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10.空気銃の限界


 そんなこんなで一週間。約束でまたハンターギルドいかなきゃならんね。

 当主さんに休みをもらって、また空気銃背負って、都子の弁当持って出発する。

 もちろんキツネの帽子被ってだ。都子の嬉しそうな顔ったらなかったね。

 女は自分の作ったもの男に食わせたり着せたりが大好きだ。黙って食って着てやりゃあニッコニコなんだからここは文句言わずに着てやるのが夫婦円満のコツってやつだな。


「これ持ってって売ってきて」って言われて、キツネの帽子残り三つ預かったよ。

 だんだん凝った作りになって来てるな。柔らかい布で裏打ちされてて、サイズも三種類だ。子供用もある。作ってるうちにどんどん上手になるわけだな。

「よくできてるわ。たいしたもんだよ都子。なるべく高く売ってくるからな」



 また農家が続く街道をてくてく歩いて、サープラストに到着だ。

 まずはハンターギルドに顔を出さないとな。

 例の買い取りじいさんにキツネの帽子を見せると、意外と喜んだねえ。

「うーん、よくできてる。流行りそうだ。これだったら一つ金貨一枚で買ってもいい」

「安すぎるわ。女房が丹精込めて作ったもんだ。そんな値段じゃ話にならんね」

「一枚半」

「ダメダメ。他の店も回ってみるわ」

「二枚」

「ダメだって。じゃ、俺は残りのハトやるから」


 先週一通り全部落としたからな。今日はあんまりいないな。まあ二十羽も落としたら仕事は終わり。あと何回か来ればまったくいなくなるだろ。

 報酬は例によって一羽大銅貨二枚だから、銀貨三枚に大銅貨四枚。日本円で三千円って安くねえか? ま、ハト駆除なんて日本でやってもタバコ代ぐらいにしかならんかったけど。


「おいクソエルフ」

 その呼び方はなんとかならんか。撃つぞお前。

 こっちに来たヤクザな顔のギルドマスターをにらみつけると、封筒くれたね。

「お前がハト全滅させたらな、商人ギルドが喜びやがって、特別ボーナスだとよ。あそこは食糧庫が多いし、ハトのフンには前から困り果ててたから助かったらしい。とっとけ」

「そりゃどうも」

 二人で敵意丸出しで睨み合う。

「……まあまあまあ」

 そう言って倉庫の人足がなだめてくる。

 なんぼ入ってるのか知らんが、それでもネコババしたりしないでちゃんと俺に渡してくれるところは認めてやってもいいわ。こんなヤクザな顔だと平気で自分の懐に入れて知らん顔とかしそうなのによ。


 ハラハラしてる人足が「ヘイスケさん、助かってるよ。ハトなんて獲ってくれる奴いままでいなかったからさ、感謝してるって。これからも頑張ってくれ」と言って、仕事に戻る。

