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22.伯爵様の次男 ※


「おーいキツネ頭!」

 いやその呼び方はちょっと……。確かに俺らおそろいのキツネの帽子かぶってるけどよ……。

 俺らを呼び止めたバーティールがニヤニヤして言う。いや、人相が悪いからそう見えるだけで本人はニコニコしてるんだろうが。

「俺たちは二、三日、ここに滞在してサープラストに戻る。また護衛仕事見つけて引き受けてな。あんたたちも帰るならそんとき声かけてくれ。一緒に連れてってやるよ。金のやり取りは無し。護衛兼、客ってわけだ。悪い話じゃないだろ」

 うん、まあ確かにいい話だ。

「頼むわ。いろいろ世話になった。ありがとう」

 そう言って頭を下げるとみんな手を振って行っちまったね。

 いい奴らだったねえ。

 あんなやつらでも平気で人を殺す。この世界、簡単に割り切らないと生きていけないのかもしれないな……。



 もらった地図で街を歩く。いやあデカいねえ。こんなデカい街が城壁に囲まれて、中央に掘にもう一つ囲まれたデカい屋敷があるんだからさ、すごいわ。

 次男のファアルさんの屋敷ってのはそこからちと離れたこじんまりとした建物だ。

 素っ気なくてあんまり金がかかってない。びっしり並んでる他の建物の一つって感じで見た目変わらんね。柵で囲われてたりはしてなくて街路に直接面している。

 その正面入り口のノッカーをコツコツやると、カギを開ける音がして執事が出てきた。

 執事ってのはじいさんばっかりかと思ったが、中年で頭の切れそうな男だね。

「いらっしゃい。何用ですか?」

「失礼します。サープラストのジニアル男爵の使いで来ました。使用人のヘイスケと申します。こちらはハント」

「ふむ、御用向きは?」

「その、ここではちと。これを読んでもらいたくて」

「お預かりいたしましょう」


 そう言って、当主様が書いてくれた書簡を受け取ってくれる。

 封ろうを確認して、頷くね。いくら執事でも主人あてに来た貴族の手紙をその場で勝手に開封したりはしないか。

「昼間はファアル様は所用で出ております。夜までお待ちになりますか?」

「ぜひ」

「では荷物をお預かりいたしましょう。どうぞ」

 屋敷に入れてくれて、メイドのおばさんにハントの弓矢と剣と、俺の銃と荷物を預けたね。銃にはちと驚かれたけど何も言わない。そうしつけられてるのかな。


 客間に通されてソファーに座って待つ。

 待つ、待つ、待つ。

 腹減った……。便所に行きてえ……。


 窓の外が暗くなり始めて、ドアが開いて兄ちゃんが入って来たね。

「待ったか。すまんな」

 俺らの正面にどかっと座る。金髪で二十代。これもいい男だねえ。貴族ってのはみんな背も高いしいい男だ。どいつもこいつもとびっきりの美人を嫁にするから貴族ってのはみんなそうなる。初代は戦争とかで武功を成した人だったりするからブ男なんだろうけどな。サープラスト領主のキリフさんとこのお屋敷に掛けてあった肖像画を見てもわかるよ。笑えるほどだんだん男前になっていくから。

