3.女房の就職先
掃除の行き届いたでっかい屋敷に入った。
入り口近くに姿見の鏡がある。
……俺だ。三十五歳の時の俺の顔だ。
髪も黒々として、でも耳が横に見たこと無いほど長い。そこは都子とそっくりだ。ホントに生まれ変わって若返ったんだと実感した。
女房に案内されて茶室に来た。
茶室ってのは言い方悪いな。洋館だからな。サロンってやつか?
「失礼します」って頭下げた女房について一緒に部屋に入る。
外人の仕立てのいい服着たじじいが俺を見る。
「ふむ、ミヤコさん、生き別れになった御主人が訪ねてきてくれたと?」
「はい!」
「それはそれは。いやあそういうこともあるんだねえ。よかったねミヤコさん」
じじいニコニコしてるわ。嬉しそうだな。
「御主人、お名前は?」
「はあ、平助と申します」
「ヘイスケか。この辺じゃエルフは珍しい。よく訪ねてきてくださいました」
そう言うじじい、都子コイツの世話になってたってわけか。
もしや……。いや、無いな。このじじい七十ぐらいに見えるもんな。
「その……差し支えなければ、都子がここに来たいきさつを、聞かせていただければと」
「ああ、ミヤコさんは記憶喪失だったな……。十年ぐらい前、領の森の中で倒れているのを見つかりましてな、地元の農家が連れてきたのです。エルフがいたって。何を聞いてもさっぱり思い出せないようでしてな、これは神隠しにでもあったのかなってことになって、あちこち調べさせましたが、エルフじゃあても無くてね、しばらく館で預かることになったんですがな……」
都子が部屋のすみっこでお茶入れてる。
何もかもが洋風の作りだから、どんなお茶が出てくるのかは知らんけど。
「そしたら、料理は上手だし、裁縫は達人だし、家事はなんでもできるしで、もうびっくりでしてな、よければうちでメイドとして働いてくれないかって頼んだら、引き受けてくれて、住み込みで働いてもらってたのです」
そういうことか……。
主婦歴だけは長いもんな、都子。
都子が手慣れた様子で茶を入れる。これも洋風のポットだな。じじいと、俺と。
自分の分は無いのか。家政婦だもんな。
茶は赤っぽい。緑茶じゃねえ。紅茶ってやつか?
「もちろんエルフはこちらでは大変珍しい。こうして待っていれば、いつか同族のエルフが探しに来てくれるんじゃないかと思っていましたが、十年もかかるとは……。ヘイスケさんはこのミヤコさんが奥様で間違いございませんな?」
「はい、まあ」
「奥さんが行方不明になって十年もいったい何をしていたのですかな?」
「死んだものと思ってたんで……」
いや実際俺より先に死んじゃったし。
「だが偶然エルフがここにいることを聞きつけて、もしかしたら死んだと思ってた奥さんじゃないかと思って訪ねてきたと」
「あ、はい」
「そしたら、ほんとに奥さんだったと。十年ぶりに会えたと」
「はあ」
「くっ」
じじい、ハンカチを取り出して目をぬぐう。
「……アッパレだ! よくぞここを突き止めた。大変なご苦労があったでしょう! 素晴らしい御主人だ! ミヤコさん、良い御主人を持ってあなたは果報者ですな!」
ずびびびび――――っ、鼻をかむ。
なんか余計なこと言わなくても勝手に話がどんどん進んでいくなあ。
「十年経っても、まだ奥さんを愛していらっしゃる。万難を乗り越えて人間の里まで探し回って、ついに奥さんとの再会を果たしたあなたに私は感動をかくせません。お二人の再会に神の祝福を、この奇跡に感謝を! 私にできることがあれば何でも申し上げてください!」
「……都子」
「はい」
「この人誰?」
「あなたねえ……それ一番最初に聞くことだべさ? 申し訳ありません当主様。なにぶん先ほど出会ったばっかりでまだろくに話もしていませんで……。礼儀も知らぬ粗忽者ですのでどうかお許しを」
