26.なんか大騒ぎになってんぞ?
朝、全員で一緒のテーブルで食事する。
ハントが来てからの日課だな。当主さん、ハロンさんとパールさん夫妻、俺と都子、ハントとラトちゃん。七人もいるとその日の仕事の打ち合わせとか段取りとか今までみたいに当主さんに聞きに行くより、みんなで一緒に朝食の間に話したほうがいいってことになってそのまま続けてる。
にぎやかで楽しい食卓になるから当主様もご機嫌だ。ラトちゃんがかいがいしく食事を運んでくれるのが嬉しくてしょうがないみたいだな。
「ワニですか」
そう言ってふーんと当主さんが頷く。
「兄の領地の問題ですからな、協力できるものはもちろん協力させていただきますぞ。ヘイスケとハントさんで何とかできるなら行ってあげてください。今日行ってきてもいいですぞ」
「そうですね。馬小屋の世話は朝にヘイスケさんとハントさんがやってくれましたから、私もそれでいいです。助かってますよハントさん」
ハロンさんもそう言って笑う。
笑い事じゃないのは都子だね。
「……あなた、ワニなんて大丈夫なの?」
「クマより怖いってことも無いだろ。大丈夫だよ」
まあそうは言っても旦那がワニ退治じゃ心配しない奥さんがいるわきゃ無いな。
朝食が終わってから都子に相談する。
「……クマなんて弓でも獲れるってハントにバカにされちまったよ。なあ都子、ライフル手に入らんかね」
「うーん……。わち、あなたがもっと危ない目にあいそうでイヤなんだけど……」
「正直、散弾銃のほうがずっと危ないんだわ。2~30メートルまで近づいて撃たないといかんだろ? ライフルだったら100メートル離れてても楽勝だから、ライフルのほうがずっと安全なんだよな……。俺稼いだ金って、全部で今いくらぐらいになってる?」
「金貨七十枚」
「うわっすげえ! いつの間にそんなに……。ってよく数えてあるなあ」
「そりゃ家計簿つけてるから」
しっかりしてんなあおれの女房。トープルスのファアルさんからもらった報酬がでかかったかな。
「なんぼぐらいすんのライフルって」
「金貨二十枚もあると日本で使ってたのとおんなじもん買えるけど」
「うーん……、ま、いいか! あなた正直こんなに稼いでくれるとはわち全然思ってなかったからびっくりだもんね。猟師って儲かるのね。北海道にいた時もこれぐらい稼いでくれてたら嬉しかったわ」
「やかましいわ。こっちと北海道じゃ獲物の価値が全然違うんだからしょうがねえよ。これから稼ぐためにも許してくれや」
「そうね。じゃ、マジックバッグ! 金貨二十枚で!」
都子がそう言うとあの旅行鞄みたいにでっかい黄色いかばんがボンッて目の前に現れる。あいかわらず凄い魔法だわ。
都子がかばんを開けると、金貨が二十枚入ってるね。
「じゃ、一緒にお願いして。かばんさんかばんさん、この人の欲しいものを買ってあげて。金貨20枚で」
「うーん、レミントンM700マウンテン。308口径で弾もホローポイント200発」
レミントンのM700ってのは俺が生前使ってたライフルだ。
アメリカ製のボルトアクションで、まあまともに当たるライフルの中では一番安い。それでも二十年使ってて一度も故障しなかったから俺は気に入ってたね。マウンテンライフルってのは山歩き用に軽くできてる細身のライフルのことを言う。
ライフルってのは重たくて銃身が太いやつのほうがよく当たるんだが、それは持ち歩くのも大変だ。頭に思い浮かべたのはスコープも付いてなくて照星と照門が付いている木製ストックのやつ。
最近のライフルはスコープ付けるの前提だから照門も照星も付いてないのが普通だが、こっちに来てから俺はスコープ無しでも当てられるようになってる。エルフの目のおかげだね。スコープってのは銃を手荒く扱うと簡単に狂うんで、肝心な時に当たらないってことはよくある。車で移動するなら銃は後部座席に寝かせて置けるからスコープが狂う心配はないが、車が使えないこの世界じゃスコープはかえって邪魔だね。
生前使ってたのは308ウィンチェスターって、まあシカ撃ち用ライフルとしては一番弱い弾薬で、北海道じゃ初心者用なんだけどなんだかんだ言ってこれでシカもヒグマも獲れてたからそのまんま使ってた。まあ使い慣れた奴が一番さ。どれぐらいの距離でどこ狙えばいいかよくわかっているからな。二十年も経験あるんだから、ヘタに変えないほうがいいね……。猟協会の会長なんかはヒグマも撃つからウィンチェスター300マグナム使ってたけど、こっちの動物って大きくてもツキノワグマだろ。これで十分じゃないのかねえ。
出た!
