21.いきなり実戦とか無理だわ ※
「この先に野盗がいる。弓だ。多分後詰めだ。前に道をふさぐやつがいて挟み撃ちにするつもりだろう。ハト殺しのおっさんが先に見つけたんでここで止まってたらしい」
「……おっさん、ハト獲れるぐらいで一人旅は……」
「悪かった、悪かったって」
そう言って若い連中に頭下げて謝る。
「ツレが一人で退治するって弓持って山に登っちまったんだ」
「そいつハンターなの? 何級なのよ?」
おネエが顔をしかめるね。
「四級だ」
「馬鹿野郎。ハンターで護衛仕事、野盗討伐やっていいのは三級からだ。腕がありゃあ返り討ちにしていいが、一人で何とかなる仕事じゃねえよ!」
「賛成です」
盾と無口男に怒られる。
「ぎゃああああああ――――!」
山から絶叫が聞こえる。
全員、剣と槍を構えて前に走る!
「ああああ――――!」
二人目の絶叫。
ばらばらと山から汚いカッコした男どもが駆け下りて来て街道に転がる。
起き上がろうとした男に、山から矢が飛んできて喉元に突き刺さる。
「ぐぅ」
声にならない声を上げて男が倒れる。
これはマズい。
俺も銃を構えて走って、若いハンター連中の後を追う。
「ハントー! 射るな! 助っ人だ! 手出すな!」
山に向かって叫ぶ。
ハントが護衛ハンターの連中まで射出したら大変だ。同士打ちになっちまう。
街道の遠くにもばらばらと汚いカッコの山賊どもが現れてこっち向かって走って来るわ。先頭で商隊を止める係の奴らかね。
大男が、転がって起き上がろうとした男を槍でいきなり突き刺す。
問答無用かよ。野盗は皆殺しかよ。
剣を抜いてこっちに向かってきたやつらを弓のハンターが次々に射る。
盾の剣士が前に出て野盗が振りかぶった剣を跳ね飛ばし、片手剣で腹を斬り裂く。おネエのキモ男、両手に火の玉作って投げつけ、野盗の頭を燃やす。
絶叫して転がる燃える野盗に、大男がこれも槍を突き刺し止めを刺す。
アレが魔法かよ! 奥様は魔女とかの魔法と全然違うわ! 人を殺すための魔法かい! おっかねえもんがこの世界にはあるんだなオイ!
逃げ出した野盗に弓男の矢が突き刺さり、もう一人に大男が投げた槍が胸を貫通し……。
山から下りて来たハントが、弓を引き絞り、「あれは射っていいんですよね」と言ってから矢を放った。
最後の一人が胸を貫かれ、転がった。
「……十人だな。意外と多かった」とリーダーの兄ちゃんがつぶやく。
西部劇だの時代劇だのとは違うねえ。本物の斬り合いだもんな……。あたり一面血だらけで、生臭い。それに野盗ども、野生動物みたいな匂いするわ。臭い。
人間も風呂にも入らず、ずっと山にいるとこんな匂いになるんだな。
槍の大男が矢が突き刺さって呻いている野盗とか、全員槍を突き刺して止めを刺す。ハントと盾男が山から下りてきて、「三人」ってさ。そっちは死体の確認か。三人ともハントが仕留めたってわけだ。一人は悲鳴も上げられずにやられたってことになる。いい腕してるわ。
「全部で十三人か、手配されてたクソ強盗団で間違いなさそうだ。こんなところに流れて来てたか」
「ダメだこいつら、こんだけだ」
そう言って弓男が野盗の懐探って銀貨だの銅貨だの集めてる。
「武器は?」
「ゴミだね」
野盗の持ち物はハンターの取り分かね。殺伐とした世界だねえ。
「いやあ兄ちゃん、いい腕だ。一人で野盗どもを五人もやるとは」
弓男がハントの肩をポンポン叩く。
「森に隠れて射ればいい話ですから、別に狩りと変わりませんよ」
「さすがだ。ギルドに報告しておいてやるよ。三級で十分通用する腕だ」
そう言って槍の大男も笑うわ。
