20.敵の本拠地に行ってみるか
「ハクスバルの長男、ファルース、見張っていればボロを出すやもしれません。そこを狙って妹さんを取り戻すことができることもあるでしょう。動かぬ証拠をつかんでもいいです」
「いや俺たちトープルスとやらに行ったことも無いんですが、全く勝手がわかりませんて!」
「……そこは何とかしていただきましょう」
「ハント一人で行けよ!」
「わかりました。私一人でもやり遂げます!」
「無理よあなた、ついてってあげて」
いや都子までそんなこと……。
「私から、ハクスバルのファアル様に紹介状を書きます。ファアル様にとっても兄上の御乱行、見過ごすことができないはずです。伯爵家の長男がエルフ誘拐など爵位剥奪物の不祥事ですぞ。きっと力になってくれます」
うーん、ヘタしたら廃嫡もあり得るな。ファアルってやつがちょっとでも、兄貴に跡を継がせるのはマズいと考えているのなら協力もしてくれるかもな。
逆に弟のファアルってやつも片棒担いてたら、俺もハントも消されるかも。まあそこは当主様を信じてみるだけだ。
「……わかりました。その可能性賭けてみるとしますかね」
「頼みますぞ」
その晩、今まで儲けた金で、都子に頼んで魔法のかばんから散弾銃をもう一丁買ったわ。
スライド式のレミントンのM870な。ま、俺がこの世界に来て最初に買ったものと全く同じものだよ。ディアースラッグ。換え銃身無しで金貨三枚だからやっすいわ。
コレを銃身切り落として、ストックも切り落として、短くする。
ソウドオフってやつだ。昔のアメリカのギャングはこうしていた。日本でやるともちろん違法だが、異世界でそれ気にしてもしょうがないわ。
ガスオートのM1100とかにしない理由はな、アレ、銃床にまででっかくて長いバネが入ってて銃床切れねえんだよ。短くならねえんだ。しゃーないな。
当然都子はえらく心配したさ。俺が殺し合いに巻き込まれるんじゃないかってな。
「心配すんな。弾は本物つかわないって」
そう言って買った弾はライトフィールドのゾンビブラスター。
「このゾンビブラスターって何……」
都子もあきれ顔だよ。そんなもん売ってるアメリカって国が凄いよな。
都子よくゾンビなんて知ってたな。俺は北海道の牧場に出るまで知らんかったよ。
こっちにもゾンビが出るって実話があるらしい。いや、こっちの世界から日本に来たんだったっけか。
「日本にいたときにゾンビ出やがってさあ、孫のシンがゾンビに効く弾ないかって調べたんだけど、そしたらアメリカに売っててさ、銃砲店に注文できないかって相談したら笑われたんだとよ。『それ、空砲なんですよ』って」
日本にゾンビ出たって話をしても、さすがにこれは都子信じなかったねえ……。
この空砲は、12ゲージの装弾に散弾は入って無くて、全部火薬が詰まっているだけってやつだ。物凄い音と火花が出て、数メートル先にいる人間がこれ食らったら脳震盪で一発で気絶するらしい。空砲だからいいけど、弾が入ってたら銃、破裂するんじゃねえのかって火薬量だねえコレ。
映画とかの撮影で使う空砲は派手に火が出るが使ってる火薬量はめっちゃ少ない。
映画の撮影シーンとかテレビの芸能ニュースでやるけど、音が「ぱんぱんぱん、たたたたたたっ」て軽いだろ?
実弾並みに火薬入ってたら空砲でも撃たれる悪人役の役者がケガをするか、耳がヘンになるもんな。音なんてあとから効果音入れればいいし。映画の撮影シーン見て、「映画では銃の発射音って効果音のせいで凄いけど、実銃はぱんぱんって程度でたいしたことない」とか思うなよ。あれ実弾より火薬減らしてあるってことは理解しておこうな。実銃の銃声はいくらボリューム上げたってテレビや映画館じゃ再現できねえ本物の爆発音だからな。
箱に書いてあんのは、たぶん「ゾンビ以外には撃たないでください」って注意書きだ。何考えてんのアメリカ人。
まあこういうどんな弾でも撃てるところが散弾銃のいいところで。またそんな弾を全部トラブルなく撃てるのが手動のスライド式散弾銃のいいところ。
これオートだったら、空砲だと薬莢詰まったりするに決まってるんでね、やっぱり手動式が一番信用できるわけで。
なんで拳銃買わないのかと思うよな。
拳銃なんて俺撃ったこと無いしまったく使える気がしないってのもあるが、こんな人間殺さなくても済むような空砲の火花弾だの、散弾銃にしか無いと思うんだよ。聞いたこと無いし。
俺は人殺したいわけじゃないからな。拳銃はハンターが使うもんじゃないよ。
大体そんなもん買ったら都子が心配して大変だわ。二度となんにも買ってくれなくなるし、女房にそんな心配させる男なんて嫁を貰う資格がないね。
で、朝、ゾンビブラスターを一発、瓦に撃ってみたが、吹っ飛んでったね。
吹っ飛ぶだけで割れない。安全だね。火花と音がすげえけど。これは目も眩むし気絶もするわ!
