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25.働かざる者食うべからず


「子供がいる家って言うのは、やっぱりいいですな! 屋敷が賑やかになります」

 領主さんはやっぱりできた人だねえ。無事にラトちゃんを取り戻し、帰って来たハントに大感激なんだからこの人。

 エルフ村に帰る目途がつくまでいつまでもいていいってさ。

 庭で遊んでるめんこい盛りのラトちゃんに屋敷一同メロメロだね。あんまり甘やかすとワガママな娘になっちまうぞ。都子に一番懐いてる感じだな。あんまりお菓子やるな。虫歯になるわ。


 俺とハントは、まあギルドに戻ったら節穴バルにいろいろ聞かれたが、「他言無用ってむこうの領主様に念を押されましてね」ととぼけといた。

 ま、ギルドの情報網を駆使すれば何があったかぐらいは自然に耳に入るだろ。

 手を回してくれたサープラストの当主の息子、キリフさんも音沙汰無しだ。向こうの坊ちゃんと親友らしいからな、いきさつはそっちから聞けるだろ。


 ま、それは何よりとしても、帰る手段だ。

 ハントが乗って来た丸太のカヌーだが、はしけを管理してる商人ギルドが(もや)(つな)を切って流しちまった。なんだこの不格好なボロいカヌー、不法係留だってな。金払ってなかったからしょうがないが、厳しいねえ。

 ハントも最初っから捨てるつもりで乗ってきた村で一番ボロいカヌーだったらしく、まあ気にしてない。どっちみちあの丸太のカヌーじゃ川を遡って漕いで帰るのはいくらなんでも無理だしな。


 そんなわけでハントとラトちゃんは、結局、行商人のムラクの船に同乗させてもらうのがいいだろうってことで、ムラクの帰り待ちってことになったわ。

 商人ギルドにムラクが戻ってきたら連絡くれって頼んであるんだが、いつ帰ってくるかなんてわからんし、それまでは屋敷にいてもらうことになった。

 使用人の部屋を一つもらって、そこで寝泊まりしてる。

 エルフの両親も村の人も心配してるだろうが、それは二人とも口に出さない。我慢してる感じだな。早く帰してやりたいが、それはさすがに俺の手に余る。先に知らせたくても電話も郵便も無いんだからな……。


「あったりまえだが、働かざる者食うべからず。キリキリ働いてもらうぞ!」

「はい!」「はーい!」

 ラトちゃんはパールさんと都子にくっついて給仕見習い。

 まあ八歳だから、おままごとだが、当主さんも目を細めて見てるだけで癒されるもんだから喜んでるね。都子がラトちゃんにちっちゃいエプロンのメイド服を作ってやって、それが当主さんに好評でボーナスで金貨一枚もらったわ。飯どき以外の時間は遊んでるけどなラトちゃん。


 ハントはなにからさせたもんだかと思ったが、やっぱり害獣駆除からかな。

 牛舎や馬小屋のハトやカラス駆除をやらせてみた。うまいもんで、弓矢で百発百中なんだよ。俺の空気銃に匹敵するわ。

 ただ、弓矢だと強力すぎて屋根裏にハトが突き刺さって縫い付けられちまう。落ちてこないんだよ。

「どうしましょう……」と困ってたハントだが、「矢の先をとがらせるのをやめて平らにしろ」って言って、蹄鉄打ちの鍜治場で先が平らな矢じりで十本ほど矢を試作した。エルフの里には竹があるらしいが、こっちでは手に入らないので粘りのあるタモの木材を削って作ってたね。

 使ってみると、矢の先っちょが平らでも命中精度にはたいして影響しないし、ハトには突き刺さるのでちゃんと落ちるし、矢は後ろの柱とかには突き刺さらずハトと一緒に落ちてきて回収できる。なかなかうまい手になった。

 そんなわけで一週間ほど領内の農家を回らせてハトはすっかりいなくなったな。


 ラトちゃんが獲ってきたハトの羽根をむしるんだが……。

 子供にそんなことやらせていいのか……。いや、エルフだとそれも普通なのか……。ふわふわの羽根だらけになったラトちゃんが「天使みたいだ」と屋敷の連中は喜んでいたけどねえ、やってることは天使とは程遠いわ。


 週末にはサープラストまで出かけてギルドに顔を出し、前からやろうと思ってたクマ駆除とワニ駆除だな!