「申し遅れた。私はジニアル・ハン・アルタースという。男爵です。小さな村だがここの領主を任されておる田舎貴族でしてな。で、御主人」
「はあ」
「奥さんを連れ戻しに来たのですな?」
「いや、それは……。連れ戻すにもあてがありませんで、申し訳ない」
「全てを捨てて、奥さんを探す旅に出たと……。なんという、なんという深い愛だ。これこそが夫婦、伴侶という物だ。私も妻を亡くして十五年、片時も妻を忘れたことなど無かった。最愛の妻を無くされたあなたの悲しみ、絶望、そしてその中に見つけたほんのわずかの希望、その宝石のような輝きをついに見つけ出したあなたの偉業、尊敬いたしますぞ!」
ぐずっ、ずびびびび――――。
なんか今更説明するのが馬鹿臭くなってきたわ……。
「もちろん奥さんはお返しいたします。当家で預かっていただけですからな。なんなら今までの奉仕に対する礼金、退職金もお支払いいたしますぞ。お二人の門出にふさわしいものを用意させていただきます。ご心配なさるな。全てお任せいただきますぞ」
「いや……都子、どんだけなの。お前ここでなにしてたの?」
「掃除、洗濯、料理、裁縫、庭の手入れ……」
「ご覧ください!」
そう言ってじじいが立ち上がってぐるっと一回転する。
「これ、ミヤコさんが縫ってくださったのですぞ!」
このじじいも俺よりでかい。クソ、やっぱり西洋来ると日本人って背ちっちぇえなあ……。俺も都子もここではチビだわ。
洋風の立派なスーツだ。確かに都子は結婚前は洋裁学校行ってて、得意にしてたし、趣味でよく自分で作ってたけど、それでかよ……。
「料理も素晴らしい! ミヤコさんの作り出すワショクの数々、美味しゅうございましたぞ! おかげで私はすっかり痩せまして、健康そのものです!」
和食かい。うちでやってたことそのまんまじゃねーか。
「そんなミヤコさんを手放すのは大変惜しい。惜しいのですが、御主人と再会がかなった今、私はそれを祝福して送り出すのが人としての筋でありましょう。どうぞ、エルフの里へ連れ帰ってください。それが御夫婦にとって一番の幸せかと」
「いや、エルフの里なんてまったくあてがないし……」
「いえ、当主様、その、できればですね、このまま置いていただければ」
都子もあわててて口を挟む。
「なんと」
「わちらども夫婦、帰るあてもございません。既に里も捨てたも同然です。主人もここで働かせていただければと思います。どうかそうしていただければ……」
「(都子っ)」
「(いいから任せて!)」
そんなことを小声で話し合う。
「ふむ、御主人、何ができますかな?」
「主人は農夫でして、馬の世話も出来ますし、庭いじりもしますし、なにより腕のいい猟師ですが」
「素晴らしい! さすがはエルフ!」
いやまてまてまて、農業はもう息子夫婦に任せてるし、馬の世話なんてもう四十年もやってないし、猟師ったって鉄砲も持ってないし!
俺たち夫婦が独立して農家始めた頃なんてまだトラクターも買えなくて、小さい畑で馬使いながらなんとかやってたけどさあ、それ俺らがまだ結婚して本家から分家したばっかりのことだったからなあ。四十年以上昔の話だよ?
「それはありがたいわ!」
そう言ってさっきから都子と一緒に部屋にいたばあさんが喜ぶ。さっき俺たちを迎え入れてくれた人だな。家政婦の先輩か。
「私ども夫婦も長く当主様に仕えてきましたが、二人とももう六十過ぎまして、そろそろお暇をいただきたく思っていました。ミヤコさんがよく助けてくださいましたけど、これを機会に引退したく思いますわ。私たちからもお願い申し上げます。どうぞこの屋敷で働いてくださいませ」
「よし決まりだ!」
あーあーあー。
なんだかよくわからないが、そういうことになっちまったなあ。
隣で都子がニコニコしてる。
まあ、この世界の事、俺なんにもわかんないしな。
とりあえずそれでいいか。
次回、「4.異世界ってどんなとこ?」