表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/38

29.教会の様子でも見てみるか


 さて、平日はもちろん、屋敷の仕事。

 害獣駆除の話は最近は無いんで、一日中野良仕事だ。

 屋敷の中にはでっかい木がいっぱいあるが、どうも枝っぷりが良くないねえ。

 梯子をかけて、下の枝をどんどん剣鉈で切り落とす。

 だいぶすっきりしたね。ハントが落ちた枝を庭の遠くに運び込んで、重ねる。

 今は生木だから、手ごろな長さに切りそろえて薪小屋に保管し、(しば)にしよう。芝じゃねえぞ。おじいさんが山へ柴刈りにのしばだ。料理や風呂の(まき)に火をつけるにも乾いた小枝がいる。それのことだ。


 井戸の水汲みもなかなかばあさんたちには重労働だ。

 手漕ぎポンプを付けたいねえ。ギルドの井戸にあったから、この世界にもあるんだろう。どっかで買えないか。


 ひびが入って割れている壁はちとみっともない。レンガがむき出しになってるところがある。こっちの世界にも鉱山から大量に石灰を採掘してるらしいし、サープラストでも壁に漆喰を塗ってたから、これも補修したい。幸い道具はあったので、コテで漆喰を塗りなおす。

 ガタピシで開けるのに力のいる納屋の扉も修理だな。カンナで削るとか蝶番の取り付けをやり直すとかやれば大丈夫だ。ネジとかあるにはあるんだが手に入れるのがめんどくさいのでリベットだ。ハントと声を掛け合い、呼吸を合わせて両側からハンマーでガンガン叩く。


 屋敷周りの柵も修理だ。ペンキを塗りたいところだがこっちにはそんなものまだ見たことない。亜麻仁油を使うみたいだが、なかなか高価でね。どうしたもんか。

 屋根瓦も修繕すんぞ。三十五歳になって体も軽いから屋根に上って作業だな。サープラストで屋根瓦を買ってきて、屋根の桟に粘土を練って塗りたくってから重ねて素干しだ。これで雨漏りもしなくなるだろ。

 北海道は雪が多いから家屋はだいたいはトタン屋根だ。瓦だと雪が滑り落ちてこないから雪下ろししないとダメだろ? だから北海道には瓦屋根の家屋は少ない。瓦ってのを扱うのは俺も初めてだったねえ。

 北海道の田舎農家じゃいちいち大工なんて呼びゃあしねえよ。なんでも自分でやるのが当たり前だったねえ。何をやっても懐かしいわ。


 そうやって屋根に上ってると、馬で誰かやってきた。

 あー、見りゃわかるわ。あの大男な。バーティールとか言ったか。

 あの鉄板鎧じゃなくて、普通に木綿のシャツとズボンだ。槍だの腰から下げた剣なんてのも今日は持ってない。ま、こんなところ野盗が出るわけでも無し普通に農村だしな。

 屋敷前まで来て柵に馬の手綱を縛って、中をうかがってるねえ。

 屋根から手を振ってやったら驚いてたな。

「都子――! 客だ!」

 ま、俺の客で間違いないわな。

 都子が柵を開けて招き入れようとしているが、入るのを遠慮してるね。田舎とはいえ男爵様の屋敷だしな。仕事途中だがしょうがない、ロープ伝って、梯子から屋根を降りる。


「おう兄ちゃんどうした」

「いやあおっさ……ヘイスケさんここで使用人してるって聞いたもんでね」

「そうだ。ハンター仕事なら手伝わないぞ」

「いきなりそれかよ……。マスターが顔を出せって。ハントが三級、アンタは四級にしてやるってさ」

「そんなの次街に行った時でいいだろ」

「そうなんだけどさ、まあそれはついでに頼まれただけで」

「で?」

 バーティールが俺と都子を見比べるねえ。

「……もしかして奥さん?」

「そうだ。女房の都子だ」

「初めまして。主人がいつもお世話になっております」

「あ、いえ、俺らのほうが世話になってるぐらいで……」

 ペコペコすんな。頼むから余計なこと言うなよ兄ちゃん。

「うーん……ダメか。ダメだなこりゃ」

 なんか一人で納得いった顔してるわ。


「奥さんもいる、貴族に雇われててまっとうな正業にも就いてるわけだ。週末に顔を出してハンター仕事もたまにはやるが、命かけてやるようなことじゃねえ。ヘイスケさんにしてみりゃ、たまの小遣い稼ぎってとこで、その歳になってハンターになって一山当てようなんて考えたこともねえ、ほっといてくれってやつだな」

