは別に怪しむような所はない。外隣の農村から出勤してくる労働者だったり、いつもの役人だったり、働きに来ているだけも多いですし。毎日出入りしているし、カードを示せば素通りだし、いちいち記録しませんね。旅人と言える中で怪しいのは三人。勇者教会の修行僧と称する男たち」
王都教会修行僧 アルフ。
王都教会修行僧 ビル。
王都教会修行僧 カール。
なんちゅう適当な名前かね。
「王都からわざわざ派遣された奴で、目的は巡礼の旅」
「巡礼の旅ってのは?」
「歴代勇者が封印した魔王の祠を見て回ってお祈りを捧げてくる旅です。祠は国内に五か所あって、修行僧の巡礼の旅となれば門はフリーパス、入城税も関税も無し。領主や教会の保護対象で身分も保証されていて、修業とは称しているが事実上は各領地からの情報収集と地方教会との連絡係ってとこですね」
スパイかね。
「貴族の御乱行、弱みを握るための足を引っ張るネタ、そういうものを探してるわけです。教会に都合の悪いことをしている奴は不正を糾弾され改易なんて目に遭った輩もいる。逆に脅されて教会の言いなりなんてことも。勇者教会は、我々で手に負えない魔物を勇者を派遣して倒してくれるありがたい存在ではあるんですが、今まで勇者教会が一定の権力を保っていられたのはこの影の情報網もけっこうデカいんです」
なるほどねえ。
「そいつらの一人か二人、ライルスライムに手を出して正門に逃げ込んできたと。匂いを追わせないといけないから、生息地からずっと走ってきてハアハアゼエゼエしていたなんて話は無いですかね」
「その通りですよ……。二人がそんな感じだったそうで、衛兵はそう証言してくれてました。あんまり様子がおかしいんでよく覚えていたようで」
「ひょっとして、一人はこーんなでっかい、細長い袋を背負ってた、なーんて話はありませんかね」と言って手を広げて見せる。鉄砲ならどれでもだいたいそういうサイズ。
「よくわかりますね……。まったくその通り。心当たりがありますか?」
「キリフさんは『召喚勇者』って、聞いたことがありますかね」
「召喚勇者か……」
「ああ、そういうのはいたはずですな。今の聖書には省かれていますが、昔の古い聖書になら載っているかもしれませんな」
当主さんは覚えがあるみたいだ。
「今の聖書にも載っているんですが、まあ五行ぐらいの説明しかないですけど歴代勇者の中に『鉄と炎の勇者』ってのがいてですね、それが教会では『召喚勇者』って呼ばれているらしいんですよ。絵が掛かってました」
そう言って今の聖書の、その鉄と炎の勇者のページを開いて見せる。
「古い聖書なら屋敷にありますよ。持ってこさせましょう」
キリフさんが執事さんに声をかけて、書庫から何冊か持ってきてくれたね。
「数百年前に、火と鉄をもって神器、ガンによって百ナールを隔て村民を襲う魔物を撃ち倒し……か」
「それってヘイスケが使うてっぽうと同じですな!」
「はあ、まあそういうことで」
「ヘイスケは勇者なのかい!」
キリフ坊ちゃんがびっくりするよ。いやいやいやいやそんなわけないから。
「違う違う、違いますって。俺の使うのは……、まあ俺も知らないうちに持ってたもんで、たぶん先祖代々使われてたようなものでして、出どころは俺もよく知りませんで」
「それだとヘイスケが一番怪しいってことになりますが?」
ですよねー。
「よしてくださいや。俺が教会の手下でしたらもう少しマシなウソをつくと思いますがね」
「そりゃそうですね。なによりエルフだし。教会関係者なわけ無いですし」
教会とエルフの間でなんかあったんかね。
そうこうしてみんなでカビ臭い古い本をめくって探す。革に書いてあるんだよね古い本は。紙がまだなかったのかね。
「あった……『召喚勇者』、教会が特別な儀式で異世界から呼び寄せた勇者様だ」
「後の教会で異端扱いされている禁呪ですな」
「特別な能力を持っている、強力な魔法を使うことが多いらしい……」
