11.ショットガンとスラッグ
朝飯食ってから当主さんに御用をうかがいに行く。
これも俺の毎日の日課だな。馬の世話から、馬具の手入れに修理、厩舎の修理と屋敷まわりの修繕とかな。
放っておかれたところが多くて、直したいところはいっぱいある。
ハロンさん一人じゃあ手が回らんて。そのための俺だしよ。
なあに、若い頃はこんなの全部自分でやるのが当たり前だった。別に苦労じゃないさ。
「ヘイスケ、キツネの罠の調子はどうですかな?」
「はあ、先週は四匹、今週はいまんとこ二匹ですね」
「ふうむ、いやあ助かってますぞ。農民から税を取るんで、その分の仕事はやらなきゃならんのが領主ってやつでしてな。特に作物や家畜を荒らされるのは農家だったら誰でも一番腹が立つ。来てくれてよかったですぞ」
「いえいえ、なんもさね。毛皮にして女房が帽子にしてますが、それ帽子屋に売るのは俺らの小遣いにしていいんすかね?」
「もちろんですぞ。いい毛並みの物が獲れたら私にも一つ作ってほしいですな。あとヘイスケはシカとかも獲れるのですかな?」
「はあ、今なら何とかなるかと思いますが」
散弾銃もスラッグも都子に買ってもらったからな。
「パルトンの農場でシカが野菜を食べるらしい。なんとかならんですかな」
「夜来るんすかね?」
「そう」
「うーん……」
夜ってのは狩猟やっちゃあダメなんだよな。法律で決まって……って、ここ異世界だから関係ないか。だだっ広い田舎だしよ。危険もねえだろ。
領主がやっていいって言うならやっていいわ。うん、問題ないな。
「わかりました。んじゃ、今日のうちに見に行って、夜やります」
「すまんですな。そのかわり昼間は適当に昼寝してもいいですからな。私も若い頃はキツネも鹿も自分でやりましたが、歳を取りますとどうしてもですなあ」
そうかあ。イギリスで貴族がキツネ狩りするの、動物保護団体が横断幕広げて邪魔してたけど、あれって元々は貴族が領民の農家のためにやってやってたことなんじゃねえのかね?
そう考えると、あの反対派の連中も迷惑な存在だよなあ。地元の農家にしてみれば。
ま、それも時代だ。猟師のことよく思わねえ奴がいっぱいいるのは知ってるさ。
都子探しに行ったら洗濯してたな。
桶で洗濯板か。戦後かよ。泡出てたから洗濯石鹸ってのはあるんだな。
うちに電気が来たのはいつ頃だったっけなあ。最初の子供が生まれる前だったか……。北海道の農家ってのは点在してるから、電気を通すには電柱を何本も立てなきゃいけないだろ。本家から独立して畑に家を建ててもすぐには電気通してもらえない。電力会社に頼み込んで、頭下げて、それで電気が来るまで何年もかかるなんてことは当時はザラだったね。
「都子。当主さんに頼まれてな、パルトンさんの畑に出るシカ獲ることになった」
「はあー」
「ヤな顔すんな。で、夜やるから夜食に弁当作っといてくれ。あとランプも」
「……いらないと思うけど?」
「なんで?」
「エルフだと夜目が効くのよ。あなたアレしてすぐ寝ちゃうから気付いてないかもしれないけどね、夜外に出るとすっごく星も綺麗で、月明りだけでなんでも見えるわよ。ホントよ」
「そうなのかっ! そりゃすげえ! やってみるわ!」
そういやアレしてるときも月明りで都子の体がはっきり……げふんげふん。
午後、これはやっとかんといかんやつ。
試射だ。館から離れた場所、裏山まで行って、木の幹を20mでスラッグ銃身の照星、照門で狙って撃つ!
ドォン!
久々に散弾銃撃ってびっくりだわ! なんかすげえ音がでっかく聞こえるわ! 耳がおかしくなりそうだっつの!