 うん、ハンターやってて一番やりがいあるのはやっぱりコレだよ。

 誰だって礼言われたら嬉しいからな。


 俺の頭を見て、「キツネも獲れんのか。お前実力を隠してるな? ホントはなにが獲れるんだ」ってヤクザが言う。

「金さえありゃあシカもクマも獲れるわ」

「金次第かよ……。で、クマ? どれぐらいのクマだ?」

「一番デカいやつで400キロ」

「400きろってなんだ」

「まあ大人六人分だ」

「フザけんなそんなデカいクマいるわけねえよ」

「……こっちにはツキノワグマしかいないのかよ」

「ツキノワグマ?」

「人間よりちとでかくて首の下にこういう白い三日月みたいな模様のある」

「クロクマ獲れるのか? お前一人で?」

「ザコだ」


 ツキノワグマなら動物園に家族で遊びに行った時にいたわ。北海道にはいないからな。ヒグマの半分以下じゃねーか。あんなもん獲って威張ってんのかねこっちの猟師は。

「六級なら三人パーティーで獲れたら五級に上げてやるって獲物だぞ。信じられんね」

「信じろとは言ってないわ。猟師の自慢話なんてアテにすんな」

「まったくどんな田舎から来たんだよ……。ま、エルフだからとんでもねえ山奥からだってのはわかるがな」

 うるせえよ。どんな田舎だろうとこんな鉄砲も自動車もテレビも無い世界よりは百倍は発達しとるとこから来たわ俺は。こんな明治以前の街と北海道一緒にすんな。


「ハト獲れんなら領主んとこ行ってこい。前から厩舎のハト獲れってうるさくてよ」

「お断りだ。タダ働きはゴメンだね。俺はジニアル男爵の使用人だ。こっちの領主の言うこと聞く義理は無いね」

「……面倒な奴だな。今度はギルドを通した正式な依頼ってことにしてやる。全滅させてくれりゃ金貨二枚。どうだ?」

「それならやるよ。地図あるか」

「そんなもん無くても見ればわかるわ。アレだ」

 はいはいわかりましたよ。あの一番でっかい屋敷ね。



 ま、貴族屋敷のお約束で、俺みたいな下人は裏の通用門にいる人間に声かけて、ジニアル男爵の紹介状見せて、そしたら執事が来てさあ。

 さすが本家。執事がいるんだな。「男爵様の新しい使用人ですか。それはそれは。今後ともよろしくお願いしますよ」なーんて言われて、執事に呼ばれた馬番に案内されたわ。

 馬番が、「領主様が馬を見に来た時ハトにフンをかけられてね、それで旦那さんが激怒しちゃって」とか言うが、そりゃお前の手入れが悪りーよ。ハトぐらい自分で何とかしろや。

 倉庫は日中入り口開けとかなきゃいかんからしょうがないけど、厩舎だったらハトが出入りできるところをふさぐとか、金網貼るとか、やれることなんぼでもあるだろ。俺らがいた北海道の農家ではみんなそうしてるわ。まったく……。

 ま、さすがは本家筋。キハル・ド・アルタース子爵様だな。馬が二十頭ぐらいいて大した規模だ。

 ハトも二十羽程度。木造の厩舎の屋根裏にいるんでさっそく始めさせてもらう。

 空気銃のダイアナ、やっぱりいろいろ驚かれたけど、いちいち説明すんのめんどくせえから「俺はエルフなんだから聞くな」ってとぼけといたわ。


「ハト片付けとけ」って馬番が言うから、「お前の仕事だろ!」って言ってやった。

「俺はジニアル男爵様の使用人なんだから、お前の言うこと聞く義理はねえよ」って言ったら面白くなさそうな顔してたねえ。

「すっかりいなくなったようですね! 素晴らしい!」って見に来た執事さんが喜んでたんで、「ここ、網貼るとか隙間ふさぐとかして、ハト入ってこられないようにしてもらえますかねえ。こんなんまた何度でも戻ってきますからね」って言うと馬番が、仕事を増やすなって顔して俺をにらんだねえ。

 サボらないでちゃんと務めろよ……。同じ馬番として情けねえわ。


 そんなわけで執事さんにギルドの依頼票にサインしてもらってこの仕事は終わり。

「こんなに簡単にできるのならまたやってもらいたいですね。私どもの領内の農家たちも、ほとほと困り果てておりますから」

「俺も男爵様のとこの使用人ですからね、休みにしてもらったときぐらいしか来られませんで、うちの当主様に手紙でも書いてくれれば仕事できるかもしれませんが、今はちょっと無理ですかね」

「なるほど、手配してみます。今日はご苦労様でした」


 うん、新しい顧客が増えそうだ。

 でもうちの領で五十戸あって一週間かかったからなあ……。

 うちの領主が馬、三頭だったから、二十頭いるこの領は規模で六倍以上。三百戸はあるんじゃねえの? 毎日やっても半年かかるって。


 ギルドに戻って買い取りじいさんにサインしてもらった依頼票渡して、約束の金貨二枚もらったわ。二十羽で金貨二枚。一羽千円ってとこか。初めて儲けたような気がすんな。

 公園ベンチに座って都子の弁当のサンドイッチ食いながら金を数え直す。

 空気銃を買った金貨五枚は前に当主さんにもらった分で都子に返してある。

 ハンターギルド倉庫のハトで金貨一枚ちょい。

 商人ギルドがくれた特別ボーナスってやつが金貨二枚。

 ここの領主のハト獲って金貨二枚。全部で五枚か。

 うんまあ、二日でこの稼ぎなら上々かもな。ハトいなくなっちまったら失業だけどな。


 その後、この街の市場の帽子屋で都子の作ったキツネの帽子見せたら喜ばれたねえ!

「このしっぽがフリフリしているデザインがいいですね! 流行るかもしれません!」って店の主が喜んでた。

 そうかしっぽか。しっぽが無かったら金貨一枚だとよ。ずいぶん違うねえ。

 ギルドの買取では金貨二枚まで出すって言われた話をしたら、二枚半で買い取ってくれたわ。全部で三つあって子供用が一つサイズが小さいからそっちは二枚。

 金貨七枚ってすげえわ! 頑張れ都子。俺も頑張る!



