16.鬼退治
「ほら、行け!」
一瞬、銃のあまりの大音響にまったく動けなくなったバルとハントの体をパンパンと手のひらでぶっ叩いて正気に戻す。
バルが剣を抜きながら斜面を駆け下りる。
ハントも弓を引きながら斜面の途中で止まり、弓を放つ。
一匹、首を射抜かれて倒れ、悶絶しとるわ。まあ弓じゃ即死はないか。
俺は銃口を上に向け、今度はバックショットを四発シャキシャキと詰めながら、歩いて斜面を降り、バルとハントの後ろに回る。
槍持った小鬼がぎゃーとか声上げながら突っ込んで来たんでそいつの腹を薬室に入ってたスラッグでぶち抜く。
ハントが二矢目を引き絞ってもう一匹の胸を射抜いた。
一匹バルに槍を投げたんでね、そいつの頭を狙って今度はさっき詰めたバックショットで撃つ。頭にぼつぼつと穴が開いて後ろに倒れる。距離があると頭が吹っ飛んだりはしないわ。
バルは飛んできた槍を剣で払いのけてたね。やるもんだわ。
残り二匹。洞窟に逃げ込もうとしたんで適当に足を撃つ。
すっ転がって倒れたね。
銃口をそいつらに向けたまま、バックショットを追加でまた四発詰めながら歩いて近寄って、二匹の胸をドォン! ドォン! と撃ち抜く。
気持ち悪いなあ……。体は裸のサルなのに頭は小さくて、赤い肌で裸で、ちん〇丸出しで、見た目がものすごく気持ち悪いんだよ。どう見ても人間じゃないから撃てるけど、あとで夢に出そうだね。
弓で射られた奴、腹を撃たれた奴は倒れたまま呻いているな。
さっさと楽にしてやるのが猟師の慈悲ってやつだ。バックショットを数メートルの距離で胸を撃ち抜く。
「……終わりかね?」
「……なんだその武器」
バルが今更のように目を丸くして俺を見るね。
「散弾銃」
「……クソエルフ、卑怯な武器使いやがって」
「猟師に卑怯も何もあるか。次クソって言ったらお前本当に撃つからな」
洞窟の前では丸太が組まれてごうごうと火が燃えてた。
上に乗っかってるのは死体かな。ひええええええ……。
「……エルファーだな。やられちまったか」
バルがつぶやく。ああ、一人やられたって言ってたな。
火葬にしてくれたとも思えんし、まあやっぱり焼いて食われるところだったというわけか……。
バルがその木組みから火のついた手ごろな丸太を一本ずつ引っ張り出し、ハントに渡す。
「俺たちは洞窟を見てくる。お前はそこで見張ってろ」
へいへい。洞窟の中で銃ぶっ放したら難聴になるわな。
数えてみるとやっぱり九匹いるな。
そこら中血だらけで凄惨だわ。北海道だと開けてるからこんなに接近して獲物を撃つってのはまずないな。俺としてはキツネを撃つ感覚に近かったか。ゴブリン、人間ぽい姿かたちをしてるからすげえ悪いことしたような気がしてしょうがないわ……。サルの駆除って、こんな感じかねえ。北海道にはサルいないからな。
しばらく待ってると犬が集まって来たねえ。
がるるるるるって、けっこうデカい犬だ。
野生の犬かな。ゴブリンの血の匂いに誘われたか。犬ぞりレースに使うハスキーとよく似てるわ。
死体に噛みついてる。
ドォン! って上に向けて撃ったらみんなびっくりしてこっち向いたね。
ガルルルルル! ってこっちに敵意丸出しで睨んでくるから一発、群れの中に撃ち込んでやったらキャンキャンって鳴きながら全員逃げたわ。
バルとハントが慌てて戻って来たね。
両手にゴブリンの首ぶら下げてる。洞窟に残りがいたか。三匹だね。
全部で十二匹ってことか。
二人がかりで三匹斬って来たってことかい。やるねえ二人とも。
「残党いたか?!」
「いや、犬が集まって来たんで追い払った」
「犬じゃねえよそれオオカミだ。そんなことも知らんのか」
狼か……。北海道にもエゾオオカミいたが、絶滅しちまったな。
アレは根気よく絶滅させたって言うほうが正しいか。
明治から戦前まで、家畜がよく襲われたから、賞金かけて獲ってたらしいねえ。だから俺もオオカミは見たこと無いんだけどな。さっき見た感じじゃどこからどう見ても野犬だな。
「三匹残ってたか」
「ああ、全部コイツが斬った。剣の腕も大したもんだよ」
そう言ってバルがハントを見るが、そうかあ? なんかチンパンジーをイジメていい気になってるいい大人って感じすんぞ俺は。
そんなに怖い相手かねえゴブリンて。ま、あれが集団で槍投げてきたら俺だって逃げるわな。舐めたらいかんか。
バルがゴブリンの死体から両耳をスパスパとナイフで切って、袋に入れていく。討伐証明だとよ。
北海道でも鹿やキツネ獲ったらしっぽ切って持ってこいってことになってる。一頭で写真何枚も撮って報奨金ごまかして取ってたハンターがいたせいでそうなった。
一人そういうズルいことをやったりヘマすると制度が変わってハンター全員に迷惑がかかるんだよ。銃刀法が改正されてより厳しくなることだってある。ミスや不正が一人のことで済まなくなるんだ。だからハンターは全員、法を守るし、マナーも守る。当然だ。