みんな野盗どもの死体を引きずって、街道の横に転がす。
あとはコヨーテだのオオカミだのカラスだのが勝手に処分してくれるそうな。
俺は鉄砲抱えて上に銃口向けて、残党出てこないかハラハラしながら見張ってるよ。それぐらいしかやることないわ。
「おっさん、ダメダメねえ……。そんなんじゃハンターやっていけないわよ? そんなハトしか獲れない魔道具で野盗相手にどうすんの」
すいませんおネエさん。これ散弾銃なんだけど。一応人間、一発でぶっ殺す性能は間違いなくあるんですがね、俺には撃てないわ、人間は。
「紹介がまだだったな。俺は二級ハンターのバーティールだ。このチーム・バリステスのリーダーやってる。今日はこの商隊の護衛をしてる。あんたたちトープルスに向かう所か」
「はいそうです」
思わず敬語になっちまった。
「かしこまるなよ。そういやおっさん、名前は?」
「ヘイスケ」
「そっちの若いのは?」
「助太刀ありがとうございます。ハントと申します」
「……いい男ねえ……」
いや、ハント、おネエの舐めるような視線にそのさわやかな笑顔で返すのはやめろ。気持ち悪いわ。
「いい腕だ。弓もちと変わってるな。見せてくれ」
「どうぞ」
弓男がハントの弓を受け取って、不思議な顔になる。
「……こんな弓見たことねえな。何もんだあんた」
「エルフです。トコルから来ました」
そう言ってキツネの帽子を取る。長い耳が飛び出してみんな驚くねえ。
「……エルフだったか。そりゃ納得だ」
エルフは弓の名手ってことでよく知られているんだな。
「そっちのおっさんは?」
「ヘイスケさんもエルフですよ」
「えええええ――――!!」
なんなんだよその反応。しょうがねえから帽子取って見せてやる。
「アンタみたいな黒い髪でチンチクリンで不細工なエルフ見たことねえよ!」
大きなお世話だよ。放っておけや。
「しかも全く役に立たないときた」
「……ヘイスケさんの魔道具はゴブリン八匹あっという間に仕留める威力がありますよ」
ハントがそう言うと、ハンター連中が驚くね。
「あのチーム・エルファンがやられたゴブリン討伐したのって、あんたたちだったか」
「だったらなんで野盗と戦わねえ?」
「ヘイスケさんは人を殺すのはイヤだそうで」
あたりまえだろ。猟師としてそれだけはやっちゃダメだわ。
猟師が猟師でなくなっちまうよ。
「あのなあおっさん。相手が自分を殺そうとしててもそんなこと言えるのか? やつらがお前の仲間殺してもそう言えるのか? そんな甘っちょろいこと言ってると早死にするぜ? 自分の命は自分で守る。それができねえ奴は街から出るな。それがこの世の理ってやつだ」
「野盗なんてクズよ。まっとうに働くのもイヤで、人を殺すのをなんとも思わない最低の動物よ。人食いグマや人食いオオカミとおんなじよ。どんどん駆除していかないと増える一方で世のため人のためにならないわ」
「あんたここで野盗逃してどうする。野放しにしてどうするよ。あんたよりもっと弱い奴が次に襲われるんだぞ? そいつは女かもしれねえ。子供かもしれん。いい女だったらさんざん辱められて殺されて、子供だったら泣き叫んでうるせえから黙らすために殺され、年寄だったら金をとられて殺され、商人だったら荷物を全部奪われて殺される。全部逃がしたあんたの責任だ。それでいいのか?」
槍男の言うこともおネエの言うことも盾男の言うことも、もっともだ。
この世界ではそうなんだろうよ。
でもなあ……。
「おっさん、野盗は殺す。捕まえて突き出してもどうせ縛り首だ。野盗なんて割に合わねえ。野盗なんてやってたら殺される。そう思い知らせてやらないと野盗は減らねえ。覚えときな」