「よくわかってるじゃないか」

 俺がそう言うと、残念そうに首を振るねえ。


「俺はチームのリーダーだ。使えるやつがいりゃあチームにスカウトすんのも仕事のうちさ。ひさびさの掘り出しモンだとぁ思ったが、どんなハンターだってゆくゆくは貴族のお抱えになりてえぐらいの夢はある。小さいながらもそれを既にかなえてるアンタじゃ俺らの誘いなんてお呼びじゃないな」

 小さいながらは余計だわ兄ちゃん。男爵舐めんな。

「ハントはどうなんだ?」って聞いてくる。

「この村の害獣駆除に農家を回らせてるよ。あいつは商人の船が出ればエルフの村に帰ることになってる。長居はしないさ」

 うんうんと兄ちゃんが頷くね。


「邪魔した。すまんかった。もしなんかあったらまた俺らの遊び相手になってくれ。頼りになるいい旦那さんだよ奥さん、世話になった。じゃ、またな!」


 そう言って、手綱をほどき、馬に乗って帰っていきやがった。

 ま、いいやつだね。悪いやつじゃない。

 都子が十年もこの屋敷で世話になってて、恩返しもこれからだって時に、都子置いてお前らみたいなチームに入って冒険するなんてことはやりたくてもできねえよ。だいたい都子に鉄砲買ってもらわなきゃ俺なんてまったくの役立たずだし、身の程は心得てるわ。


「なんだったの? あなた」

「んー、アレだ。スカウトだな。ハンターのチームに入ってくれって頼みに来たんだろ」

「イヤよそんなの。どうせまた危ないことするんだべさ?」

「しないしない。断ったの見てただろ。俺は今の仕事でなんの不満も無いね」


 都子が抱き着いて、口くっつけてくる。

 あのなあ、西洋じゃどうかしらんが、俺にはまだそういうのちと恥ずかしいわ。

 寝る前にしようや。



 そんなこんなでまた週末。

「週末のお休みには教会でミサがあってねえ、人がいっぱい集まるのよ」

 それこっそり出てみるか、なにか情報つかめたら面白い。

「私も参りましょう。ひさびさに顔を出さねばならぬ用事もありますしな」

 当主さんのジニアル男爵様もそう言うので、俺、都子、当主さんの三人で馬車に乗ってサープラストに出かけることにした。俺が馬車の御者。一応護衛も兼ねてるんで都子のマジックバッグに鉄砲と弾を全部入れてある。ハロンさんパールさん夫妻と、ハントとラトちゃんはお留守番だな。


 まずはサープラスト市内に馬車を乗り入れて、本家、御領主様のキハル・ド・アルタース子爵邸にご挨拶だ。

「お久しぶりです叔父様。父上は不在でして、失礼いたします」

 そう言って息子のキリフさんが出迎えてくれる。

「ミヤコさんもご一緒ですか!」

 キリフの坊ちゃん、喜ぶねえ!

「あらあらまあまあ、坊ちゃまも立派になられて!」

「坊ちゃまは勘弁してくださいよミヤコさん……。僕ももう十八なんですから」

 そういや坊ちゃん、子供の時はよく当主さんのところに遊びに来てたらしいな。

 子供を手懐けるのが上手だわ都子。お菓子攻めにでもしたんだろ。

 都子の話じゃ、先妻との間には子ができずに奥さんに先に死なれ、後妻との間に生まれたのがキリフさんらしい。親と年が離れてるのはそのせいか。


「兄上は不在かね。あいかわらずだね。どこへ行っているものやら……」

 当主さんがそう言うとキリフさんが苦笑い。まだ十代なのに父親の代わりに領内を駆け回ってるんだからたいしたものだよこの坊ちゃんも。今すぐ代替わりしてもいいんじゃないかね。

「トープルスのファンデル様にご挨拶に。お聞き及びかと思いますが、ファルース様が廃嫡されまして、嫡子に新しくファアル様がおなりになりましたからそのお祝いの御挨拶と顔見せです。父上はファアル様には側室の子と、今まで失礼を重ねておりましたから、今から取り入ってももう遅いような気もしますがね」

