23.茶番劇 ※
「(まずい、数が多い……)」
「(かまいません、踏み込みましょう!)」
「(いやそれでは兄上を捕らえる証拠にも何もならん。君、あいつら殺す気だろう?)」
「(当たり前です!)」
「(妹さんを人質に取られるぞ?)」
「(ぐっ、ってあなたねえ、さっきから我慢しろだの騒ぐなだの、勝手なことばっかり言って! 妹がそこにいるんですよ!)」
あーあーあー、しょうがねえなあこいつら。
「(あのー、俺に任せてもらえますかね)」
二人、俺の顔を見て驚くね。
「(無傷で全員ぶっ倒せばいいんでしょ?)」
「(そりゃそうできれば言うこと無いが)」
「(ヘイスケさん、いくらなんでもそれは……)」
俺は上着を脱いで、懐から、肩から吊り下げてたソウドオフのM870引っ張り出して、弾込めしてスライドを静かに動かす。
倉庫の手ごろな箱を持ってきて、窓の下にそっと置く。
「(あんたらは、俺が合図したら耳をふさいで目を閉じてくれ。ばかでっかい音がするぞ)」
「(いったい何をやるつもりだ)」
「(そこは信用してもらいましょうかね)」
「(……わかりました)」
「(いやわかったってハント、こいつ何者なの……?)」
「(ヘイスケさんは不思議な術を使います。私は信じます)」
「(……いいよ。だったらやってくれ)」
「(二人はドアの方に。合図したら踏み込んでくれや)」
しゃがんで箱の上に乗り、銃を構える。
二人に手のひらを突き出し、五、四、三、と指を折って見せてから、立ち上がって。
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
窓ガラスが砕け散って中にいたやつに向かってまず一発!
物凄い火花と音! 普通の散弾銃の倍ぐらいの音がするね!
俺も発射の瞬間は目をつぶって耳を後ろに向けるわ。
ジャキッとソウドオフした散弾銃のスライドを前後させて次!
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
もう一発!
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
執事に!
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
最後の一人に!
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
ンンンンンン……。
狭い所で撃ったからさすがに頭がくらくらするわ。
チンピラどもも剣下げてるし、執事も持ってんのは仕込み杖だったっけ? でも窓の外から撃たれちゃあ反撃もしてこれないよな。
ハントと次男坊、ドアの前で耳をふさいで尻もちついて目を白黒してるわ。
「ほら、早く突っ込め」
ドアをつんつん指差すと、二人、あわてて立ち上がって中に入るね。
俺もシャキシャキと今撃ったゾンビブラスター、弾倉に補給しながら扉に回る。
例の空砲な。中身が全部火薬だからとんでもない火花と音が出るんだよ。
これまともに食らったらまあ死にはしないけど、一発で気絶するね。
俺も中に入ると、汚いカッコした臭いチンピラ風の男が四人に、執事が無様にぶっ倒れてるわ。笑えるねえ。
「ラト! ラト!」
ハントが駆け寄った椅子に縛られてるエルフのお嬢ちゃん。
……悪い。白目剝いて涙と鼻水でひどい顔で気絶してるわ。そりゃそうなるか。
中は二人に任せて、俺は倉庫の中探してロープ持って来た。
五人の賊を俺たちで縛り上げる。
気絶から目を覚ましたラトちゃん、「お兄ちゃん!」ってめをぱちくりさせる。
めんっこいねえ! とんでもない美少女だね!
さらっさらの金髪で目は青くてぱっちりしてて、色白で、お人形さんみたいだよ。こりゃあ何が何でも助けたくなるってもんさね。
「すまんラト、すぐほどくからちょっと待ってて」
今はこいつら縛り上げるのが先だわ。目を覚まされると面倒だ。
「お兄ちゃん、助けに来てくれたんだ!」
「ああ、もう心配するな。大丈夫だ」
「ぐずっ、ぐずっ、うええぇえぇええん」
嬉し泣きだね。美しきかな兄妹愛。
「誰か来た!」
三人で身構えると、ファアルさんの執事のサバスが来た。
「ファルース様が来ました! 白馬に乗って!」
白馬?
「マズい、みんな、これを顔に!」
そう言ってファアルさんがスカーフをくれる。ファアルさんが顔にそれを巻いて帽子をかぶって顔を隠す。
いやこれじゃ俺らが強盗みたいだよ。
バーン!
派手に倉庫の扉が開く音がして大声がする。
「ファルース・ルサ・ハクスバル参上!!」
……なんだそりゃ。
「エルフ誘拐団! 隠れているのはわかっている! 誘拐した少女を今すぐ放せ! さもないとこのファルースがお前たちに正義の剣をお見舞いするぞ!」
……どこの桃太郎侍だよ。
「えいっやあっ! このっ! 手向かいするか! 許さんぞ!」
どんがらがっしゃーん。
なにやってんの長男坊。
ファアルさんくっくっくっくって笑いをこらえきれておりませんな。
「どこだー! どこにいる! 一人も逃がさん!」
だんだん声が近づいてくる。
ハントがラトの縄を解いて、後ろにまわす。
ラトちゃん、怖がってお兄ちゃんにしがみついてるね。
「エルフの少女よ! 今ここに、ファルース・ルサ・ハクスバルが助けにまいりましたぞ! どこだー! どこにいる!!」
もうすぐそばまで来てるよ。
「ここかっ!」
バーン! ドアが蹴破られて、剣持った男が入って来た。
青い貴族丸出しのキンキラキンの服。肩まであるオールバックの長い銀髪、三十も過ぎたぐらいのいかにも残念なイケメンが俺たちを見てポカーンとする。
「誰だお前たち」
いやお前それはないだろ……。
「やっていい?」
俺の一言に全員あわてて耳をふさぐ。
ドッガァアアアアアアア――――ンン!