エルフって耳もいいんだな。頭がぐらぐらすんぞ。
「こりゃあ耳栓要るわ……」
しゃあないんで、ハンカチ破いて耳に詰めたわ。
距離も伸ばしながら、今度は斜面に十発ほど撃って、照門調整して、50mで5cmぐらいにまとまるようになった。
スラッグっつっても、スラッグ専用銃身だったらこれぐらいのグルーピング出るんだよな。
100mぐらいだとさすがに孫の持ってたライフリング切ってあるサボットのほうが当たるけどよ、まだまだスラッグも捨てたもんじゃねえわ。
スラッグってのは弾体に斜めに溝切ってあって、それが風受けて回転しながら飛んでいくんだよ。だから命中精度がいい……とずーっと思ってたんだけど違うね!
孫に弾飛んでくとこのスローモーション、コンピューターで見せられたんだけどまったく回転してないわ! それなりの距離飛んで的に当たる瞬間とか見ても全然回転なんかしてねえんだよ!
七十年生きてずーっと間違った知識持ってたってこと、あるんだねえ……。
北海道じゃ鉛弾禁止になってもうスラッグ使う奴もいないんだよな。
俺も何年振りかねこれ使うのって感じだしよ。
うん、でもだいぶ感じ取り戻せた。コレなら夜でも当てられるだろ。
「どうだった? シカ獲れた?」
屋敷に戻るとなんか嬉しそうに都子が言う。なんで嬉しそうなんだよ?
「獲れねえよ。鉄砲合わせてただけだ。本番は夜」
「裏山からパーン、パーンって音聞こえて、あーやってるなーって思って。懐かしくなっちゃった」
はっはっは、そうかそうか可愛い奴め。
「音が凄くて耳がクラクラしたよ。エルフって耳もいいんだな」
「だったらこうすればいいのに」
そう言って都子が耳をぱったりと下に向ける。猫が頭叩かれたときみたいだ。
「耳動かせんの!? お前耳動かせんのかよ!」
「あらあ、あなたもできるはずよ。エルフなんだから」
「む……」
動かせる、動かせる、俺は耳を動かせる……。
いろいろやってみたがどうもうまくいかん。できそうな気はするんだが。
やってる間相当、百面相になってたみたいで、都子が遠慮なくゲラゲラ笑うわ。
「あなた顔がヘンよ!」
うるさいわ。
耳栓が無くても自分で耳が閉じれたらたしかに楽だな。これも練習するか。
夕方、M870ディアースラッグ背負って、教えてもらったパルトンさんとこの畑を見に行く。
なんだかひでえことになってんなあ……。
人参とかカブとかまだ育ちかけなのに食われちゃってるよ。これは腹立つよなあ。あいつらもったいないってことを知らないから、うまいところを一口ずつ食っていくんだよ。群れが腹いっぱいになるころには畑が全滅、なんてことしょっちゅうだったね。
「パルトンさんてあんたかい」
「おう、聞いてるよ。あんたが新しく雇われたエルフの用心棒だってね」
「用心棒ってのは聞こえが悪いな……。ま、使用人なんだけどそれでもいいわ。これ足跡から見てもまあシカだな。三頭いるし、今夜のうちにやっていいかね」
「大歓迎さね、ぜひ頼む。で、どうやる?」
「待ち伏せ」
照星と照門に水にぬらした石灰でちょんちょんとマークつけとく。夜でも見えるようにな。
で、足跡がいっぱいあったあたりに、パルトンさんにもらったクズ野菜積んでおく。で、50mぐらい離れたところのあぜ道の下にゴザ敷いて毛布乗っけて、またゴザ被って待ち伏せする。
夜。時間はわからんが、眠くなってウトウトしてたのに、小さな物音ではっきりと目が覚める。コレもエルフになったおかげなのかねえ。気配ってやつに妙に敏感になった気がするわ。
都子のいう通りだわ。夜目でもはっきりわかる。半月の月明りしかないのによ。
シカが三頭、クズ野菜貪り食ってやがるわ。
一頭離れてウロウロして新しい植えてある野菜を嗅ぎまわってる。
寝転がったまま、そおっと静かにスライドを動かして薬室に装填。弾倉にも弾込めする。弾倉は4発、薬室に一発で5連発だ。
日本の法律でもアメリカの法律でも、狩猟では通称「割りばし」つって、弾倉に棒っこが入ってて2発しか入らんようになってるけど、ここは異世界。銃刀法なんて関係ねえな。手に入れてすぐに取っ払っちまったよ。
寝た姿勢から、あぜ道に顔を出すようにして静かに静かに這いずり上がり、銃口を向ける。50mってとこか。良―く狙って……。
ドォン! ジャキッ!