 あっはっは。あのラトちゃんをさらったクソ長男、追い出されたか。

 で、あの見た目爽やか青年だが、実は腹黒いあのファアルさんが跡継ぎに決まりと。


 このサープラストの領主、キリフさんの親父は、「金にがめつく欲深く貴族風を吹かせて鼻持ちならない普通の貴族」と、弟の領主さんの評価は散々だったね。

 長男はダメ人間で次男は優秀とかの法則でもあるのかね。

 いやそれ言っちゃ失礼だな。キリフの坊ちゃんは長男で嫡子だからな。

 まあ反面教師が身近にいれば、立派なお人にもなるわけか。


「キリフ、いろいろ事件がありましたでしょう。近状報告もかねて話を聞きたいですな」

「いいですよ。サロンにご案内させます。ヘイスケもミヤコさんもご一緒にどうですか? いろいろ関係しちゃってるでしょ」

「俺たちは今日は教会のミサに出てみようかと思いましてね。教会ってどんなところなのか雰囲気だけでもつかんでおきたいところで」

 本家の貴族屋敷なんて敷居高すぎるわ。勘弁してくれや坊ちゃん……。


「そうですか。必要かもしれませんね。時間が近いから急いだほうがいいでしょう。これを持って行ってください」

 そう言って俺と都子に銀貨を六枚ずつくれる。えっどういうこと?

「……寄付を強要されます。それが無いとミサの間、教会の外になります。がめついですよここの教会は」

 そういうことかね。

「ありがとうございます」

「ありがとうございますぼっちゃ……キリフ様」

「いえいえ。ミヤコさんにそう言われるのもなんだかくすぐったいですね。慣れないといけませんが。それにしても旦那さんが見つかってよかった。いや、ミヤコさんが見つけてもらったんだったかな。ヘイスケには領内の害獣駆除で助けられていますよ。腕のいいハンターです。これからもよろしくお願いします」

 やめてくれや坊ちゃん。都子かえって心配しちゃうわ。


 さ、屋敷を出て教会まで都子と二人で歩いていく。

 大きな街だよな……。今日も賑わってるわ。

 教会はでっかい塔があって、上には十字架じゃなくて、丸に斜めに線入った目印になっててよく目立つ。街中ならどこからでも見えるので迷うことも無く到着だな。

 ミサが始まるってことで、大勢の人がいる。一般の市民は門をくぐって教会の庭で見物だ。身なりが良い人たちは建物の中に入っていく。

 中に入って話を聞くのが俺たちの目的だから、教会の祭壇前の入り口で、立ってる坊さんにお布施を払って入れてもらうわけだ。坊さん、あの時ギルドに来てたやつだな。下っ端か。様子見に遣わされたかね。知らん顔して都子と銀貨を六枚ずつ払い、祭壇前の後ろの席に並んで座る。


「教会なんてやつは入ったこと無いねえ」

「あらあなた、大野さんの息子さんの結婚式で入ったことあるべさ」

「あれホテルに備え付けの教会だからニセモノだべや。本物の教会ってやつのことだよ」

「偽物は言い過ぎだべさ……。やっぱりまた讃美歌とか歌うのかしらねえ」

「ほら来た」


 神父だか坊さんだか知らんが、祭壇の前に偉そうなジジイが現れて、横で助手がでっかいオルゴールをかけてみんなで讃美歌の合唱だ。

 もちろん俺らがそんなの知るわけないから見様見真似だね。俺でも知ってる讃美歌なんて「きよしこの夜」ぐらいだわ。

 で、このジジイがまたその後長い話をするわけだが、勇者教会ってやつだから説教とか教義とかではなくて、歴代勇者の冒険物語だな。勇者の清く正しい生き方に学びましょうって内容だ。

 今日はがめつくて領民を苦しめる悪領主を勇者様がこらしめた話だよ。

 感じ悪いわ。教会は善、領主は悪ってのを擦り込んでくる仕掛けになってるわけかい。


 で、そのあと、例のライルスライム騒動の話になる。

 日頃の行いが悪い、悪徳を重ねると魔王の配下の悪魔がそれにつけこんで化け物を街に寄こす。教会を信じ、歴代勇者様の加護にすがり、祈りを行えばライルスライムとて倒すことができるのですと。教会と勇者様の加護に感謝を、街を守ってくれる祈りの力をかかさずにと。

 なにちゃっかり教会の手柄にしてやがる。腹立つわ……。


 化け物が街を襲う。これは魔王復活の前兆であると。今こそ勇者に力を。信仰を集め、教会を信じ、その力を貸せと言う。

 危機感をあおって信心を集め、寄付を増やそうという戦略かねえ。

 そういうのは新興宗教の常とう句だぞ。

 ろくでもない教会だわ。いろいろ企んでいそうだねえ。

 飾りつけもキンキラキンで立派で色ガラスもきらびやかなこの教会、金がかかってそうだ。魔物と闘う歴代勇者の勇ましい絵画も見事だ。

 だが、それが全部ウソっぽく見えてしまうのはどうしてかねえ。


「素敵だとは思うけどね、あんまり関わりたくないところだねえ。なんかよくうちにも勧誘に来てたどこだか会みたいでさ」

 都子、俺もおんなじふうに思ったよ……。



次回「30.種子島」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