いつも愛用している長物のほうのM870を馬の鞍に差すようにし、ソウドオフしたM870のほうは背中にたすきに背負う。薬室は空にして、弾倉に弾は入れっぱなしだ。こっちは空砲だしな。
マントふうにポンチョを巻いて、一応隠す。
いつも猟で乗ってた、じいさん馬のロードが俺。
ハントは同じようにポンチョを巻いたが、背負ってるのは弓と矢筒だね。
二人してキツネの帽子かぶって、気持ち悪いがおそろいだ。
ハントは一番若くて元気な馬、レイルを借りた。
おとなしくて小柄なメトロは都子のお気に入りだからな。これは残してやらんと都子が村に買い物に行けなくなるわ。
「頼みますぞ。期待していますからな」
「あなた、気を付けてね……」
「ハントさん、頑張って!」
「二人とも、無理せずに、無事に帰って来てくれよ」
当主さんと、都子と、パールさんと、ハロンさんに見送られて旅立つ。
あーあーあー、どうも変なことになっちまったなあ……。
地図を見ながらハントと馬を並べてポクポクと街道を歩かせてゆく。
街道のところどころに道しるべがあり、それを見て行けば迷うことは無いな。
「こんなところ馬で旅するなんて、エルフ村にいた時は想像もしませんでした」
「エルフってのはずっとそんなもんなのかい。人間の街に行ったりするのはしないわけか」
「腕のいい者は修行と称して人間の街でハンターなどをやる例はありますね。村長などは人間との交渉事もありますから、何も知らないわけにはいきません。人間を知っておかないとなんでも不利になりますから。私が村を出るのを許されたのも、経験を積んで来いと言う意味もあるのでしょう」
なるほどね。お前もしかして将来の村長候補? 期待されてる人材かもな。
「ヘイスケさんもこちらに来てそう経っていないんだから、私と変わりませんね」
俺は田舎者なんでね、北海道にいた時も都会に出たり旅行とかあんまりしたことは無い。
普通は年取って畑仕事を引退したら、あとは女房と旅行三昧なんて隠居生活してる奴は多いが、俺はそうなる前に女房に死なれちまったからな……。老人会とかでも女房と一緒に楽しそうにしてるやつら見るのが辛くて、会の温泉旅行とか不参加にしてたし、こうして遠出した経験はあんまりない。
俺もハントも全く見ず知らずの土地でなにから手を付けたらいいものか。
「まあとりあえず向こうのハンターギルドに顔を出し、紹介状持って領主の次男のファアルに会ってみるところまでできたら上等だろ。それからのことは後で考えような」
「……こうしている間にも妹がひどい目に合ってるんじゃないかと心配です」
「そうか……。気持ちはわかるが、慎重にな。誘拐団に俺らのことが知れたら、俺もお前も殺されるかもしれないんだ。気を付けてな」
「了解です」
馬を疲れさせないように歩くとなると速度は人間と大して変わりない。
時速4~5キロってとこか。隣領のトープルスまで半日ちょっとって話だから20キロぐらいの距離かねえ。
畑や農家がだんだん少なくなってきて、街道も細くなり、雑木林の道が続く。
山を切り開いて街道にしているところもあるな。
「ちょっと止まってください」
「どうした?」
「賊です」
馬を止めて山を見上げる。
「賊って、山賊?」
うへえ……。いやいやいやいや、そりゃどうしたもんかね。
「弓が見えます。野盗強盗のたぐいでしょう。旅人を襲う奴らです」
「ど、ど、ど、どうすんだ?」
俺にも見える。確かに弓だ。高い所の雑木林の草むらから弓の上が突き出してるのが見える。
俺は猟師だよ。人間なんて相手したことあるわけないって。増してや強盗やら犯罪者の類は見たことさえねえよ。平和な日本の田舎町に住んでりゃな。