思った通りの物が出たわ! 俺が使ってたやつと全く同じだわ!
こういうのが二十年経っても変わらず手に入んのがレミントンのいいところだね。銃の種類の多さは文句なしに世界一だよ。普通のメーカーじゃ口径違いぐらいしかそろえてないわ。
照星も照門も付いてるところがいい。今じゃこういうの少ないよ。もちろんスコープは後付けもできるから、必要になったらつければいいしな。
「いやーいいもん出たわ! 俺が使ってたのとおんなじだわ! ありがとう都子!」
弾の方は20発入りが十箱。ホローポイント。普通の銅が被覆された鉛弾だね。
北海道は鉛弾禁止だったから銅弾使ってたけど、それ以前は鉛に銅かぶせたメタルジャケットだった。こっちは鉛弾禁止じゃないからこれでいいわ。銅弾は高いんだよ……。鉛弾の二倍はするね。
都子がかばんひっくり返すと金貨十二枚落ちた。弾代入れても全部で八万円かよ! レミントンのライフルって現地だとそんなに安いの!? 日本じゃ十五万もしたわ!
「あら、意外と安かったわね」
そんなこと言って都子が驚く。俺もびっくりだね。
「そんなに安いならもっといいの買っとけばよか……」
いえ、これでいいです。満足です。だからそう睨まないでください。
例によって裏山で150メートル試射。
孫はなんか望遠鏡で距離計ってたけど、俺は歩幅派だな。150メートルで何歩とかは体が覚えてる。何歩かは言わねえよ。言うと「足短いな!」とか言われるからな。大きなお世話だわ。
崖の斜面に向かって数発撃っては照門を調整して、10センチぐらいにまとまるようにした。ライフルってのは100メートルで五百円玉ぐらいにしか散らないもんだが、まあスコープ無しでこの命中精度あれば十分だね。
長年使って来た308だからな。イヤというほど撃ってきた弾なんで、あとは見た目の距離で何センチ上を狙うとか体が覚えてるんでね、調整はこれで終わり。
エルフになって目が良くなったから言うが、スコープってやつは面倒でね!
気が付きにくいんだが、アレはド真ん中で見ないと着弾ズレるし、ちょっとぶつけたりしただけでもう狂うからいつも気を付けて扱わなきゃいかんし、分解して付け外しするとまた射撃場で着弾修正しなきゃならんし、当たらんかった! ってのはまずだいたいスコープがずれてるせいだし、なんと言っても銃重たくなるし、スゲエ厄介なんだよ。
映画やドラマでスコープ付け外ししてる狙撃犯とかいるけどあんなのウソだね。スコープってのは一回外すとどんなに慎重に取り付けても絶対に着弾ズレるわ。
北海道みたいに土地が開けてて、いつも長距離射撃ばっかりになる所で、俺みたいな目の良くない年寄りが撃つにはスコープ無いとダメだから仕方なく使ってたけど、それさえなけりゃ兵隊さんみたいにスコープ無しで撃てれば楽でいいわとハンターだったらだいたい思ってるんじゃないのかねえ。
実際に兵隊さんは何メートルに合わせてるか孫のシンに聞いたことがある。コンピューターで調べながら教えてくれたよ。
『米軍のゼロインは250メートルだね』
『スコープ無しでそんなに当たるもんかい!?』
『軍だと一発で急所狙わないといけないハンターと違って、人間大の真ん中あたりに当たればいいからなんじゃないかなあ』
『あたりゃいいのかい』
『そうだよ。殺さなくてもケガさせれば戦争としてはそれで用は足りるから。今の米軍や自衛隊が使ってる鉄砲って22口径しかないしね』
ハンターからすりゃ、「なんだそりゃ」って感じだよ。
その22口径のライフルを、250メートルで当てられるようになるまで訓練するってこったな。スコープ無しでも兵隊さんはそれぐらい当てられるってわけだ。戦争が始まるのが最低でもその距離からってことだろうな。怖いねえ!