夜なんで発射の瞬間は目をつぶる! こうしないと、目が火炎で眩んじまう。
倒れる仲間に一瞬棒立ちになる二頭目にっ!
ドォン! ジャキッ!
駆け出す三頭目に! 銃口を向けてややリードを取って……。
ドォン! ジャキッ! ドォン! ジャキッ! ドォン!
転がった! もがいてる!
立ち上がり、走りながら銃に弾込めして駆け寄る!
最初の一頭は胸。前足の後ろあたりだ。即死。命中精度を考え首狙いはやめておいたが、狙ったところにちゃんと当たってるな。
もう一頭は腹。立ち上がろうとしてはもがいてる。
その首の脊椎狙って撃ち抜く。
逃げかけた奴は背中撃たれて後ろ足動かなくなったか、前脚だけで掻くように逃げ出そうとしてる、これも首を撃ち抜く!
ふう……。三頭獲れたわ。
やりゃあできんな。一度に三頭獲るなんてさすがに俺も初めてだわ。
二頭まではあるけどな。まあ北海道じゃ散弾銃はどれも多くて三連発だし、ライフルは五連発できっけどボルトアクションじゃ操作も遅くなるからしょうがないって。
夜だからシカ、油断してたし、逃げ出すのも遅かった。
鉄砲なんて無い世界だから、人間それほど怖がっていないのかもな。
夜間にこんな猟ができんのは、やっぱ異世界ならではって感じすんねえ。
しかし、これどうすっかな……。さすがに三頭は運べねえわ。一頭だけでも大変なのによ。
とりあえず頸動脈を切って血抜きだけするが……。
いや、ダメだ。ダメだダメだダメだ。朝まで待ってたら肉が悪くなる。
農家のパルトン、ドアをドンドンと叩いて起きてもらう。
「パルト――――ン!! 起きろ――――!」
寝ぼけ眼のパルトン、ランプぶら下げて意外とすぐ出てきて戸を開けるわ。
「起きてるって。なんださっきの音。パンパンパンって」
「シカ三頭獲れた。納屋に吊るすから荷馬車出してくれや」
「うおっ、本当か! 頼んだのはこっちだし夜中だからって怒るわけにもいかねえな……。わかった。やるよ」
それから荷車押してきて、二人がかりで一頭ずつ納屋に持ってきた。
「さてどうすんねコレ。一頭は俺、一頭は当主様、一頭はお前とその近所ってことにしとくかね」
「俺はそれで文句ないが、当主様にご報告しないとダメなんじゃないか?」とパルトンが言う。
「ここお前の畑じゃねえの?」
「当主様の土地に決まってんだろ。俺は小作人」
それもそうか。北海道の農家とは違うよな。
「まあうちの当主様ならこれ村全員に配ると思うがな」
なるほどね。
「わかったわ。じゃ全部屋敷に運び込んどくか」
「馬はまだ休んでるが」
「馬なんて数時間しか寝ねえだろ。夜明け前からもう起きてるわ。たたき起こせ」
「えーえーえー……」
それで二人で荷馬車にシカ三頭積み込んで屋敷まで運んだよ。ロープで逆さに吊るして血抜きの続きだ。
エゾシカよりはだいぶちっちゃいシカなんだよな。ほら、あの奈良で煎餅食ってるような大きさのシカだな。
ここあんまり寒くならないってことか。寒い所のほうが動物って体大きくなるからな。異世界なせいか俺の知ってるシカとだいぶ違うわ。角とか牛みたいで枝分かれしてないし。
次回「12.異世界の害獣はなんだかヘンだ」