17.誘拐事件の黒幕
「うわあ、ずいぶん儲けたねえ!」
都子は単純にコロコロ喜んでんな。まああんなもんと戦闘してきたと言ったらすぐ止めさせられるから余計なことは言わないでおこう。
金は全額都子に渡す。
どうせ銃も弾も都子の魔法のかばんからしか買えないんだ。俺が持っててもしょうがないね。万が一俺が死んだりしても、有り金全部都子に持たせておけば間違いないしな。
帰ってから日が暮れるまでに馬の世話をやっちまわなきゃならん。さっさと仕事にかかる。
仕事が終わって手を洗おうと井戸に行くと、都子とパールさんが水瓶持って屋敷の角で隠れてる。
「なにやってる」
「ひゃぁあああああああ!」
都子たちがびっくりして妙な悲鳴上げるから、見たら驚いたね。ハントがすっぽんぽんになって井戸から水を汲み上げては頭からバシャバシャかぶってるよ。
いやあ若いし背は高いし、色白だし細いのに筋肉はしっかりついてよく鍛え上げられているし、ギリシャ彫刻みたいだ。こりゃあ女はたまんないね。いい年してのぞき見のひとつもしたくもなるってもんかい。
「都子……お前なにやってんだか。歳考えろ」
「いや夕食に水汲みに来たら使ってるからさあ、出るに出られなくて、終わるの待っててさあ……」
「パールさんも」
「たまんないわあ」
あんたもかい。
「じゃあ俺が汲みに行ってやるよ」
そういって都子の手から水瓶取ろうとしたらなぜかがっしり持って離さねえ。
「ちょ、なんで嫌がる」
「わちの仕事だし!」
「それ口実にいつまでも眺めてんじゃねえよ!」
そうして都子を引きずり出すと、ハント、気が付いてこっちに向いたねえ。
「あ、ただいまミヤコさん、井戸をお借りしてます。もう終わりですから」
そう言ってこっち向いてメチャメチャ爽やかな笑顔でニカっと笑う。
エルフって恥ずかしいってことを知らんのかね!
丸出しだわ! 丸見えだわ! 隠せよ!
都子とパールさん……。
なにその顔。
急に興味が無くなったようにそそくさと立ち去るパールさん。
ずかずかと井戸に歩み寄り、さっさと桶を井戸に放り込む都子。
体を拭きながら、ハントが不思議な顔して都子を見る。
「どうかしましたか?」
「ちっさ……」
大変お粗末だったけどな、アレまでギリシャ彫刻みたいだったけどな、大きなお世話だろ。それは言ってやるなよ都子……。
エルフってみんなそうなのか?
俺は違うよ? 一緒にすんなよ。
その晩は都子に違いをタップリと教えてやって、朝。
使用人の朝は早い。今はもう都子と一緒に日が昇ってすぐに起き、馬の世話から始まる。ハントが藁の上で毛布巻いて寝てる横で馬の寝藁を替えたり、干し草や餌を飼葉桶に配ったり、水を汲んでやったりと馬の世話を一通りだ。まあ三頭しかいないからすぐ終わる。ハントの寝藁も替えてやろうかね。
「今日はどうするね」と一同で食事をとりながら話を聞く。
当主さんはいつも自室の書斎で食事をとっていたが、今日から食堂の大テーブルで当主さんに使用人全員、それにハントも交えて一緒に朝食だ。
なんちゅうか、会議? 情報交換も必要だからな。
つまり当主さんはこのハントの妹さん捜索にノリノリってこった。
みんなで意見交換して知恵を出し合って事に当たろうってことだな。
「おかげさまで昨日、ヘイスケさんの協力もあって狩りでだいぶお金を稼ぐことができました。普通に飲み食いして安宿でしたら一か月は滞在できるぐらいのお金だそうで」
「いや、それはもったいない。我が家にいつまでも逗留してもらって構わないですぞハントさん」
相変わらず人がいいな当主さん。
「まず紹介状を書きました。本家サープラストは私の兄が領主でしてな、そちらに協力を仰ぐ……のはちと難しいかと思います」
「はあ」
「キハル・ド・アルタース子爵と申しますが、金にがめつく欲深く貴族風を吹かせて鼻持ちならないところがあります。まあ普通の貴族です。領民、ましてや領民でさえないエルフのことなど知ったことかと言うに決まっておりまして」
