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14.面倒くさい説明は女房に任せるに限る


「ハントさんは? もしかしてこのヘイスケさん御夫婦を探しに来られたとか?」

 いやそれはない当主さん。俺たちエルフなのは耳だけで、エルフの知り合いとかいないから。

「いえ、私はヘイスケさん夫妻に面識はありません。こちらに来たのは別の用事です」

「ふむ、確かにエルフにしてはその……まったく種族が違うようにお見受けしますな。で、どのような用事かと」

 悪かったな。確かに俺も都子も見た目は耳が長いだけでコッテコテの日本人だわ。大きなお世話だっちゅうの。


「私はトコル村の者です。御承知かと思いますが川上にある人間の街に一番近いエルフの村の一つです。そこに人間の野盗が現れ、桟橋で遊んでいた私の妹を船で誘拐していったのです」

「野盗が誘拐とな!」


 全員、凍り付くわ。

「もちろんすぐに後を追ったのですが、相手は川イルカで船を牽かせていたもので、見失ってしまいました……。なんとか一人、射殺(いころ)すことはできたのですが、その船から落ちた野盗の死体が持っていたのがこの街のハンターカードでして」

「ハンターが……」

 さっき節穴バルが持ってったな。アランとか言ったか。


「それで、さらわれた妹さんを探しにと」

「そうです」

「ぐずっ、ずびびび――――っ! なんという兄妹愛だ。危険をも顧みずこのような人間の街にたった一人で、素晴らしい勇気だ! 感動いたしましたぞ!」

 また始まった……。都子が綺麗に刺繍したハンカチが台無しだよ当主さん。


「こちらのヘイスケも故郷を捨て、放浪の旅を何年もさまよって、生きているのか死んでいるのかもわからない奥様のミヤコさんを探し続けて、ついにここにたどり着いたのですぞ! 希望を決して捨ててはいけませんハントさん、必ず、必ずその妹さん、見つかるに決まっています。私も力の限り協力いたしますぞ!」

 なんか話すげえ盛られてるんですけど。

 でもやっぱりいい人だわこの当主さん。


「ヘイスケ、この方に協力してあげなさい。いくらでもこの館にいてもいい。滞在してくれている間は便宜を図ってあげなさい。あなたも家族を失った悲しみ、それを取り戻すことができた喜び、誰よりもこの方の理解者になれるはずです。力の限り役に立ってあげなさい」

 ぎゃああああああああああ。

 いやいやいやいやいやいや。そういうのいいわ。

 俺ここで静かに無難に暮らしたいわ。

 面倒事は避けたいわ!


