19.証拠はないけど怪しいやつ
「あの、俺が説明してもいいですかね」
「どうぞ」
バルが、やめとけ、やめとけって顔をするがまあ構うもんかね。
「俺はジニアル男爵の所で使用人をしているヘイスケってもんです。コイツとは同じエルフのよしみで面倒見ろって言われて」
「ああ! エルフのミヤコさんはお元気ですか!」
「そりゃあもう元気にしてますが知り合いですか」
「子供の頃、叔父の屋敷を訪ねるたびに、一緒に遊んでもらいました。そうかあ、見つかった旦那さんってのがあなたなわけだ。そりゃあよかった」
都子の名前がこんなところで出るなんてねえ。
「その話はまあ後で。で、うちの当主様のご見解では、奴隷狩りに奴隷売買などどれも重罪。どんな金持ちでも大商人でも今時そんなものやるやつがいるわけが無いと」
「そうですね」
「今でもそんなことをやりかねないのは貴族ぐらいではないかと」
「否定できませんね」
「で、誘拐に使われた船がここの商人ギルドで見つかりまして、その船を借りたやつというのが、まあ犯人の一味の首領ではないかと」
「……どんな奴でしたでしょう」
「黒い帽子を深くかぶって顔はよくわからず、仕立てのいい高そうな服を着て、杖を持っている初老の男で、船と川イルカの保証金を含めた金をポンと払える金持ちで、ハンターギルドのハンターと、あと野盗崩れのチンピラどもを五人誘拐に雇えるような人物ではないかと」
「……なるほど」
キリフ君がうーんと考え込む顔になる。
困った顔だ。いや、困ったことをしてくれた、という顔だろうかね。
「ちょっとお力になれません。事情はお話しできません」
ガッカリだよキリフくん、君ぜったい何か知ってるよな。
「少しお待ちください」
そう言って、キリフ君が退席する。
戻って来たキリフ君が分厚いファイルを持って来た。
「通信誌です。王国が発行します。諸領の貴族、領主に王国が政策、新法を発布するための文書です。御前会議の議事録を含みます。五年前の物です」
それを俺たちの方に押しやる。
「たまたまここに置いてあったということで、あなたたちはコレを見るかどうかはご自由に。館の外に持ち出したり、メモを取るのは厳禁です。一時間たったらそれを置いてお帰り下さい。僕は退席させていただきます」
それだけかよキリフ君。
苦笑いして部屋から出て行ったわ。
「……どうします?」
ハントが困り顔だ。
「当然見るだろ」
俺がそう言うと、「私は読み書きができません」と情けない顔になる。
「お前は読み書きできんのかよ!」
あったりまえだろバル。ちゃんと高校まで出てるし新聞も毎日読んでたわ。
こっちに来てからも読み書きはちゃんとできるって。なんでかなのかは知らんけど。
「……なんでお前使用人だのハンターだのやってんだよ。読み書きできるだけで就ける職がいくらでもあるだろうに」
「お前もな。なんでハンターのギルドマスターなんかやってんだ」
「他にできるやつがいねえからだよ」
「だったら俺とたいしてかわんねえだろ。おんなじだ。ここは領主様のご厚意に甘えてみようや」
そう言って遠慮なくパラパラとページを開く。
いろんな政策があるなあ。街道を整備しようとか、税率をどうするか、商人への新しい規制とか、耕作面積の計算方法の変更とか、役場や農協が寄こしてくる文書とよく似てるわ。
「……奴隷制度廃止についての御前会議の議事録だ。これ読めってことかいね」
「……廃止に反対してる奴は……こいつか」
バルが指さす。
「トープルスのハクスバルか。トープルスってどこだ?」
「お前そんなことも知らんのか。隣の領だよ。伯爵様さ」
「伯爵様がかよ」
「違うわ。そこの息子だよ。バカ息子だと評判だがねえ」
「伝統だの慣例だの、反対の理由が理由になってねえよ。頭悪そうだなコイツ」
更に読む。結局勇者教会が全面廃止を主張して、国王がそれを認めた形だな。
「五年前といやあもう奴隷なんか誰も使ってない時期だ。今更だぜ」
「それでも奴隷制度廃止に反対したコイツは、お気に入りの奴隷を持ってたってことになんのかねえ」
「だろうな」
結局この廃止令はその年に発布され、国内で十五名ほどの奴隷が解放されたとある。その中に……、バルが指さす。
「エルフがいるな、解放奴隷に。そいつは勇者教会の広報だ。自分たちの手柄で奴隷解放が実現したって自慢してる文書ってことになる」
その実績としてこうやってリストが発表されてるってわけかい。
「ああ、やっぱりだ。ハクスバル家から一名。メイドってことになってるが、事実上の奴隷だな。解放されてエルフのタトン村に返されてる」
「この家に、エルフにご執心のバカが一人いるってことかねえ」
「まだこれで断定するのは早いけどな」
バルがそう言うと、ハントが立ち上がるねえ。
「じゃ、ラトはその屋敷にとらわれていると!」
「……かもしれん」
「助けに行きましょう!」
「そう簡単にいかねえから困ってる。お前なあ、貴族の屋敷だぞ。どうやって調べる? やりようねえじゃねえか。間違いがあったら首を刎ねられるで済まねえぞ。ギルドにだって簡単に手出せる相手じゃねえんだよ」
「……」
さてどうする。さてどうする、さて、テレビの刑事だったらどうするね?