あってもせいぜい車上ドロがあるぐらいで、家の農家は車もトラクターもカギが付けっぱなしになってるぐらいで防犯対策なんてゼロな所から来たんだよ俺は。
こういう時はすぐ戻って警察に連絡するとかしか思い浮かばねえわ。
「当然全員退治です」
「退治って、殺すのか?」
「そりゃあそうでしょう。そうしないと面倒ですよ」
「お断りだよ。猟師ってのは畑に悪さする動物駆除して、カモ獲ってご馳走にしてりゃそれでいいんだよ。人間を殺すなんてのは人の道に外れた畜生のすることだ。俺は御免だね」
「……ヘイスケさんってベテランで腕のいい尊敬できる大先輩だと思ってたんですが、急にヘタレに見えてきました……」
そう言ってハントがあきれるねえ。いやそんなこと言われたってさあ……。
「馬全力疾走で走らせて走り抜けるとか?」
「弓は後ろから挟み撃ちにするための部隊です。道をふさぐ奴らがこの先にいます。ロード、走れます? かなり年寄りのようですが」
「じゃあ引き返して領主様に連絡しようや。領兵出してくれるだろ」
「その時はやつら隠れちゃいますよ」
「とにかくトープルス行きは中止だ。いったん帰るぞ!」
「……どうぞどうぞ。私は妹を助けに行きます。勝手にやらせてもらいますよ」
強い意志を込めた男の顔して、ハントが馬を降りて木につなぐ。
弓を背負ったまま、ざっざと山をかき分けて登って行っちまったねえ。
……俺は馬を降りて、背負ったソウドオフのゾンビブラスター確認して、鞍から降ろした20インチのディアースラッグにはバックショット装填したわ。
馬二頭、手綱を取りながら、馬の護衛をする。なにかあったらすぐ逃げられるように。
悪いかよ。
いやいやいやいや、山賊だか野盗だが知らんけどそんなやつとドンバチするなんて絶対にお断りだね。
そうして小便ちびりそうになりながら待ってると、俺の後ろの方から荷馬車来たねえ。商隊か。商人ギルドの前で何度も見たような商人さんの馬車隊だよ。
「おうーい!」って言って手を振って合図する。
先頭の馬車が止まってくれたね。
「ハト殺しのおっさんじゃねえか。どうした?」
十台以上の馬車隊。西部劇に出てくるみたいな二頭引きやら、四頭引きの幌で囲われた馬車の、先頭で御者の横に座ってた男、見覚えあるわ。
でっかい槍持って、鉄板付いた装備の大男。俺が初めてハンターギルドに行った時に、節穴バルに「こんな特技があるならハンターにしてやれよ」と口添えしてくれた若い連中の一人だな。こんなところで会うとはな。いや、護衛仕事やってんのか。とにかく天の助けだねえ!
「この先に野盗がいるんだ! 山の中に隠れてる!」
「……おっさん、あんた俺が顔知ってたからよかったが、道で商隊止めるようなマネしたらその場で野盗扱いされて討たれても文句は言えんぞ? そうやって旅人のふりして商隊止めてから襲わせる手口は多いからな。気を付けろ」
うへえ……。
「で、おっさん一人か。ハトしか殺せねえやつが一人で旅とか無謀すぎるぞ。普通に駅馬車に乗って旅しろよ」
「……悪かった。今はそう思うわ」
「で、野盗ってのは?」
山を見上げて指さす。
「あのあたりに弓が見えたんだ。誰か隠れてる。三人ぐらいか」
「……見えないな」
「相棒が退治するって、山に登っていっちまったんだ」
「相棒? おっさんのツレか。一人でか」
「ああ」
「そいつ腕はいいのか?」
「弓の名人で四級のハンターだが」
大男が御者台の上に立って上に上げた手を大きく回す。
後続の馬車から人が降りて集合するね。あのときハンターギルドにいた奴らだよ。剣に盾もった剣士、弓持ったやつ、オネエ言葉のキモ男、おとなしそうな帽子かぶった無口な男。ハンターのメンバーかね。
次回「21.いきなり実戦とか無理だわ」