「で、妹さんっていくつぐらい?」

 都子が意外と乗り気なんだよな。サスペンス劇場じゃねえんだよ。俺の立場にもなってみれ。

「八歳です」

「え、じゃあエルフだと人間の半分ぐらいの年だから見た目、四歳!?」

「いやいや人間の八歳と変わらないはずですよ。エルフは十六〜十八ぐらいまでは成長する早さは人間と同じぐらいです。ご承知無いんですか?」

 なるほどね。動物はいかに繁殖可能年齢を早くするかが寿命より大事だもんな。

 これが長い動物は簡単に滅ぶ。三十過ぎまで子供が作れない生き物なんてどう考えても絶滅まっしぐらだわ。そこはエルフも同じってことか。

「ハント、お前は何歳なんだ?」

「二十二歳です」

 孫のシンと同じぐらいか……。


「ちなみに俺は何歳に見える?」

「え、エルフなら七十ぐらいだと思いますが……」

 やっぱりそうか。俺はこっちじゃ三十半ばに見えるらしいが、年齢の感覚がだいぶ違うな。

「都子もそう見えるか」

「はい、私の祖母がちょうどミヤコさんぐらいですね」

 都子も三十路に見えて中身は七十のババアなんだよな。

「私の孫ぐらいかあ……しんちゃんもきっと、こんなかっこよくなってるわね。見たかったわあ……」

 いやあシンは可哀想なぐらい俺の若い頃にそっくりだったね。背もほとんど変わらんよ。悪いけどあれはモテそうにないなあ。

「みっ、ミヤコさん孫がいるの!」

 食堂騒然となる。

「ちがっ、いや、違う違う。もし孫がいたらって話! いないから!」

 都子……。そこまでして若作りしたいかよ。


「妹さんは人間でいうと八歳ぐらいの見た目のエルフの女の子、金髪で目が青くて耳が長い、それでいいですかな?」

 当主さんが確認する。

「はい、そのとおりです。兄妹ですからね、私と似ています」

 こいつの妹ならまずやたらめったら美少女だろうなあ。

「昔、奴隷がまだ認められていた頃、貧しい家の娘、他種族の娘を奴隷にして慰みものにすることはあったはずですな。今は奴隷は完全に禁止されていて重罪なのですが」

「……どこかで妹が(はずかし)められているということでしょうか……」

 ハントの顔がゆがむ。

「八歳だとさすがにそれはないと……。それに奴隷は生かしておいてこそ価値がある。殺されてしまうこともないし、今はまだ安全なはずですな」

「昔はどうやって奴隷の売り買いをしていましたか?」

「奴隷商がいて金持ち相手に競売をしていましたな。私が生まれる前の勇者が、『奴隷制度は野蛮だ』と、その教えを勇者教会を通して広めてから奴隷を使う貴族はほとんどいなくなってね、犯罪者や他種族を奴隷として認める慣例だけがわずかに残っていたが、それも五年前に完全に撤廃されましたな。現王の決断で」

 勇者ってどういう存在なのかねえ。奴隷制度があたりまえの世の中で奴隷反対を言い出すのはなかなか勇気が要ったろうに。だから勇者なわけか。


「ではもし妹を見つけることができたら、それを取り返しても誰も文句は言えないと!」

 ハント、ちょっと希望が出てきたか?

「言えない。言えるわけがない。重罪ですからな」

「見つけ出して訴えれば良いと」

「いま妹さんを手中にしている人物が単に金持ち、俗物のたぐいであれば、領主が開放を命じたり罰することができるでしょうな」

「おお……」

 当主さんが手を押さえるように、首を振る。まだ早いというように。


「しかし、逆に……」

「逆に?」

「領主、貴族の手元にあるのだとしたら、話は難しくなります」

「……」

「権力と金にあかせて内密に奴隷をかこっている。ありえない話ではありません。そうなるとそれを命じ、罰することのできるのは貴族より上の者。国王か、教会となりますか。それには確たる事実、有無を言わさぬ証拠が必要になります。間違いがあったら大変な不名誉、名誉棄損になりますからな。また今どき奴隷のような犯罪をわざわざ犯す富豪、商人もおりますまい。貴族の線は当たらねばなりませんな」

