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黒猫姫  作者: violet
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梅子ばあちゃんの庭

過疎の街で艶光りするほど磨かれた車が田んぼの脇道を走って行く。

見慣れない車に近所の人々も梅子の家に集まってきた。

運転手の開けたドアから降りてきたのは若い男女、孝明と華子である。

休みを取った孝明が華子を梅子の家に連れてきたのだ。

周辺の住人達は華子には8年間見慣れた顔だが、人間の華子を知らない住人達は誰だろうと噂している。

この家は相続人との間で弁護士が売買の手続き中である。

田舎の誰も住むことのなくなった家を買うというのだから、相続人は諸手(もろて)をあげて喜び、この日の立ち入りも許可を取っている。


「こっちよ、孝明。」

華子が連れて行った庭の片隅には花が咲いていた。

「供えた花の種が落ちたみたいで、毎年花が咲くの。」

黒猫が花をくわえて通ってきた姿の想像がつく。

孝明は(かが)むと手で硬い土を掘り始めた。

「孝明!

指を痛める!」

爪の間にも土が入っていく。

「華もスコップなど使わずに穴を掘ったのだろう?」

「うん、猫の手では道具を使えなかったから。」

ポタポタと土に華子の涙が染みていく。

「僕達の大事な子供だ。」

そう言うと孝明はまた掘り始めた。

(しばら)く掘っていると指先に硬いものが触れ、お菓子の箱が出てきた。

「それなの。」

華子が孝明の袖を握りながら言う。

8年の間に箱は土で汚れており、多少風化しているものの、形を保っていた。

孝明はそっと箱の(ふた)を開ける。

小さなティッシュであろう赤茶けた塊がある。

猫の手で自分の血にまみれたこれを包むのはどれ程のことであったか。

流産した身体は痛み、心はもっと(いた)んでいたに違いないのだ。

「華子を守ってくれてありがとう、我が子よ。」

こびりついた血が固まりティッシュを開くことはできなかった。

箱に戻し、泥だらけの箱のまま、孝明は胸の内ポケットに入れた。


「華、梅子ばあちゃんのお墓参りに行きたい。

案内してくれるか?」

うんうん、と華子は(うな)いて孝明の前に立つ。

華子は庭に咲いている花を手折り、手に持つ。

「これ、梅子ばあちゃんの好きな花なの。

人間の手だと簡単に折れるのね。」

猫の手では不自由が多かったろう、苛立(いらだ)つこともあったろう。

泣きながら笑う華の強さを見る。


梅子の墓は、寺の墓地の一角にあった。

持ってきた花を供え手を合わせる。

「梅子さん、猫の華を守ってくださり、ありがとうございました。」

ここには梅子と華の8年がある、孝明の知らない8年。

だが、風景を見てわかる。ここでは命の心配もなく、穏やかに暮らしていたに違いない。



梅子の家に別れを告げ、孝明が向かったのは是枝家の菩提寺(ぼだいじ)である。

既に、住職が待機しており葬儀が始まった。

孝明と華だけが参列の家族葬だ。

小さな箱のまま、火葬することなく墓に入れることになった。

「名を。

名をつけたいと思ってます。」

孝明が言うと、住職も、

「それがよかろう、戒名の前に名を与えてあげなさい。」


「華、ひかる、とつけようと思う、いいか?」

「いい名前だわ、男の子でも女の子でも呼べる。」



寺を出ると日も暮れていた。

孝明と華子は手を繋いで歩く。

「寄りたい所があるの。」

華子のリクエストに孝明が応えないはずがない。

二人が向かったのは、華子が通っていた大学だった。

新入生で入学して(わず)か2か月しか通ってなかったが。

「猫にならなかったら、休学して、ひかる産んだのかな。

19歳と18歳のパパとママ。

しかもパパはアメリカ留学中。」

孝明はじっと聞いている。

「パパはアメリカにいるから、滅多にひかるに会えなくって可哀そうー。」

なんてね、と華子が言う。

「大学に行きたかったな。

今なら、昔より勉強の大切さがわかるもの。」

「行けばいいじゃないか。

奥さんしながら、行けばいい。

華が大好きだから、華のしたい事はさせたいよ。」

「えー、26歳で大学1年生か、恥ずかしいな。」

そういう華子は猫の時間が止まったままなので、見かけは女子高生にしか見えない。

「8年も経っているから、大学の籍は無くなっていると思うよ。

もう一度受験する覚悟があるかい?

入学は来年だから27歳の大学1年生になるな。」

きゃー、と歓声をあげて華子が孝明に抱きつく。

「その前に結婚式をあげような。大好きだよ華。」

うんうん、と(うなづ)く華子だが、そう簡単にはいかなかった。

どんなに孝明が急いでも、招待客やら、式場やらで1年近く後の日程に式が決まったのだ。



そして華子の受験勉強が始まり、同時に和泉沢家の跡取りとしての勉強も始まった。

投資と不動産の会社、神事の引き継ぎである。

神事はまず最初に、系図と付属書物の読み合わせから始まった。

古文そのもので、達筆すぎる。

何と書いてあるかわからない、読む前に楚文字(そもじ)の勉強から始める。

すでに日本語でさえない。




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