12.異世界の害獣はなんだかヘンだ
パルトンに帰ってもらって、面倒だから厩舎のわらの上で寝てたら都子来て起こされたよ。
顔にもエプロンにも血が付いていて包丁持っててびっくりしたわ!!
「なっなっなっなんだその恰好!」
「みんなであなたが獲ってきたシカ解体してんの。当主様がお呼びよ」
「お前もやんのかよ!」
若いとき俺がシカ獲ってきたのを庭で解体してたらそれ見て絶叫したよなお前。
「二度とやらないで!」って怒って、あれから解体全部よそでやんなきゃいけなくなって面倒だったわ。せっかくの肉もなかなか食わなかったよなお前。
「こっちの世界じゃお肉って貴重なのよ。冷蔵庫も無いから保存もできなくてすぐ腐っちゃう。だからシカとか牛とか食べるときは、農家さんにみんな来てもらってその場で分けるのよ。今日は三頭だったから大掛かりなの」
「お前解体できるの?」
「それぐらいできるようにならなくちゃ、こっちで料理番は務まらないべさ。これからしばらく三食シカ肉料理よ。味噌漬けにも干し肉にもソーセージやハムにもするけどね」
「お前シカ肉嫌いだったよな」
「こっちでは肉ってすぐ腐っちゃうんだから贅沢言わずさっさと食べないと」
いや血の付いた包丁フリフリしてそういうこと言うのやめて。
……たくましくなったな都子。さすが俺の女房。
解体現場に行ってみるとみんな内臓まで引っ張り出して大騒ぎだわ……。
解体してるのが全員農家の奥さんなんだよ。男の仕事じゃないのかねえ。
そりゃあ都子もたくましくなるわ。北海道の猟師の奥さんだったら絶対やらないねこんな仕事。
「あなたモツ捨ててこなくてよかったわ。心臓も肝臓も食べるし、腸でソーセージ作るから」
なんかげんなりするわ……。
ハンターやって動物殺して、死体を切り刻んで、それを食う。
そのことに抵抗を持ったり、罪悪感を感じるかと聞かれたら、「最初の一回だけ」じゃねえかな。若いやつが猟協会に入ってまず一番最初に心配するのがソレだ。「俺に解体なんてできるんでしょうか」とか言うが、一回一緒にやって手順教えたら、次からはもう何も考えないで当たり前にできるようになるよ。魚を釣り上げて捌いて焼いて食うのと何も変わらんて。スーパーに売ってる肉は殺された動物の死体だなんていちいち考えて頭がヘンになるヤツなんているか? 都子もおんなじだ。
でもそのことに罪悪感を感じないのは人格に欠陥があるってわけじゃねえ。それはそれこれはこれって人間は心の中でちゃんと分けられるんだよな……。
「いやあお手柄お手柄! すごいなヘイスケ、よくやってくれました!」
当主さんがやってきて肩叩いてくれる。
あーあーあー……。一頭もらってギルドに売りつけてあのクソヤクザ見返してやろうと思ってたのに、今更言い出せねえわコレ……。
まあいいか。また獲れることもあるだろうて。
「これでパルトンとこの作物被害もひと段落ですな」
「足跡三頭分でしたからね」
「他にもまだ被害に遭っている農家は多い。これからもよろしく頼みますぞ」
「へいへい」
もう昼なんで、畑から帰ってきた男連中も集まって早速みんなでバーベキューだ。
「……おいおい都子、獲って来たばっかりの肉なんて焼いても固くなるだけで食えないだろ」
「知ってるわよ。だからひき肉にしてハンバーグよ」
「ハンバーグって……シカ肉なんてハンバーグにしてもパサパサに真黒に焼けるだけで美味くないだろ」
「そりゃあなたが焼けばでしょ。任せといて」
一応こっちにも挽肉機はあるみたいだ。駄菓子屋でかき氷作るみたいなでっかいやつでハンドルをグルグル回す。
ホントかよと思ったけど、食ってみたら意外と旨かったな。ラードを混ぜて脂身を加えるんだと。お前それ北海道にいたときにやってほしかったな……。ラードは瓶に入れて湯煎してから蓋すると保存が利くんだとか。
豚とか牛とかの合い挽肉にするのもかなり食えるようになるんだが、俺がシカ獲ってくるたびに牛や豚をシメちゃうわけにもいかんよな。冷蔵庫がないって不便だなオイ……。今更ながら異世界に来たってのを実感するわ。
次の週、今度は馬車無しで、馬に鞍載せて乗ってってハンターギルドに行って、シカ皮とシカの角を買い取ってもらった。
乗馬はいいねえ! やっぱりコレが一番気持ちいいわ!