守れねえやつはさっさと辞めてもらったほうがいい。ハンターってそういう世界だ。仲間内でもなあなあは許さん。それがハンターだ。
ジジイだからって適当にズルして陰でコソコソ悪いことしてるハンターなんていねえんだよ。よく言われるみたいにな。そういう誤解はなかなか無くならないねえ。
「やるなあハント! 戻ったら五級、いや四級に上げてやるぜ。俺の推薦だ」
節穴バルがばんばんとハントの肩を叩く。いつの間に仲良くなってんだよお前ら。
「おいクソエルフ」
ジャキッ、チャッ。
「……チビエルフ、いや、なんつったか」
「ヘイスケだ」
「お前もだ」
「そりゃどうも」
ギルドに戻って馬を返し、カウンターに行く。
若い連中まだ残ってたね。
「エルファーは残念だった。全部始末してきたから復讐は考えんな。お前らチーム・エルファンは三か月資格停止。ゆっくり傷を治せ。それだけだ」
泣き崩れるねえ若い連中。仲間を失って残念だろう。
だから狩猟は安全第一、事故無く無理せず違反ゼロって口をすっぱくして若い奴らにもいつも言ってることだ。
危ないことはやったらダメなんだよ。まあ骨身に染みただろうがな。
「事務所に来い」
そう言って、節穴バルがカードにスタンプ押してくれたねえ。
ポイントカードかね。どこの店でもポイントポイントってうるさくて面倒で俺は作ったことが無いけどな。それ思い出してなんだかウンザリするねえ。
「四級ですね」
「……なんで俺は五級なんだよ」
差つけられる意味がわからん。
「あのなあヘイスケ、お前そんなの使ってんのが大っぴらになったら大変なことになるぞ? 領主やら貴族やら金持ちやら軍人やら、面倒な奴がお前を利用しようとわんさかたかってくるぞ? 面倒なことになるよりお前はそれでド田舎村でシカでもクマでも獲ってたほうがいいじゃねえか? 違うか?」
言われてみりゃあその通りだ。
「しかしヘイスケさんそれいったい……。エルフにもそんな魔道具は……むぐっ」
面倒なんてハントの口をふさぐ。
せっかくエルフの物ってことになってんだから余計なこと言うな。
「約束の今日の報酬だ。こういう報酬は領主が出すもんだが、話するヒマなかったからギルドから立て替えといてやる。このことはこれで終わりだ。後で何言ってきても減額も上乗せもしないからそのつもりで」
そう言って革袋で金貨を二十枚ハントにくれる。ま、いい儲けにはなったか。
「またなんかあったら頼む」
「腕のいいハンターはいないのか?」
「一級とかはお偉いさんや大商人とかキレイどころに雇われて王都暮らし。二級は金目の大仕事しかやらねえし、三級四級は護衛仕事で西東、五級だの六級だのは大仕事やるの夢見てカネにがめつくて面倒なんだよなあ」
「ハンターってやつはお役に立ってなんぼだろう」
「そんな昔気質のハンターは今はいないね。……お前変わってるな」
ふうん。なるほどなあ。
日本にもハンターは儲かると思ってる奴はもういないわ。
儲かるんだったら若い奴らがもっと入ってきていいはずだろ? 銃砲所持のハードルの高さとか責任の重さとか、実際やってることはボランティアだとか、そういうのを知るとみんなやめちまう。増えないね。現状放って置いたらそのうち日本からハンターは絶滅するんじゃないかと思うわ。
「近隣で農家からの駆除仕事がいっぱい溜まってる。お前らコレ片っ端からやってくれないか? 五、六人のハンターチームでやらせるには報酬が安すぎる。一人でやるには面倒すぎる。ちょうどいいチームがないんだよ」
「ハントにやらせろよ。カネが入用なようだしな」
「お前も協力しろよ」
「俺はジニアル男爵様の使用人だ。それで食ってる」
「ハントじゃ無理なやつもあるだろう」
……そりゃそうか。弓と剣じゃな。
「……わかったよ。今まで通り週末だけな」
「頼むわ」
まあなんにせよ今日の仕事はもう終わりだ。
「山分けでいいか」
「はい」
そう言うとハントが金貨を十枚くれるよ。
猟協会でも合同駆除やれば、誰が倒しても報奨金は山分けだ。例外は無い。
これ倒した奴が多く取るとかやると絶対競争になる。そうすると必ず事故になる。平等にしときゃ頑張りすぎるやつもいなくて、無理する奴もいなくて慎重に、安全に狩りができる。そういうもんだ。
「今回のことは女房には絶対ナイショだ」
「ミヤコさんに自慢しないんですか?」
「心配してもう弾買ってくれなくなるわ。今日はシカ五頭獲ったってことにしといてくれや」
「弾? まあそういうことなら……。ヘイスケさん奥さんが怖いんですね」
「怖かねえけど、心配かけたくないんだ。ハンターだったら誰でもそうだろ」
「エルフじゃ猟の腕自慢が一番モテる話ですが」
「それ女にすると一番嫌われる話」
「ヘイスケさんたちってやっぱりエルフじゃないんですねえ」
だから言ったろ。北海道出身なんだよ俺は!
次回「17.誘拐事件の黒幕」