「……面倒だなそりゃ」

「私が知り合いに頼んでみましょう。最近、エルフの少女を手に入れた輩がいないか、調べてもらうように。妹さんの名前は?」

「ラトと言います」


 気の毒すぎる話だな……。めんこい盛りだよ。

 その後、せっかくだからと持ってきたワインを当主さんがみんなに注いでくれたが、歓迎でもなく喜びもなく、ちびりちびりと静かなもんだったね。


「ハント、寝る前に話がある、もうちょっと付き合え」

「はい、お付き合いしますよ」

「エルフ同士お話したいこともあるでしょう。私達はこれで失礼しますよ」

「申し訳ありません。ありがとうございました」

「いえいえ。領民、市民、旅人の保護。これも当主の努めですからな。ではよい夢……。妹さんを無事に取り戻す、幸せな未来の夢を」

「ありがとうございました」

「お休みなさいませ当主様」

 一同、礼を言って退席してもらった。



 都子がパンの耳に砂糖と練乳を塗って焼いた菓子を出す。ラスクというらしい。

 こういうの今はコンビニでも売ってるのは俺も知ってる。美味いよな。

 それをつまみに、残りのワインをちびちびやる。

「都子、こいつに今までのこと全部話してくれや」

「今までのこと? どのへんまで?」

「全部だ。俺たちはエルフじゃない。それはこいつにすぐバレる。隠せない」

「エルフじゃないって!!」

 ハント驚愕だね。そりゃびっくりするわな。


「でも……どう見ても……いや、言われてみれば耳ぐらいしかあなたたちはエルフに見える部分は無いが」

 コッテコテの日本人だからな俺たち。耳以外は。


「そうね。わちらエルフのことなんてなんにも知らんもんね。この子の前でわちらエルフなんて言ってもおかしいことだらけだもんね。疑われる方が悲しいわあ」

「エルフじゃないんだったら、いったい……」

「わちら元は人間なの」

 それから都子は人間だったこと、地球の日本の北海道の馬稲(まいね)町ってところに住んで農家やってたこと。ここよりもずっと発達した世界だってこと、そこで死んで、女神さんに導かれてこちらの世界でエルフとして生まれ変わったこと、俺が死んでおんなじようにこっち来たこと……。


 いやあもうしゃべるしゃべる! いつまでしゃべんだよ!

 女ってホント喋りだすと止まらねえな! その話関係ねえだろって話まで延々と、もう何言ってんだかとにかく情報量多すぎるわ都子!

 息子のこととか嫁のこととか孫の名前とかどうでもいいわ!

 都子にしてみれば誰かに言いたくても言わずにずーっと我慢してたことだからな。それ思う存分喋れるのは十年こっちにいてこれが初めてだろうからな。

 そりゃあ話も止まらんわ! オバサン丸出しだぞ都子……。


 ハントは目、白黒してその話を全部聞いてる。

 俺はどう説明したらいいもんかずっと困ってたから、全部都子に任せられて楽でいいがな。

「はあ、わかりました。とても信じられない話ですけど、作り話にしては出来過ぎてるし、こんなウソを長々と喜んで話せるわけがありませんし……ふわああ」

 そういってあくびする。

 あー、カヌー漕いで川下って、初めて人間の街来て、こんなところまで走らされてだもんなあ。


「都子、そろそろ寝かしてやれ。疲れてるだろ」

「あーそうねえ! ごめんね。ばあさんの長話つきあわされて退屈だったでしょ」

「いえいえ、興味深かったです。それにいろいろ納得もいきました。ありがとうございます」

「当然だが、このことは全部誰にも内緒だ。この屋敷の人間も一人も知らない。俺も都子も記憶喪失で自分達の昔のことはなにも覚えてないってことになってるから、それで頼む」

「了解です。気をつけます」

「悪いが今日は寝場所がない。馬小屋の(わら)でいいか」

「はい」

「都子、毛布あったら出してやれ」

「はいな」


 そうして、馬小屋まで案内して、俺たち夫婦は丸太小屋に戻った。


 しかし、奴隷がダメって認識が広がってからも、それが法律で完全に禁止になるには長い時間がかかるもんだな……。

「都子、リンカーンが奴隷解放宣言したのっていつだっけ」

「1862年」

「よく覚えてんなそんなこと」

「あなたと一緒に『風と共に去りぬ』見に行ったべさ」

 そうだったか。全く覚えてないわ。

「黒人に人権が与えられたのがケネディが暗殺されて大騒ぎになった頃だから……」

「いやそのずーっと後よ。1970年ぐらいだと思う。ほらアポロが月に着陸した次の年ぐらい。黒人にも選挙権が与えられたってニュース」

「月にロケット飛ばすほどの技術があったのにまだ人種差別なんてやってたのか。アメリカって国もおかしな国だよな。進んでんだか遅れてんだか」

「あなたその時も全く同じこと言ってたわよ。わちそれで覚えてたんだから。そう考えると、奴隷制度をやめてから人種差別がなくなるまで百年以上かかったってことになるねえ……。人種差別がなくなるには、奴隷制度を覚えてる人が全員死んじゃうぐらいの時間がかかるってことなんだべさ」


 あの節穴バルが俺たちに「クソエルフ」だの「バカエルフ」だの言うのはそれもあんのかねえ……。屋敷の連中がみんないい人でホントよかった。


「そういやお前が死んだあと、アメリカの大統領、黒人になったぞ」

「うそお!」

「ホントだって! オバマ大統領!」

「……アメリカも少しずつ良くなってるってことかしら」

 いやあそりゃわかんねえよ。その次の大統領見たら。げふんげふん。


 俺もクタクタだ。その晩はそのまんま静かに寝たよ……。



次回「15.ハントの初仕事」

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