リーダーに念を押されちゃったね。若い連中に説教されちゃうとはね。
「そろそろいいかね」
商隊の商人のおっさんが声をかけてくる。
「ああ、了解。もう済んだ。山に隠れてたのと合わせて十三人だ。確認して商人ギルドにも報告しておいてくれ」
それから俺らに向かって言うね。
「まあ事のついでだ。あんたたち一緒に来るか?」
「はい、ぜひお願いしたいところです」
ハントが実に爽やかに笑ってそう言う。
お前、人間を五人矢で射ってその顔かよ。この世界、人間殺したり殺されたりとか普通なんだ。そうなんだ。なんだかねえ……。
「ハント、お前目端が効くようだな。先頭頼めるか。エルフは敵の気配がわかるらしいから」
「いいですよ。助太刀してもらったお礼になれば」
すっかり連中と仲良くなってるよハント。俺の立場がないわ。
ハントと馬を並べて商隊の先頭を歩く。
「よし、俺、やっぱり人は殺さんわ」
「えええ?」
ハントがびっくりするねえ。
「俺のいた世界じゃあな、人殺しってのはどんな理由があっても大罪なんだよ。お天道様に顔向けできねえ。都子にあわす顔がねえよ。人を殺した手で都子を抱けるか。俺には無理だね」
「……」
「なに言ってんだと思うかもしれん。バカなこと言ってると思うだろうよ。でもやっぱり無理だ。俺には人は撃てん。しょうがないな、悪いけど……」
ハントが大げさにため息つくね。
「お前だってアレがエルフだったら射れるかよ」
「射るに決まってるでしょ。エルフの恥さらしです。絶対に許せません」
そういうもんか。つくづく殺伐とした世界だね……。
「……わかりました。ヘイスケさんは私が守ります。それでいいでしょ」
「すまん」
そうして、トープルスに無事についた。
俺らがいたサープラストの数倍の規模がある。さすがは伯爵様の領地。
こっちでもハンターのギルドと商人のギルドは門のそばで隣でね、まずは商人ギルドの前で停車だ。
そのあと、ハンターの連中と一緒にハンターギルド行って、護衛の仕事終了の報告だね。
「先に野盗見つけて先制攻撃、五人仕留めたと。なかなかだな! 推薦書いてバルに送っとくよ! 四級なら一級上がり。よければ三級もアリだな」
被害が出始めていた強盗団らしく、こっちのギルドマスターが喜んでハントの事褒めてくれるねえ。節穴バルみたいなヤクザじゃない、ちゃんとしたお偉いさんって感じの人だ。ハントに金袋渡してたねえ。いくら入ってるのかは知らんけど。
「そちらの方は?」
「おっさんはなにもしてねえよ。見てただけ」
大男のバーティールがミもフタも無いことを言いやがる。ま、俺はそれで文句ねえし。
「聞きたいことがあるんですがね」
とりあえず下手に出ておく。
「ああ、なにかな」
「こちらの御領主様の息子さん、ファアル様に会いたいんですが。サープラストのジニアル男爵のお使いです」
「ああ、そういうことだったら、ファアル様は領主様とは別の屋敷に住んでるよ。依頼事でハンターギルドにも商人ギルドにもよく顔を出すし、私らも顔なじみさね。領主様に負けないぐらい仕事してくれてるねえ。あっはっは」
……長男があのクソ誘拐団の首領だしな。いろいろ苦労してそうだわ。妾の子だったか。本家屋敷に住めないのはそのせいかね。
さっさとその次男坊の屋敷の地図を書いてくれたね。ありがたいわ。
「あと、街にいる間、馬を預けたいんですが」
「裏の厩舎の係に頼んでくれ。男爵様の馬ならしっかり預からせてもらうよ」
裏にはギルドの馬たちが飼われていて、そこで面倒見てくれるわけだ。
一日銀貨五枚。ま、しょうがないけど有料だわ。
次回「22.伯爵様の次男」