「はあ……」
ハントが暗い顔になる。
やっぱりそうなのか。この当主さんいい人すぎるとは思っていたが、この世界そんな人じゃあ出世もできないのかもしれないわな。こんないい人がこんな田舎村だけ任されてるのはそのせいなのかねえ。
「ですが、そのかわりキハルの息子のキリフは大変に良くできた男です。まだ十代ですが、領内のことも、父親が面倒がって手を付けないようなことにまでよく手を回して評判の良い、期待の跡取りですな。まだ若輩ではありますが、事情を聞けば必ず力になってくれるものと思われます。そちらへご相談なさるのが良いでしょう。これをサープラスト当主の館で門番にお渡しください」
そう言って封書を渡してくれる。
親より息子のほうが信用できるって、どういう家なのかねえ……。
「ありがとうございます。感謝いたします」
ハントが立ち上がって頭を下げ、両手で封書を受け取るんだよなこれが。
礼儀正しく爽やかでよくできた男だよ……。
「そちらはどうかな? なにか進展はありましたかな?」
「はい、引き続きハンターギルドの方で、誘拐に加わっていたハンターの線から情報を集めてもらうことになってます。他民族の誘拐に手を貸すような行為、ハンターギルドでも永久追放になるような大罪だそうで、一応調査するとギルドマスターにお約束をいただきました」
いつの間に……。
まあ帰り二人で馬を並べてなんか色々話してたからな。
すっかり仲良くなっちゃって、なんなんだよ。危ないとこでも助けてもらったのかね節穴バル。
「ではそちらは今後毎日サープラストで情報収集ですかな」
「はい」
「いいでしょう。早く妹さんの手がかりが掴めることを祈っていますよ」
はあ、よかった。これで俺もこいつのお守りから解放されそうだわ。
「ヘイスケ」
「は」
「しばらくヒマを出しますぞ。ハントさんに付いて一緒に捜索の手伝いをしてあげなさい」
えーえーえーえーえー。
なんでだよ。俺こっちの仕事も山ほどあるんだけど……。
「いや、こっちの仕事もありますし……。その、午前中だけというわけには」
「うーむ、そうですな。ハロンもやっと人手が増えて助かってるところですしな、まあそこはヘイスケの自由裁量で、好きなように時間を使ってよいですぞ」
「ありがとうございます」
嬉しそうにすんなハント。いい迷惑だよ俺は。
人がいなくて兼任ってのはよくあるけどよ、兼任にしたからって、二倍働いてくれるわけじゃねえよ? 両方半分ずつしかできなくなるんだよ。孫のシンなんか役場でいくつ兼任させられてたかねえ。頭良くてなんでもできる分、器用貧乏だったよアイツは。
「ハントさん、プレゼントよ」
そう言って都子がキツネの帽子を出す。
「街にいるときはこれかぶって耳を隠してね。エルフだとわかるといろいろと面倒だから」
「あははは! ありがとうございます! なんだか子供みたいですね!」
帽子の後ろにフラフラしてるキツネのしっぽに大喜びだね。
俺とおそろいかよ。気持ち悪いわ……。
「あと作業服もね!」
こっちの農民、労働者が着てるような普通の服だな。ハントの着てるのは俺が見つかった時着てたようなボロボロのつぎはぎよりはずっと上等だが、まあこっちの人間が見ればすぐエルフとわかるようなカッコだもんな。
まずハンターギルドだな。一応金になりそうな駆除の依頼がないかチラっと掲示板を眺めておく。
俺はこのワニとクマの駆除ってやつが気になってしょうがないんだよ。
ワニは買取が金貨十枚。クマは駆除金貨五枚、買取が十枚だからな。
大儲けだろ。北海道じゃクマ獲っても報奨金が一万五千円。肉も皮も売れないから大違いだよ。こっちの連中、クマのキモが薬になるとか信じてるのかもしれないな。
「……ハンターのアランの行方は不明。一緒に行動していた男たちはハンターじゃなかったと」
「ああ、この街にいたハンターはみんなその頃は別の仕事してたからな。依頼票見直したらそれぐらいはわかる。一緒にいたのはたぶん野盗崩れかなんかのロクデナシだろう」