『最大有効射程、つまり当たったらケガする距離は800メートルだから、米軍のM16の照門は800メートルまで調整できるようになってる』
ああ、そりゃわかるわ。800メートル先からでも弾がキュンキュン飛んでくりゃ、そりゃ突撃できなくなるからな。敵を近づけさせない、牽制のための最大有効射程だね。三八式歩兵銃だって照尺は21、つまり2100メートルまで一応刻んであったはずだよ。でもその距離でも当たる凄いライフルなわけなくて、その距離まで弾を飛ばすために必要な射角って意味だわアレは。
『米軍にも狙撃兵いるよな。鉄砲にスコープ付けた』
『いるよ』
『狙撃兵ってどれぐらいの距離当てるんだ?』
『えーと……。使ってる弾はおじいちゃんと同じ308で、ゼロインするのは500ヤード。457メートル。それで600ヤード当てられるようになるまで訓練するみたい。最大有効射程は1000メートル』
『600ヤードつーと……』
『549メートル』
『ふええ……』
兵隊さんって凄いんだな。俺らハンターは300メートルでシカ仕留められたらいい腕してるって褒められるけど、兵隊さんは歩兵でもその距離スコープ無しで当てられて、その倍の距離当てられないと狙撃兵にはなれないってわけか!
まあ俺らハンターは練習で毎日バカスカ弾撃てねえし、シカもクマも撃ち返してきたりしねえから、ま、いいけどさ……。
そんなわけで数十年ぶりにスコープ無しのライフル買ってみたが、背負っても軽いから鼻歌出るねえ。あっはっは。
「ハントー! 出かけるぞ!」
「おお、新しいてっぽうですね」
「200ナールでもクマ獲れるやつな。都子に買ってもらったわ」
「ホントですかねそれ……。まあヘイスケさんのことですから、ホントなんでしょうけど」
「まあ見てろ。さあワニ退治に行くぞ」
そう言って、ハントと馬並べてサープラストの城壁都市まで歩いて行ったんだけどよ、なんか東門閉まってるんだよ!
東門ってのは商人だのハンターだの、商売で市内に入るやつが利用する門なんだけどよ、辺りは入れてもらえない商人とかで騒がしい。衛兵が砦や城壁の上を走ってるね。なんか大騒ぎになってるわ。
「なんかあったのかい」
荷馬車に乗ってた商人に声かけると、困った顔で返事するね。
「ライルスライムが出たんだよ! 今正門に張り付いてて大騒ぎになってるらしい。入れてくれって頼んだんだけど閉鎖だって衛兵がさ」
横に乗ってるもう一人が、「いやあ襲われてるなら市内が危なくなるだろ、今のうちにあんたたちも逃げたほうがいいぜ」なんてこと言って荷馬車の商人たちが引き返して街道に馬を走らせていく。
「スライム?」
スライムってあのぼよんぼよんした水玉で、こっち来てからも散弾銃で片っ端から百匹退治したことあるわ。
「ハント、スライムって水玉みたいなやつで1ナールぐらいの大きさでぼよんぼよんしてて真ん中の丸いとこ突き刺せばやっつけられるザコじゃなかったっけ?」
「……ライルスライムだったら違いますよ。その五倍ぐらいの大きさあって、矢は通りませんし槍で突き刺しても刺さりませんし、酸を吹きかけては来ませんが、なんでも包み込んで消化してしまいます。エルフでも出会ったら逃げろって言われますよ」
うーん、でも俺のライフルだったらなんとかなるんじゃないかな?
「正門行ってみるか。来るか?」
「行きますよ。行きゃいいんでしょ行きゃ」
城壁をかっぽらかっぽら馬を走らせて回り込む。
「なんだありゃ!」
正門前で、桃色に光ってるでっかいスライムが何匹も重なってぐねぐねして正門を乗り越えようとしているね! 直径5メートルはあるわ。高さ1メートル!
次回「27.ザコとか言って悪かった」