 夕暮れ、屋敷で都子が待っていて、「なんぼで売れた?」って目輝かせてる。

 ぎゅって抱き上げて、接吻する。新婚かよ俺。

 いや実際新婚気分だけどな。


「俺の稼ぎはハト駆除で金貨五枚。お前の帽子は七枚で売れたぞ!」

「やったあ!」

 その後二人で話し合ったけど、別に山分けするとか無しで、面倒なんで全部都子に預けることにした。欲しいもんがあったら小遣いもらうか、都子のかばんから買えばいいし。


「マジックバッグ!」って言ってあのかばん出して入れておくんだと。

 これに金を入れてかばんを消すと、絶対無くさないんだと。そりゃそうだな。

 で、金をかばんに入れておくと、かばんから物を買ったとき、勝手に引き落としされるんだと。なんだよその便利機能。防犯対策はそれでバッチリかもしれんが、オレオレ詐欺とかにひっかかんなよ?


「そのかばん、どんなものが入れられるんだ?」

「鞄の口に入る大きさならなんでも入るの。冬物の衣替えとかも全部コレに入れてるの。出したいときは出したいものの名前を言って口を開けば取り出せるし」

 押し入れ代わりに使ってんのか!

 そんなんもっとスゲエ使い道あるだろ!


「針金買えるか?」

「うんやってみるわ。かばんさんかばんさんこの人の欲しいものを買ってあげて」

「針金。50m、太さ二ミリ、あとペンチも安いやつでいいから」

 おー、買えたねえ!

 ホームセンターで買えるようなピカピカのやつ。どう見てもこっちの世界産じゃないけどよ。こっち産より断然上質。これで罠を増やせるわ。


「……あとひとつ、頼みがあんだけど」

「……鉄砲でしょ」

 さすが都子、お見通しだわ。

「一番安いやつでいい! だから、頼む!」

「ハトとカラスしか獲れないもんねえ、それ」

「そうなんだよ……。キツネとかコヨーテとかの駆除も頼まれてるし、イノシシとかシカとかもやるとなるとどうしても空気銃じゃあな」

「うーん、じゃあ、あなた稼いできた金貨五枚で」

「おっし!」

「かばんさんかばんさん、この人の欲しいものを買ってあげて。金貨五枚で」

「レミントン、M870。12ゲージディアースラッグと26インチ散弾銃身! あと残りでスラッグとBBの装弾を半々で!」


 今までで最高にずっしり来たわ。

 日本の銃砲店で買う鉄砲の値段ってのは、だいたいアメリカで買う二倍だ。だから銃砲店の値段の半額で買えると思えばいい。都子のかばんは、どうやら原産国の価格で買えるらしいしな。

 レミントンのM870ってのはスライドを前後する手動式で、連発式の散弾銃の中では一番安いやつでね、でも単純で手入れが楽で故障しない、いい銃だ。銃身を簡単に交換できて、ライフルみたいに単発を撃ち出すのと、散弾を撃ち出すのを両方できる。


 生前持ってたやつは孫にやっちまった。

 孫はサボットスラグってライフリングが切ってある銃身も使ってたけど、あれカンチレバーって眼鏡(スコープ)を載せる土台(マウント)があって照星照門がついてないんだよな。スコープで狙うのが前提になってる。それになにより弾が一発五百円もして高いんだよ。

 スコープまで買うと予算オーバーになるから、俺が買えるのは照星、照門がついてるやつってことになる。なに、今はエルフの目があるからスコープ無しでもけっこういけるって。

 なんで、スラッグ専用銃身と散弾の換え銃身が付いたディアー・スラッグってモデルを選んだ。多分金貨四枚ぐらいに収まるはずだ。

 で、残りの金貨一枚でBBの装弾25発入りの箱が五箱。スラッグが5発入り十箱買えたわ!


「ありがとう都子!」

 今夜は思い切り可愛がってやるわ。

「あと一つわちからもお願い」

「ん?」

「毎晩は疲れるから一日おきにして」


 ……そういうところはしっかりババアだな都子……。

 体は三十五でも中身は七十のババアだもんな。やりすぎたか。

 やっと寝巻の出番来たわ。


「……なあ都子」

「うん?」

「俺たちって、子供、今からでもできるの?」

 そう言うと都子がはっとした顔になって、ぽんと手を叩く。

「そういえばわち、こっちきてからアレ一度もないわ!」

 無いんかい!

 さすがに七十じゃ、エルフでも無理なんかい!

「こっち来る前にもうそうなってたから、気付かんかったわ」


 ……だよなあ。

 エルフって、若く見えるだけでしっかりと歳食ってんだな。

 うん、なんか納得した。

 二人して顔を見合わせる。

「……別にいいべさ」

「……そだな」


 北海道で子供三人育てて、今じゃ孫が七人もいて、これ以上子供の面倒とかもう勘弁だわ。


次回「11.ショットガンとスラッグ」

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