「川イルカを使ってたんです。それから何か手掛かりは掴めませんか?」
「商人ギルドにも話を聞くか。船頭に頼まれた奴がいるかもしれん」
そんな話を節穴バルとハントがしてる。
「川イルカは商人が運河を船で運ぶのに使ってる。この街ではほとんどが商会が所有してる。旅商人は船を使う時はレンタルもするはずだ。お前商人に知り合いはいるか?」
「ムラクさんという方が行商にトコル村を年に数回訪れます。その方でしたら顔見知りです」
「商人ギルドに行って聞いてこい。隣だ」
「わかりました、行きますよヘイスケさん」
「ちょっ、あの、俺このクマ獲りたいんだけど……」
「後にしましょう。妹が心配です」
ハンターギルドの横に商人ギルドがある。
ハンターよりでっかい建物で羽振りがいいや。相手してもらえんのかね。
人がいっぱいいるホールをずかずかと全然気にする様子もなくハントが進んでいって、カウンターのおっさんに声をかけるね。度胸あるわあ。
「失礼します、行商人のムラクさんに会いたいんですが、今こちらに戻って来ていますかね」
「ムラクか、今ちょうど裏の桟橋で荷物の積み下ろしやってるはずだよ。さっき仕入れの注文聞いたばかりだから」
「よかった、運がいい」
旅の行商人だもんな。いないことのほうが多いだろうさ。
薬屋みたいなもんかねえ。うちにも年に何回か置き薬の薬屋が来て、腹薬とか頭痛の薬、風邪薬や湿布やオロナインとか置いていくよ。助かってるわ。
裏に回ると桟橋で頭に風呂敷みたいな布巻いた髭もじゃのおっさんだったね。
「ムラクさん! お久しぶりです!」
「ハントじゃないか! よくこんなところに来たな!」
知り合いか。まあそう言ってたな。
「いったいどういうわけかね。エルフがこんなところまで出てくるなんて」
「後で話をさせてください。手伝いますよ」
そう言って、ハントがさっさと荷物を抱えて船に向かう。
「……これ俺も手伝う流れかね」
「当然でしょ。頼みますよヘイスケさん」
そんなわけで、俺も汗だくになって手伝って、さっさと荷下ろしと積み込みを終わらせて、ムラクとちょっと早い昼飯だね。
「ラトちゃんがさらわれたのか……いやいやいやいや……」
茶屋のテーブルをはさんで向かい合う。事情を聞いてムラクも沈痛な表情になるわ。
「キャンデーが大好きでな、塩バター味だ。あんまりかわいいんで俺もタダで上げちゃったりしたからなあ。あんな子が奴隷狩りに……」
「何か手掛かりでもと思いまして」
「あったりまえの話だが俺ら商人はそんなことには手を出さん。商人ってのは信用第一だ。カネなんて無くても信用があれば商売はできる。だがカネがあっても信用が無ければ商売なんて一切できないからな。信用は商人の命だよ。だからそんなことにかかわっている商人はいるわけない。俺も国王の五年前の奴隷廃止令以来、奴隷の売り買いの話なんて聞いたことも無い。奴隷狩りもな」
「そうですか……」
「だが、この辺でエルフ村の様子をいろいろ聞きたがってたやつはいたな。俺も酒場でハンター風の男にうるさく聞かれたよ。エルフ村は川からどれぐらいの距離だ、何人ぐらい住んでいる、船はどこに着けたらいい、おっかねえやつらはいるのかとか」
「誘拐犯が事前に調べそうなこと丸出しだなそいつ」
隠す気あんのかね。
「ハント、この方は?」
「ヘイスケさんと言いまして、ジニアル男爵様の使用人をしているエルフの方です。いろいろお世話になっております」
「エルフだってえ!? 俺はこれでもけっこうあちこちのエルフ村回ってるが、失礼だが俺はあんたみたいなエルフ見たこと無いよ! 本当かね!」
ハントが俺のキツネの帽子をスポンと上に脱がして耳が出る。
やめろって! お前いつもそれだな!
「……どこの村だね?」
「訊かんでくれ。俺にもいろいろ事情ある」
「そんなツラじゃあ事情もあるわな……」
大きなお世話だわ。話を戻してくれ。
次回「18.領主の息子はデキがいい」