 クマとワニだが、これはハントと一緒にコンビ組んでやるつもりで、まず農家の近くに現れるというクマから引き受けることにした。おっかなくて農家が作業できないらしいからな。

 ハントに、「お前んとこじゃクマどうやって獲る?」と聞くと、「木に登って、待ち伏せですね」と言う。

 んーまあそうなるかね。アメリカ人もそうやって獲るって孫が言ってたな。

 餌でおびき寄せるとか。餌なに使うんだっけ?

「クマはハチミツとかの甘いものが好きなので、ハチの巣の近くによく現れますよ」

「それ俺ら刺されねえ?」

「だからオオカミの毛皮とかで体をくるんで」

「そこまで用意できねえよ……」


 甘いものか。甘かったらなんでもいいんかね。

 いろいろ考えたんだけど、街の菓子屋でケーキ買ってきて、それ使うことにした。

「もったいない……。ラトに食べさせてやりたいです」

 甘やかすんじゃねえよ虫歯になるぞ。

 俺とハントでクマの出没地点の近くの獣道にケーキ置いて、近くの木にロープかけて木に登って、座れるように横木組んで縛り付けて、座って待つ。

 待つ、待つ、待つ。じれってえ……。


 昼過ぎてやっとのそのそとやってきやがった。

 1メートル半よりは大きいか。立ち上がれば人間ぐらいの大きさか。

 野生のツキノワグマって初めて見るが、やっぱりヒグマと比べりゃちと小さいわ。夢中になってケーキにむしゃぶりついてるね。さてどうする。


「(私がやっていいですかね)」

 うーん、まあ、散弾銃のスラッグ撃ち込んじゃ面白くないわな。

 お手並み拝見と行こうか。

 ハントがいつもより重そうな、太い矢をギリギリと引き絞る。

 ビシュッと放つと、まっすぐ飛んで急所の前脚の脇、心臓の所に突き刺さる!

 いい腕してるわ! クマ、その場でひっくり返って転がったあと、ダッシュでその場を逃げやがった。やっぱり生命力強いわ!

「追います!」

 ハントが木に垂れ下がったロープにつかまって一気に降りて、クマを追って駆け出す。若いねえ! 俺もロープ伝いながらゆっくり降りる。あんなハントみたいな若いことできんからなあ。


 ハントのキツネの帽子を追って後をつけると、ハント、立ち止まり弓を引き絞って第二矢を放つ。俺もM870のスライドをガッシャンと前後させ、スラッグを薬室に装填してハントに並ぶ。

「あれか」

 黒い塊が林の中にいるね。動いてるわ。

「止め刺しするか。俺やっていいか」

「どうぞ」

 ゆっくり用心深く近づいて、ガフッガフッとうなりながら腹ばいになってこっちをにらむ10mぐらい先にいるツキノワグマの……どこ狙おう?

 ま、この距離なら頭でいいか。


 ドッコ――――ン!


 クマ、びくっと全身を振るわせて、動かなくなったね。

 ヒグマだと普通は頭はあんまり狙わない。跳ねられちまう事があり致命傷になりにくいが、まあツキノワグマでこの距離ならスラッグでもなんとかなるか。一つ勉強になったね。

 矢、クマの胸と、首に突き刺さってた。いいとこ狙うわ。

 クマ転がってたから矢、折れてたけどな。クマは矢で心臓刺されたって死ぬまではだいぶかかるってことになる。野生動物の生命力舐めちゃいかんね。

 俺も長いこと猟師やってるから、「即死する野生動物なんてまずいない」ってのはよくわかってる。撃ってすぐ暴れてもがいて逃げ出して倒れるのが普通だ。空気銃でハト撃っても急所に当たらんと何十分もバタバタしてるね。