この場合、領主がトップだ。領主ってのは市町村で言うと、市長で、警察署長で、裁判所のトップを兼ねてる。三権まとめての権力者だ。無敵だな。
つまりこの土地では訴え出ても、相手にされないってことだ。法的な手段には訴えられないってことになる。
「……当主様……ジニアル男爵様は、確たる事実、有無を言わさぬ証拠が必要って言ってたな。そうすればもっと上を動かせると」
「伯爵様だから上は公爵か王家ぐらいしかいねえよ。あとは教会、それも大司教クラスだな」
ぎゃあああああ。なんだかよくわかんねえけど詰んでねえ?
うーんうーん、孫のシンがここにいてくれたらなあ……。
あいつだったらなにかいい方法考え出してくれるような気がするわ。
なんて言ってたかな。「マズいことほど大っぴらに。危ないことほど手続きを踏んで、許可をもらって合法的に」が口癖だった。
いやいやいや、今回その法律ってやつが無いんだよ。まったく庶民に味方してくれてないわ。
自由は無いけど、なんだかんだ言って法治国家の日本って、すごい国だったんだなと今更ながら思うわ。こんなこと全部警察に訴えればなんとかしてくれることになってるからな。
「……とにかく一度当主様に相談してみようや。これ完全に俺らの手に余る事態だわ」
「子爵様の息子の手にも余ってるみたいだが……」
「くっ、ここまでわかってコレですか……」
ハント、悔しそうだな。
……俺よりもっと頭いい奴が必要だよ。どうしたもんかねコレ。
部屋を出ると執事が待ってて、門まで送られたね。
資料は持ち出し禁止ってことだったからな。しょうがないね。
「……それは厄介なことになりましたな」
ジニアル男爵が夕食の席で頭をひねる。
「ちょっとお待ちください」
そう言って書斎に戻り、ファイルを持ってきてくれた。
「見せてもらったものはコレですかな?」
同じだよ! キリフの坊ちゃんが見せてくれたものと全く同じだよ!
なんだよ! こっちにもあるんじゃねえか!
「さすが男爵様。同じものを国からもらってんですな」
ちょっと言い方が皮肉っぽいかね。世話になってて悪い言い方しちまったか。
「田舎と言えども私も一応貴族のはしくれですからな。さて、キリフがこの記録をわざわざ多くの資料の中から選んで出してくれたということは、後は自分で考えろと言っているのではありません。コレを出すことであなたたちの質問に答えてくれたのですぞ」
「答え?」
「犯人はファンデル・ラ・ハクスバル伯爵の嫡男、ファルースです。決まりです」
「……」
周りくどい。いや、だけどなんでそうなる。
「坊ちゃんは『お力になれません。事情はお話しできません』と申されましたな?」
「はい」
「つまりそれは身内も同然の人間の所業ということを認めているに等しいのです。サープラストの私たちアルタース家、トープルスのハクスバル家、領が隣同士ですからな、古くより友人であり親戚であることもあり、同盟であり、通商相手です。特にキリフの坊ちゃんは、ハクスバル家の次男、ファアル様とは幼なじみで兄弟も同然の間柄。貴族の付き合いや身分差を越えての友人であります」
「次男ってことは、そのキリフ坊ちゃんのお友達であるファアルさんの、お兄さんのファルースが、誘拐犯の首領ってことになるんですか」
都子が紙になんか書きながら質問する。
お前サスペンス劇場見ながらいっつもそんなの書いてたよな。書かないとわけわからなくなるとか言って。登場人物相関図な。
「そうです。つまりここで犯人をファルースだと指摘してしまうのは、古くからの御友人のお兄様を犯人扱いするということです。それはできない。しかし、そのお兄様ならやりそうなことだと内心思っている。確信しているに違いないのですな。そうでなければ、こんな資料見せずにその場でみなさんに帰ってもらったはずなのです」
ファイルを一冊置いていくだけでそこまで考えてあったとは……。
坊ちゃん、やるなあ。
「それで、どうします。犯人が分かっても手を出せないんじゃ、どうしたらいいんですか?」
ハントが泣きそうなんだけど。
「証拠が必要です。なんとか証拠を」
「手詰まりだね……」
「……」
「このハクスバル家のファルースという男はですな、もう三十過ぎのくせに未だに独身で、甘やかされて育ったせいでワガママでどうしようもない遊び人でしてな、領地の美女をムリヤリ愛人にしたり、評判がよくありません。キリフと幼なじみのファアルさんは側室の子で次男ですが、こちらのほうが真面目で、領経営にもよく励んでおり、ファアルさんを次期当主にという声のほうが多いぐらいです。ファアルさんは一応お兄様を立てておりますがその放蕩三昧には手を焼いているようですな」
……面倒な奴だな。
「トープルスの現当主、ファンデル・ラ・ハクスバル伯爵は大変立派な方です。領民への愛情深く、貴族の義務を心得ており、国王の信頼厚く尊敬できるお方です。そのような方からあのような息子が生まれることもある意味不幸なのかもしれませんな」
なるほどねえ……。
「芸能人の息子もろくでもなく育ったりするからねえ……」
いや都子その感想はこっちの人にはわからんと思うわ。
「で、どうしますね」
「それではですな、ヘイスケ、ハントさん、お二人にはお暇を出しますぞ。どうぞトープルスに向かって、手掛かりを探してください」
えええええええええ。
次回「20.敵の本拠地に行ってみるか」