表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫姫  作者: violet
2/24

8年ぶりの対面

静かな部屋をノックする音が聞こえる。

「孝明様、和泉沢様がお見えになりました。」

どうやら、来客を使用人が知らせに来たみたいだ。


孝明は腕の中で眠る華に話しかける。

「華。」

長いまつげに縁取られた黒い瞳が目を覚ます。

それは猫のままのような大きな瞳。

「華、来客だ。服を着ないといけない、大きいが僕の服をだそう。」

「誰?」

まだ半分寝ているような舌足らずな声。

「多分、和泉沢夫妻。」

ガバッと跳ね起きた華が慌てて身体を隠す。

ニッと笑った孝明が、華を抱き寄せた。

「今さらだろう、あんなにお互いを確認し合ったじゃないか。」

「たかあきー!」

華がキッと(にら)んでも孝明にひるむ様子はない。

ハハと笑いながら裸のままベッドを降りると服を出し始めた。

「これなら着れるか?」

ポイとベッドの華に自分の服を投げ渡すと孝明も服を着始める。

「みゃー。」

孝明が振り返るとそこには、黒猫がいた。

「華!!」

シャツのボタンも半分しか留めていないままに駆け寄り黒猫を抱き上げる。

夢中でキスをすると、華が黒猫から人間に戻った。


「うふふ、猫になれるか試してみたの。でも人間に自力で戻る事はできなかったわ。

キスで戻れるのね、誰とのキスでも戻れるのかしら?」

そんな気はもちろんないが孝明の表情が見たくて言ってみる。

「他の男としてみろ、殺してやるからな。」

孝明の目は本気だ。

「こわーい、昔の孝明と違う。」

「当たり前だ、もう27だ。学生のままではいられないさ。」

「孝明、後で話があるの。聞いてくれる?」

華の瞳は涙でうるみ、肩は震えている。

「全部聞きたい、華、苦労したな。」

華が失踪して8年、孝明は変わった、変わらざるを得なかった。

華を守れなかった後悔の自念が孝明を変えた。

この8年で華にどれほどのことがあったのだろう、猫で暮らすことは簡単であったはずがない。


孝明のシャツにパンツ、腰をベルトで締め、裾と袖をまくりあげても華には大きかった。

「かわいいな。」

孝明のキスが止まらない、孝明も華もお互いが会えた感動が覚めずにいた。




「お待たせしました。」

孝明が応接室の扉を開けると、予想通り和泉沢夫妻が待っていた。

「孝明君、話があると聞いたので早い方がいいかと思って。遅い時間に失礼したね。」

時間はすでに夜の9時を過ぎている。

ここ数年は仕事で会う以外は接点のなくなった是枝家からの連絡で察したのであろう。

「君を華子の婚約者として(しば)るつもりはないよ。華子が行方不明になって8年が()つんだ。」

孝明が前に座るなり、和泉沢靖親(やすちか)が口を開いた。和泉沢華子との婚約解消の事だと思っているようだった。

独身の財閥令息として孝明は女性達の話題の的であったし、女優やモデルとの交際で週刊誌に載る事もあった。

「いや、そんな。もう絶対そんな心配はかけませんから。」

慌てたのは孝明の方である、孝明が好きなのは華だけなのだから。

「ちょっと待ってください、僕の妻になるのは華子だけです!」

では今さら何の話だ、と靖親が聞こうとした時に応接室の扉が開いた。

吸いつけられるように現れた人物に視線が固まる。

動いたのは靖親が先か妻の玲子が先かわからない。

「華子!!」

「お父様、お母様。」


華は笑おうとして失敗したようだ、泣いている。

母親に抱かれて華は泣いた、母の玲子も泣いている。

「きっと見つかると信じていた。」

靖親は孝明を振り返ると手を取り、何度も握りしめた。

「ありがとう!

よくぞ見つけてくれた!」


華は孝明の横に座ると落ち着いたようだった。

孝明は黒猫の情報は常に探していた事と、ネットで見つけた猫を度々確認に行っていた事を話した。

そしてミサンガをしている猫の写真で飛び出して見つけたのが華だった。



「部屋に幸子さんが訪ねて来たら、急に苦しくなって、あっという間に身体が縮んだの。

手を見ると動物の手で、自分に何が起こったかわからなかった。

お腹も痛くなって。」

華は言葉につまり、涙が流れ始めた。

「幸子さんが笑っているのを見ると、ともかく逃げないと殺されるというのはわかった。

言葉もニャーしか言えなくって。

幸子さんから禍々(まがまが)しいものを感じたの、だから遠くに逃げようとしたの。

部屋の窓から飛び出して、途中の窓ガラスに映る姿は猫だった。

驚いている時間などなかった。」

震える言葉で華が状況を語り始めた。

「人に紛れて遠くに行く電車に乗った。何度も乗り換えて着いたのは過疎の町だった。

そこで梅子ばあちゃんに拾ってもらって、一緒に暮したの。

梅子ばあちゃんは、一人で住んでいて大事にしてくれた。でも先月亡くなったの。

人間の言葉も話せるようになって、何か変化があったのかもと思って戻って来たの。」

そこまで黙って聞いていた靖親だったが、

「やはり黒猫になっていたのか!?」

「そう、こんな。」

靖親に答えるように華が目の前で黒猫になった。

実際に猫になる瞬間は孝明も初めて見たし、靖親も玲子も目を見開いて固まった。

「孝明、服脱げちゃった。」

猫の姿で華が言うと、孝明が慌てて抱き上げた。

「華子、華子。」

立ちあがって駆け寄ろうとする玲子を靖親が押さえている。

「お母様、心配しないで、ちょっと待ってね。」

華が孝明の腕からピョンと飛び降り扉の影に隠れるのを服を持った孝明が追いかけて行く。


孝明のダボダボの服で戻って来た娘に玲子も安心したようだ。

「犯人は亡くなった妹の娘である幸子だとわかるのに時間がかかった。」

靖親が華子に説明を始めた。

離婚して戻ってきた靖親の妹は離れの屋敷で暮らしていたが、数年して娘を残し亡くなった。

そのまま娘の幸子は暮らしていたのだ。だが、一緒に暮らしていても和泉沢家の財産は幸子に入る事はない。

「私達にも呪術を使おうとして失敗したらしい。

失敗は自分に戻り、幸子が寝付いて初めて全てわかったのだ。

離れの屋敷には、様々な術具、呪符があり、陣が書かれ呪術が行われた跡もあった。

華子にも呪術を使い、黒猫にしたと話したのは2年程前の事だ。」

「幸子さんは?」

まさかまだ家にはいるまいと思いながら華が確認する。

「その時に、呪術に使ったであろう、3人分の人体が発見された。

殺人と死体遺棄で警察に連行されたが、精神障害ということで医療刑務所で監視されている。」

「そう。」

呪術などと言って、司法が取り扱うはずがないと華も思ってはいた。

そうか、あれほどの呪術だ、人を供犠(くぎ)にしていたのか、と納得する。


「今夜は孝明の所に泊るから、明日服を持って来て欲しい。」

そう華子に言われれば、その服では外に出たくないだろうと察しが付く。

明日の朝一番に迎えに来るから、と玲子が言い残して和泉沢夫妻は帰って行った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