 シカみたいにクビに当てれば即倒するなんて動物もいるけど、そうならんヤツのほうが多いね。


 農家さんに戻って、預けてた馬引っ張ってきて、ロープ掛けて引っ張らせて林から出す。

「クマは丸ごとギルドに納入するほうが金になるらしい、このまま解体せずにもっていくとするかね」

「はい」

 毛皮とかホネとか肉とか爪とか内臓とかみんな使うんだとよ。素材になるんだとか。北海道じゃどれも売れなくて全部捨てちまうか、犬のエサだね。まったく金にならんわ。昔は食ったり毛皮を売ったりできたんだけど、今はやらんね。

 世界が違うと価値も違うねえ……。


「ヘイスケさんはどうやってクマ獲ってたんです?」

「200メートル先からライフルで一発だな」

「200めーとるってどれぐらいの距離ですか」

「あそこぐらい」

 そう言って農家の家を指さすと、「御冗談でしょう……」と言って信じない。

 ……まあそうだよね。いつかライフル手に入れて、見せてやりたいわ。


 農家に依頼票にサインしてもらって、荷車を借りて、馬につなげてギルドに持っていったら、クマは駆除金貨七枚、買取が十二枚で合計二十四枚。やるやつがなかなかいなくて前より値段が上がってたんだよ。大儲けだね。これはハントと山分けする。

「……本当にクマ獲って来たか。なかなかやるな。大口叩いてたのは伊達じゃないってわけか」

 そう言ってギルドマスターの節穴バルが顎を撫でるねえ。

「だからお前は節穴なんだよ」

「うるせえ。そんな実力あるんなら最初から見せねえお前が悪い」

「……ま、そりゃそうか。今日から節穴はやめてやるよ」

「そうしてくれ。ギルドマスターが節穴で人を見る目がねえなんて不名誉極まりないぜ……」

 こっちは金もらえりゃ文句はねえからな。


「こっちのワニってのはどうなってんのさ?」

 依頼が貼ってある掲示板を指さしてバルに聞く。

「川の上流の農家の近くにたまに出る。のしのし歩いてるだけだがまあおっかないだろうな。今んとこ家畜や人間を食われたりはしてないが、人間を怖がらないからそのうち被害が出るだろ。そうなる前に退治したいってことさ」

「なんでこれ放ってあんの?」

「やるやつがいないんだよ。五、六人のチームでやらすにゃ報酬が安すぎる、二、三人でやるには相手が手ごわすぎる。お前らやるか?」

「……今日はもう帰りたいねえ」

 もうすぐ夕方だしな。

「また来週か。それじゃ遅いな、明日も来れないか?」

「領主さんに相談してみるよ。同じサープラストのことだから許してくれると思うぞ」

「頼むわ」


 さてワニと言ってもな……。一応「それ大きさどれぐらい?」と聞いてみる。

「4ナール」

「なーるってなんだ?」

「お前なあ……。ま、エルフじゃ知らんのもしょうがないか。こっからここまでで1ナール、覚えとけ」

 そう言ってバルが右手を横に延ばして、自分の鼻から立てた親指までの距離を左手で差す。ヤードじゃねえか。91センチ。どこの世界行っても人間の考えることは同じだねえ。

「ナールね」

 そう言って俺が右手を伸ばして親指を立てると、「お前みたいなチビがやっても短いだろ」とバルが言って笑う。

「やかましいわ」

 1インチは25.4mm。12インチで1フィート。3フィートで1ヤード。

 鉄砲の単位ってアメリカ基準だから長年使ってるとこれは嫌でも覚える。30口径って、0.30インチって意味だからな。

 ヤードをメートルにするには十分の一を引けばいい。4ヤードなら4メートルから40センチ引いて3メートル60センチ。うげ、けっこうでかいワニってことになるな。


 ま、そんな感じで今は俺と、ハントはいいコンビでやってるわけで。


次回「26.なんか大騒ぎになってんぞ?」

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