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黒猫姫  作者: violet
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もう一つの命

和泉沢夫妻が帰った後、孝明は華にお茶を入れていた。

「飲んだらいいよ、少し落ち着くから。」

「ほんとだ、身体が温まる。」

ふふふ、と笑った華子の表情はみるみる曇っていく。

カップを両手に持ったままで(うつむ)き、涙の雫がカップに落ちる。

「ごめんなさい。」

ふいに華の口からこぼれ出た言葉に孝明がびっくりする。

「心配掛けたことなら、華が無事で」

孝明の言葉を(さえぎ)るように華子が続ける。

「ごめんなさい!守れなかったの!守れなかったの!」

「華?」

「あ、アメリカの孝明の所に遊びに行った後、体調が悪くって。

そんな時に幸子さんの呪術に掛かってしまった、死にはしなかったけど猫になってしまったの。

もっと早くに病院に行って体調管理していたら、跳ね返せたかもしれない。

でも!」

華は涙いっぱいの瞳で孝明を見る。

「でも、ただ生理が遅れているだけかも、って思って。」

「生理が?」

孝明の言葉に華子が首を縦に振る。

「猫になって、お腹が痛くって。」

さっきもこれを言ってた、と孝明は思いだす。

「逃げている間もお腹が痛くて。」

「華。」

「梅子ばあちゃんの所で、赤いの。」

「華?」

「赤い血の塊、小さなお肉のような血の塊。

赤ちゃん守れなかったの!」

「華子!」

「ばあちゃんの家からティッシュを持ってきたんだけど、猫の手じゃ上手くくるめなくって。

猫の手じゃ庭に上手く穴掘れなくって!

赤ちゃん!

孝明の赤ちゃん!」

赤ちゃん、赤ちゃんと泣き叫ぶ華子を抱きしめ孝明も涙を流した。

「辛かったな、痛かったな、華。

頑張ったな。

ばあちゃんちに行って、赤ちゃん持ってこよう、お墓にいれような。」


腕の中で泣き疲れて眠る華を見ながら、もう何度目になるかもわからない殺意を幸子に(いだ)く孝明。

最初は、華子が猫にされたと聞いた時、華子の行方不明の原因が幸子とわかり、それから何度も何度も殺してやろうと思った。

この手で幸子を殺す為に医療刑務所に忍び込む想像をするが、現実的でないと自嘲(じちょう)する。

華子をベッドに寝かしつけると孝明は電話をかけた、相手は弁護士の渋谷だ。

「先生、夜分に申し訳ない、是枝孝明です。

至急、手に入れて欲しい土地と建物がある、いくらかかっても構わない。

明日にでも登記して欲しいほど急いでいる。

絶対に、植木一つ変えずに現状維持でだ。」

そう言って孝明は華子から聞いた梅子の住所を伝えた。


次に帰ってきたであろう父の部屋に向かう。

すでに家令の深見から和泉沢夫妻が来たことは知っているはずである。

「孝明です。」

ノックとともに名を告げる。

「ああ、入りなさい。」

父親である是枝義信が待っていたようだ。

やはり、和泉沢夫妻のことは聞いていたらしい。

「深見から聞いた、和泉沢さんが来たらしいね。」

「ええ、お呼びしましたので。」

それだけでは、ないだろうと義信の目が語る。

「深見から聞いていると思いますが、黒猫を拾いました。」

「何か懐に入れてずぶ濡れで帰って来たとは聞いていたが、黒猫だったのか。

もしや、華子さんと関係が。」

「華子です、今は人間の姿で私のベッドで寝ています。」

「そうか、本当に猫になっていたのか。

あの家は最も古い家の一つだ。

伝承も様々なものがある、それも怪異と言うべきものがな。」

息を吐くように義信がソファーに深く背をもたれる。

「お父さん、お願いがあります。」

「なんだ、改まって。」

「うちの墓に子供を入れて欲しい。

華子は逃げている時に僕の子供を流産したらしい、華子もまだ確証がなく僕に伝えてなかった子だ。

痛む身体で流れた子を埋めたと言っている。

ちゃんと供養してやりたい。」

義信はソファーから身体を持ちあげると言葉を震わせた。

「何と言う事だ!

和泉沢と是枝の血を引く子が。」

それから長い時間、義信と孝明は話しあった。孝明が華子の眠る部屋に戻った頃には夜も明けようかという時間になっていた。

父の言葉が孝明の頭に残る。

「華子さんが猫になったのは、華子さんの素質と能力であろうが、胎児の力もあろう。猫になることで呪術から守ったのであろう。

和泉沢と是枝の最初の子供は大いなる力を持って生まれるはずであった。

胎児の時点で人を猫に変える能力を引き出す力があったか・・」



翌朝、孝明に伴われてダイニングに現れた華子に目を見張ったのは全員だ。

「おはようございます。

義信おじさま、麻美おばさま、ご無沙汰しておりました。」

華子が挨拶すると、孝明の母である麻美が抱きついてきた。

「華子ちゃん待ってたのよ!

もうずっと待ってたの!」

義信から華子の事は聞いていたのであろう、さほど驚いた風でもない。

「華子さんが元気そうでよかったよ。

深見には華子さんの部屋を用意するように言いつけてある。

必要な物は言いなさい。

それから、黒猫が出入りできるように小さな扉を付ける工事もその部屋にするよ。」

「おじさま!」

「ほら早く食事にしよう。

和泉沢夫人がそろそろ迎えに来る頃になる。」

はい、と言って華子は孝明のブカブカの服で食事を始めた。

「お父さん、いいところを持っていきましたね。」

孝明は父親にしてやられたとばかりに両手を持ちあげると、華子がそれを見て笑い始めた。

深見が来客を告げたのはその時である。

「和泉沢様がいらっしゃってます。」

「お母様、早すぎ。」

まだ、一口も食べてないと華子が笑いながら言うが、玲子は娘が見つかった興奮で寝てないのだろう。

昨夜は連れて帰りたかったに違いない。


「これを。」

と孝明が渡して来た紙には孝明の電話番号とメールとラインのIDが書いてあった。

「和泉沢さんがスマホを用意するだろうから、連絡しておいで、すぐにだよ。」

うんうん、と華子が(うなず)いているうちに玲子が通されてやって来た。

「明日は休みを取るから、梅子さんところに一緒に行こう。」


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