「『鋼の剣を持つ勇者』『雷撃の勇者』『鉄と炎の勇者』……。そんなに多くはないですな。まあよその世界から呼び出された勇者じゃ、どんな能力を持ってるかどうかは運しだいかもしれませんなあ。そいつがまたおとなしく教会の言うこと聞くかどうかもわからないですしな!」
当主さんとキリフさんが顔寄せ合ってブツブツと。
「教会としては手間暇がかかる割には、扱いにくい面倒なやつということになりますかねえ」
「そうですな。だから百年も前に禁呪にしたし、今の聖書にも載ってないと」
二人ともこっちみんな。俺はちゃんと当主さんの言うこと聞いてるだろ。
「うーん……」
ポリポリと頭を掻く。
テレビの刑事だとどうしてたっけ。開始三十分、捜査会議で材料が出そろってるところだな。
「ここまでまとめますと、勇者教会は教会税の値上げに反対してる貴族たちを良く思っていない。現勇者も悪い噂しか聞かなくて人気が無い。おかげで教会の威厳も下がってる。で、教会はその人気を取り戻すために一芝居打とうと、ライルスライムをおびき出して正門を襲わせ、市内に侵入させようとした。で、そいつを倒そうと教会の連中は市内に待機してた。古い教会の資料によると、そいつはライルスライムをも倒せるような武器を持ってる可能性が高い。勇者不在の今、もしかしたら教会で呼び出した召喚勇者かもしれない。でもそいつがカッコよくスライム退治する前に、俺たちハンターと衛兵で正門前で倒しちまった。やつらあてが外れて今ガッカリ中となりますが」
「……ヘイスケ、飛躍のし過ぎですよ」
「……まるで芝居のストーリーですな。なんの証拠もありませんが」
「二時間スペシャルねえ……」
都子その感想は……。まあごもっともで。
「まず召喚勇者ですが、百年も前の文献に載ってることです。昨日今日それが現れる証拠にも根拠にもなってない。やって来た巡礼の修行僧も、月に一度はそんなやつらが来るのは普通。こっちは後ろ暗いことなんて何もないんだからいくらでも見て回ってもらってかまいません。まあ父上はちと問題ありかもしれませんが」
苦労してますなキリフの坊ちゃん。
「それに修行僧がたまたまライルスライムに出会って逃げて来たからって、何かの罪になるわけじゃないです。むしろこの街の城壁はそういう市民や旅人を魔物から守るために作られているのだし、そのための衛兵も配置してます。魔物に襲われたら城壁内に避難しろというのは市民なら一人残らず通達されて知ってる事です。領民に限らず平民の保護は貴族領主の義務ですから」
「ハンターの連中がそれをやると罰金とか資格停止があるそうで」
「当たり前ですよ。それを退治するのがハンターの仕事なのにおびき寄せてどうします」
ハンターには厳しいですな坊ちゃん。
「結論を急がないでヘイスケ。もっとちゃんとした証拠が要りますよ」
「そうですぞ。むしろライルスライムを追い返したハンターギルドと衛兵たちの手柄が知れ渡ってくれたわけで、私ら領主にも損は無いぐらいですからな」
テレビの探偵だったら、みんな「すげー」って褒めてくれるところだけどな。
うまくはいかねえな。
「まあ一応手は打ちましょう。その修行僧の三人、その後の行方を調べさせる必要がありますね。とっくに領から出ているのならそれもよしです。皆さんはもう関わらないで」
「ヘイスケ、その説がホントなら、今度は余計なことしたヘイスケが消されかねませんぞ? 黙っていたほうがいいと思いますがな」
……そうなるわ。
……うげー。
「今度のこと、教会の自作自演劇となりますと、他の領地でもやらかすかもしれませんな。こっちにはライルスライムを倒せるほどのハンターギルドがあったというわけで、もうこちらではやらんでしょうが」
「……次があのスライムとは限りませんがね」
「とにかく、しばらく様子を見ることとしましょうか」
キリフの坊ちゃん、頭をひねるね。
「次はどこでしょう?」
「決まってますよ」
「?」
当主さんがうんうんと頷きながら言うねえ。
「教会の申し立てる新税に強固に反対している領主です」
「……トープルスか。ハクスバル伯爵。反対派のトップ」
「ありえますな」
なんてこったい。
次回「31.聞き込み、開始」