馬はロードってやつで、ちっと年寄りだが経験豊富でちょっとやそっとのことじゃ驚かない肝の据わったいい馬だ。俺のお気に入りの一頭だね。
牛や豚の皮は、鞣されて革になる。これは馬具だったり、カバンだったり、道具としての使い方をされる。だが、シカ革は薄くて柔らかいので、手袋とかチョッキとか帽子とか、衣類に使われるんだよな。剥いだ毛皮を革にするのは、これは俺らには無理で、専門の職人がやらないと話にならないので、半乾きの生皮で持っていくほうがいいってことになる。
「……シカが三頭分か。狩人としての腕前はホンモノってことになるか」
買い取りカウンターに顔出したヤクザなギルドマスターが苦々しげに言うんだよな。
「お前なんでそんなに俺のこと嫌いなんだよ。そんなに第一印象悪かったか?」
「当たり前だ。俺らは世のため人のために若くて役立つ人材を育て上げるのも仕事なんだよ。お前みたいにもう育っちまったくせにハトしか獲れねえ奴なんてお呼びじゃねえんだクソエルフが」
「あの時は金がないから道具が無くてできんかったんだよ。節穴ヤクザ」
「こっちじゃあな、シカ三頭ぐらいで自慢するハンターなんて一人もいねえよ。人間見たら逃げる動物獲ってなにが自慢になる。人間と見りゃあ襲ってくる魔物と闘ってこそ一人前のハンターだ。だったらなんかギルドの仕事やってみろクソエルフ」
「それやれたらクソエルフはやめてもらって、お前が節穴ヤクザってことでいいか」
「ヤクザじゃねえよバカヤロウ。上等だ、節穴ってことは認めてやるわ」
カウンター横の掲示板で仕事見る。
水田にスライム大発生か。スライムか……。
北海道にスライムが出て大騒ぎになったことあったわ。役場職員の孫がキリキリ舞いしてたなあ。結局なんだかんだ言って生け捕りにしたからアレ最後まで撃つこと無かったけど、まあバックショットでなんとかなるだろ。
「……それ百匹近くいるぞ。六級のハンター、何チームか組ませてやらせようと思ってたが」
「俺一人で十分だわあんなノロマな水フーセン」
シカの生毛皮と角三頭分で金貨一枚半になったので、馬を走らせてさっさと屋敷に戻り、都子に頼んで弾を買う。
「かばんさんかばんさんこの人の欲しいものを買ってあげて、金貨一枚半で」
「んー、レミントンバックショット2・3/4インチ12ゲージ、ありったけ」
25発入りが7箱も買えたわ。175発だね。
「あなた! こんなに何に使うの!」
大量の弾丸に都子が真っ青だ。そりゃあそうか。
「いやあ予備予備、別に全部使うわけじゃないって。スライムが出てる畑があるって言うからちょっと駆除してくるわ」
「あなたスライムって知ってるの? こう、水色で、ぽよんぽよんしてて水風船みたいで……」
「酸の液吹きかけてくるんだろ? 知ってるよ」
「……なんで知ってるの」
「北海道にも出たから」
「うそお」
「ホントだよ。何度も駆除してるから心配すんなって」
ま、そこはウソだけどな。女房に心配させるようなことは言わんよ。
そのまま馬で、ギルドにもらった地図見ながら水田農家さんの所に行く。
水田って言うから米があるのかと思ったらレンコンじゃねーか。がっかりだよ。
さて農家の話を聞くといるなあ、水色の1メートル無いぐらいの大きさの水玉が。馬にゃ悪いが、馬の耳に綿突っ込んで耳栓にして、馬に乗ったまま馬上から射撃すっか。昔のカウボーイみたいなもんだな。
レミントンM870にバックショット全弾五発装填し、畑の隅っこから順番に撃ち込む。まあ10mぐらい距離ありゃ楽勝だ。酸の液とかも届かないしな。
一発撃つごとに馬のロードが暴れそうになるが、これは慣れてもらわないと。
西部劇で馬に乗ったままカウボーイがバンバン鉄砲撃ってたけど、あれって撮影用に訓練された馬なんだよな。鉄砲も映画用の空砲だし。ほら馬ってのは音に敏感だから鉄砲の音聞くとむやみに走り出してケガしちまう。北海道でも日高の馬牧場とかじゃ近隣は発砲禁止だよ。