ゾンビブラスターまともに浴びて、ファルース、後ろにぶっ倒れたね。
さて、全員、縛り上げて倉庫の前に御者のポールが停めてた馬車に積み込む。
さるぐつわも噛ませてね、二人ぐらいは気が付いてうーうー唸ってるわ。
ファルース付き執事のパーカスト、コイツだけはまあ縛り上げてはいるが、一応事情は聞いてみるかということで、倉庫の前に座らせた。
「さてパーカスト」
全員でパーカストを取り囲む。
ファアルの坊ちゃんがマスクを取ると目を剥いて驚いたねパーカスト。
「この期に及んで言い訳は無駄だとわかるな?」
執事、観念したのか首を垂れる。
「殺してください。全部私が一人でやったことです」
「そりゃダメだ。もう全部バレてる。兄上もそこに縛り上げられているわけだが?」
「……ファルース様も」
馬車の横でぐるぐる巻きに縛られた青い服の銀髪がごろごろ転がって逃げようとしているわ。
ハントが駆け寄って、ロープを引きずって馬車に縛りなおしてるな。
「兄上がエルフの女を欲しがって、お前に命令し、で、サープラストで食い詰めていたハンターのアランを雇い、チンピラを集めさせて、お前が商人ギルドの貸し船屋から船を借り、トコル村でこのラトちゃんをさらわせたあと、この倉庫に運び込ませて監禁していた件もう全部バレてて証拠もそろってるわけだが、今更否定しないな?」
「はい……」
「で、さらってきた子が思ってたより幼かった。こりゃ計画ミスってわけだ。それに兄上は奴隷が違法だから大っぴらに閉じ込めておくわけにもいかない。それならこの子が成長するまで待って、その間にこの子に恩を売って懐かせて自分の物にしてしまおうと、まだ幼い女の子を『奴隷にするぞ売り飛ばすぞひどい目にあわせるぞ』と散々脅かして今夜の茶番劇ってわけだ」
「その通りです……」
「ラトちゃんを助けに来た兄上が悪人どもをみんなやっつけたフリをして、『白馬の王子様ありがとうございますこの御恩は一生忘れません私の全てを捧げます』って計画か」
「いやそれは……さすがにそれは無理ではないかと申し上げましたのですが、どうしてもやると言われまして私どももやむなく……」
いやなぜそれがうまく行くと思う?
「エルフは命を助けられるとそのことを一生恩として報いるために助けてくれた者を主人と崇め、隷属するようになるとおっしゃるので」
「……そんな話聞いたこともありませんよ」と当のエルフのハントが言うと、「そう流行りの小説に書いてあったそうです」だとさ。なんでそんな小説が流行ってんだよ。もうちょっとマシな小説無いのかねこの世界……。
「実際、身元不明の保護されたエルフが帰らずに、そのまま貴族の屋敷でメイドになってるって話があるそうでして。そういう名目なら合法的にエルフを手元に置ける。恩を着せれば大丈夫だとファルース様は強引でして」
それ都子のことだよ!
あんなオバサン囲ってどうするよ! 当主様だってそんな気はさらさらねえよ! 一緒にすんなよ!
「なに読み聞きしたんだか知らねえけど、八歳の女の子が助けられたら男に惚れた腫れたするよりまずママの所に帰りてえに決まってるじゃねえか。馬鹿じゃねえの?」
俺がそう言うと全員でうんうんと頷いたね。
パーカストもね。
「さてパーカスト、兄上には恥をかいてもらう。父上にも報告する。お前は正直に全部父上に事情を話してくれれば、解雇して隠居させてやろう。断れば……まあ、これから兄上とおんなじ目に遭ってもらうわけだが、どうするね」
「……」
「パーカスト様」
そう言って、ファアル様付執事のサバスもマスクを取る。
ああ、やっぱりかという顔をしてパーカストがサバスを見るね。
「お分かりなはずです。このままファルース様がハクスバル家を相続なさったら伯爵家は潰れると。廃嫡する良い機会だとは思いませんか。そこまで義理立てするべき良き主でありましたかファルース様は。伯爵家が断絶するのを見届けてから死にますか? それがあなたの幸いですか?」
パーカスト、肩を震わせて男泣きだね。
「わかった。わかったよ、サバス。言う通りにする。全て、ファアル様にお任せします。お願いします」
「これにて一件落着、だな」
俺がそう言うと、みんな、なんだそりゃって顔で俺を見るね。
……お約束だよ。つまんねえなあ異世界ってやつぁ。
次回「24.そりゃあないだろ次男坊」