 俺はハントと並んで、見よう見まねで立ち上がって頭を下げる。


「座れ。用向きは知ってる。キリフから手紙をもらった。兄のファルースがなにかやらかしてるらしいな」

 うわっ話はええ。もったいつけない所もいい。そうとうデキるお方だぞ。

 キリフの坊ちゃん、力になれないとか言ってちゃんと手を回してくれてたんだな。ありがたいわ。

「詳しくは諸君らから聞けばよいとのこと。順を追って説明してもらえるか」

 ハントはこういうの苦手そうではあるが、それでもなんとか村で妹がさらわれたことから話していく。


 エルフのトコル村の川の船着き場で遊んでいた子供たちの中から船に乗った男たちに妹が誘拐されたこと。

 すぐに追っ手を出したが、川イルカをつないだ船で、一人仕留めただけで逃げられてしまったこと。

 その仕留めた相手がサープラストのハンターカードを持っていたハンターで、前からエルフ村の情報を商人たちから集めていたこと。

 その時使われた船がサープラストの船着き場に矢じりが刺さったままで放置されていたこと。

 その船を借りた男は、金持ち風の男で帽子を深くかぶった白髪頭の初老の男で杖を持っていたこと。

 サープラスト領主の嫡子、キリフさんにそのことを言うと、協力はできないがと言いつつヒントはくれたこと。

 そのヒントというのは五年前奴隷解放に反対し、奴隷制度廃止の時にメイドにしていたエルフの女性を解放したのが……その、なんだ。


「私の兄のファルースだと」

「……まあそうです」

 さすがにハントが言いにくそうなので代わりに俺が答えてみる。


「何の証拠も無いが?」

「状況証拠だけですね」

「承知の通り奴隷狩り、奴隷監禁は重罪だ。爵位取り上げもあり得る」

「まあ」

「そんなこと兄がやると思うかね?」

「そこがわからんくて聞きに来たようなもんでして」


 ……。


 ファアルさんが肩をすくめる。

「やるね、兄上なら。やりかねん」

 おいおいおいおいおいおい。どんだけだよ。


「ミルさんは……そのとき解放されたエルフのメイドだが、私も屋敷で会ったことがある。まだ子供だった私から見ても、美しく、はかなげで……悲しそうな人だった。メイドという名目だが囲われの小鳥だ。綺麗だが露出の多い下品なドレスを着せられて、どうしてそんな人が屋敷にいるのか、まだ子供の私にはわからなかったが、兄上がだらしなく鼻の下を伸ばしていたのはよく覚えている。今ならわかる」


 ……そりゃあ……ひでえな。


「どうしたい?」

「私は妹さえ取り戻せればそれで」

 ハントがそう答えると、「それをするためにどうしたいかを聞いているのだが?」とファアルさんが言う。

 俺は当主様が言ってたことを思い出しながら、話してみる。

「当主様…‥ジニアル男爵様は、そのファルース……様とやら、見張っていればボロを出す。そこを狙って妹さんを取り戻すか、動かぬ証拠をつかむとかできるかもって言ってまして、できればそいつ……じゃねえ、お兄様をちと見張らせてもらいたいんで。失礼でなければ、というか差し支えなければ」

「失礼だしメチャメチャ差支えがあるが?」

「ですよねえ……」

 仮にも、じゃなくて本物の貴族そのもののお人にそんなことしていいかどうかなんて素人でもわかるわな。俺らこの場で捕らえられて縛り首になってもおかしくないわ。


「そんな面白そうなことを、諸君らで独り占めする気かい」

 そう言って、我慢できなくなったみたいに、吹き出し、そしてくっくっくって笑うんだよなこの坊ちゃん。見た目さわやかイケメンなのに、腹黒いわ!

「今夜から動く。兄上を見張る。同行しろ」

「いいんですか!」

「見張るだけだ。まだ手を出すな。言う通りにしろ。悪いようにはしない」

 おいおいおいおいおいおい! 急展開だな!

 いいのかよ! 貴族の次男坊がそんなんで!