一発ごとに馬を鎮めながら、さらにどんどん撃ち込んでいく。
やってみてわかったんだが弱点は中心の丸っこいとこだな。ちゃんと肩付けして、よーく狙って4発撃っては馬を走らせ距離を取り、弾込めして、なんて感じで半日頑張ると100匹全部退治できた。
撃っても飛び散ったりしないで、ずぼって弾が入っていく感じなんだよ。
で、潰れてべしゃって、割れた水フーセンみたいに潰れちゃう。ま、正直言うと的あてみたいでやっててかなり面白いな。
三~四時間もやってたから馬もだいぶ音に慣れた。
口で「はっ」って声出してから撃つんだよ。何度もやってるうちに、俺が「はっ」と声出しただけで耳パタンと閉じるようになったねロード。
最後の方になると「うるせーなー」って感じで俺の事睨んでたけど。耳栓無くてもそのうち暴れなくなるだろう。
農家さんに戻って報告し、依頼票にサインもらう。
「いやー人で全部片づけるとはすげえわな。さすがエルフ!」
エルフは関係ないけどな。ま、こっち来てからこの、なんでも「エルフだから」で済むのは正直面倒がなくてちょっと助かってるわ。
「スライムって潰すと酸になるんだったよな。こっちでも同じかい?」
「どっちと同じか知らないがそうだよ。残念だけどこの畑は数年は使えないな……」
「炭カルって知ってるかい?」
「いや、知らんが」
「炭酸カルシウム、酸を中和するから畑が良くなるぞ。酸性土の土壌改質に使う。貝殻をすりつぶして作るんだ。石灰でもいい。この辺じゃ売ってないか?」
「ああー、あるねえ! 壁塗りやコンクリにも使うから鉱山から掘り出してるし大量にあるよ。畑にまくと土が良くなるってのも聞いたことがある。試したこと無かったな」
「じゃやってみるといいと思うぞ」
「ありがと、さっそく撒いてみるよ」
俺も農家のオヤジのはしくれだからな。それぐらいの農業技術指導はできるわ。
「畑にいた奴は全部やっつけたが、こういうのって残りがけっこう出るからさ、また出たら教えてくれ。いつでもやってやるよ」
畑を荒らされる悔しさは農家だったら誰でも同じだ。なんぼでも手伝うぞ。
ギルドに戻ったらなんか雰囲気悪いねえ……。
節穴ヤクザと若い男がカウンターで睨み合ってるよ。
ま、俺には関係ないな。で、依頼票出したら、買い取りじいさん驚いてたねえ。
「もう終わりかい! 一人で? 本当に一人で全部やったのかい?」
「そりゃそうだ。誰が手伝うんだよ。さっさと報酬寄こしてくれや」
確か金貨十枚だったか。
隣で節穴ヤクザが目を剥くねえ。そりゃああんな奴ら百匹も駆除すんの、剣だの槍だの使ってりゃあ、チームでやらなきゃ危ない仕事だわ。散弾銃と馬があるからともかく、俺だって一人でできる仕事だと思わないねえ。
「……アレを一人でか。ホントなんだな? ホントにお前がやったのか?」
「ウソだと思うなら農家に確認に行け。ウソだったら男爵様の屋敷まで怒鳴り込みに来い。逃げも隠れもしねえよ。まあ残党が何匹かいるかもしれねえが、いたらまた来週やってやるよ」
「どうやってやったんだ」
「お前には教えてやらん」
「……クソが。おい、報酬渡してやれ」
ま、金さえもらえりゃ文句は無いね。そんなわけで買い取りじいさんから金貨受け取って帰ろうとしたらさっきの若い男指さして、「おいクソエルフ、こいつ連れてってくれ」と言いやがる。
「クソエルフはやめてもらう約束だぞ節穴ヤクザ」
「俺はヤクザじゃねえって何度言ったらわかるんだこのチビエルフ。俺はギルドマスターのバッファロー・バルだ! 覚えとけ!」
「俺がスライム駆除できたら『節穴』って呼んでいいい約束だろ、節穴バルさんよ」
「まってくれ」
さっきまで節穴バルと睨み合ってた若い奴が驚いてるわ。
「あんたエルフなのか!」
「知らねえよ。どうでもいいだろそんなこと……」
って、見上げたらこいつエルフだわ。
次回「13.クソエルフとバカエルフ」