「その前にですね」

「何か」

 面白そうに、ファアルさんが顔を上げる。

「便所に行かしてもらいたいんで。あと腹も減ってまして」

 ファアルさん、こらえきれずにゲラゲラ笑ったね。



 深夜、領主ファンデル・ラ・ハクスバル邸を見張る。ファアルさんの実家なわけだが。

「……こんな部屋を用意してるとはねえ」

 アパートの三階の部屋から門が見られるんだよね。ファアルさんが案内してくれたよ。執事の中年男も一緒だ。サバスって言うらしい。

「兄上の放蕩三昧には以前より手を焼いていた。キリフからの手紙が決定的さ。人を使って調べさせるためにこれぐらいはやるさ」

 そう言ってファアルさんが苦笑いする。今日は執事さんといっしょで平民の古ぼけたシャツを着て帽子かぶってるね。念の入ったことで。


 門が開かれて馬車が出てきた。

「行くぞ!」

 階段を駆け下りて建物の陰から通り過ぎる馬車を見送る。

「黒服の帽子をかぶった白髪の男、杖を持ってた!」

 ハントも俺も、夜目が利くからな。はっきり見えたわ。

 それを聞いてファアルさんが答える。

「兄上付き執事パーカストだ。持ってるのは仕込み杖だよ。杖に見えるが抜けば剣になる。そんなもの持ってこんな夜遅くにどこへやら……って、決まってるな」

 ハント、俺、ファアルさん、執事のサバス、四人で暗闇に紛れ、時に通行人のふりをし、時に物陰に隠れ、四人で馬車を追跡する。

 商人ギルド近くの倉庫街。その一角のレンガ造りの古い倉庫前に馬車を停めさせ、降りる男。いや、執事のパーカスト。

 倉庫のカギを開けて、中に入り、閉める。


「……うわ、これどうする。入れねえよ」

 見上げれば鉄扉の頑丈そうなやつだ。これは破れないわ。

「心配いらん。うちの倉庫だ」

 そう言ってファアルさんが鍵束をポケットから出すねえ。そういうことかい。

「ここに妹が!」

 ハントが色めき立つが、「早まるな。抑えろ。ここは我慢だ」と言ってファアルさんが腕をつかむね。


 倉庫前に停められた馬車にファアルさんが無造作に近づいて御者に声をかける。

「ポール」

「えっ、あ! これはこれは!」

「しっ、静かに」

 そう言って口の前に指を立て、馬のくつわを取って、倉庫前の馬留に手綱を縛り付けたね。御者に金貨を一枚渡して……。

「ポール、これで飲んで来い。何も見るな。何も聞くな。いいな。朝までここからいなくなれ」

「しかし……ファアル様」

「命令だ。お前のためだ。かかわるな」

「……わかりました」


 御者が帽子を取って一礼し、街に消えて行ったね。


 ファアルさんがあっけなく合い鍵で倉庫の扉を開けて、四人で侵入する。

「サバス、ここで他に入ってくる者がいないか見張れ」

「はい」

 サバスの武器は「なえし」だね。50cmぐらいの鉄棒に革を巻いた打撃武器。

 ファアルさんもだ。なえしってのは十手のカギが無いやつのことだ。

 ま、要するに西洋風のぶん殴り棒だな。


 俺たちは窓からの月明りで倉庫の中を進む。小麦袋とかの穀物が山ほど積んである倉庫の奥に、明かりのついている部屋がある。ワクワクしてきたねえ! こういうの刑事ドラマで何回見たことか!

 ファアルさんがそっとガラスの窓に近づく。

「(いいか、絶対に声を出すな。何を見ても騒ぐなよ)」

 小声で念を押してくる。これはハントにだな。

 ファアルさんが窓からこっそりのぞいてるけど、俺たちゃエルフだぞ。

 中からの声バッチリ聞こえるわ。


「ふっふっふ、お嬢さん、もうあきらめな。お前はな、これから奴隷として売られるんだ」

「いやああああ――――!」

「誰も助けに来ない。もう終わりさ、よその外国に、馬車で運ばれて、ずーっとひどい目に合うんだ。いい気味だね。俺たちは金をたんまりもらっておさらばさ、ま、運が悪かったと思ってあきらめな」

「ぐずっ、ぐずっ、うええぇぇええん……」


「(ラトの声!)」

 ハントが反射的に剣に手をかけるが、ファアルさんが押しとどめる。

 右手の指を順番に一本ずつ広げて五本出す。

 賊は執事のパーカストを入れて五人かね。ちと手が足りんな。



挿絵(By みてみん)


次回「23.茶番劇」

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