那須の隠れ家
ワンワン!!
散歩中の犬が飼い主を振り切って、リードをひきずりながら黒猫を追いかけている。
猫も走っているが、大型犬の方が早い、距離が縮まっていく。
2匹の前にバイクが突入してくると、猫はバイクに飛びついた。
「華、大丈夫?」
バイクに乗っていたのは孝明だ。
会社は辞めなかったが、人事の育成を始めた孝明である。
自分の仕事を振り分けて定時に帰る為だ。
それぞれの専門部署から、若手を集め自分の補助をさせている。
孝明を主とするチームとして仕事を回し始めた。元々、孝明の仕事が多すぎたのだ。
将来有望な若手が集まっているということで、社内の女性達の注目の的である。
やがて、孝明がTOPに立った時に支えていく人材になっていくであろう。
孝明が黒猫を抱きかかえた時に犬の飼い主が追い付いてきた。
「申し訳ありません、お怪我はないですか。」
息を切らしながら、飼い主が謝る。
「しっかり、リードを持って散歩してください。
うちの猫は何より大事だが、近くに子供がいたら、それも危険になるでしょ。」
孝明のライダースーツの胸元から黒猫が顔だけ出している。
ニャー、と鳴く声は、そうだそうだ、と言ってるように聞こえる。
「しっかり摑まっていて。」
孝明は猫の頭をなでるとバイクを発車させた。
孝明は会社を定時に退社し、バイクの方が早いと高速を走ってきたのだ。
那須に行っている華が心配で仕方なかったが、犬に追いかけられているとは思いもしなかった。
猫の身の8年間はどれほどの危険があったのだろう、と思わずにいられない。
すぐに孝明が借りた別荘に到着した。
降りようとする猫を服の中に入れたまま孝明は中に入った。
そっと胸元から出して、猫を床に置いた。
「着替えておいで、お茶をいれておくよ。」
「うん。」
人間の言葉で返事した猫は階段を上がっていく。
「猫を見ると、逃げ出すタイプと追っかけるタイプの犬がいるのよね。」
はぁ、と華子が紅茶カップを手に取り一口飲む。
「心臓が止まるかと思った。
大型犬が猫の華を追いかけているのを見た時の気持ちがわかるか?」
塀に飛び乗るか、方向転換するか、タイミングを見計らっていた華は慣れた状況だが、孝明の心配はつきない。
「広田と御玉様が一緒だったはずだが?」
「一緒だったけど、二人を置いてきちゃったわ。
広田さん、気になる事があるって調べてた。先に帰ろうとして犬に会っちゃったの。」
「どうして猫の姿で?」
もしかして、広田にばらしたのか、と孝明が聞いてくる。
「最初から猫の姿で御玉様が連れて来てくれたの。」
華、と孝明が華子を引き寄せる。
ごめん心配かけて、華子が孝明にささやく。
「絶対に今度は負けない、私もあそこに幸子さんがいるきがするの。」
「だったら、なおさらだ!
幸子さんは華が猫になるのを知っている。」
孝明の言葉にクスッと笑って華子が答える。
「だから、明日からの土日は孝明も一緒に忍び込もう。」
会いたかった、助けてくれてありがとう、華子が孝明にもたれかかる。
「華子、帰っておるかえ?」
玄関から御玉の声がする、ガタガタと大きな物音と共に広田も戻ってきたようだった。
新婚夫婦に気を使って2時間ぐらい後で戻ってくればいいものを、孝明が舌打ちをする。
華子は御玉を迎えに玄関に行ってしまった。
「あれ、華子さん来てたのですか?」
広田が華子の姿に驚いている。
「孝明と一緒にね、猫は部屋にいるわ。」
華子がしらじらしく答えている。
梅子ばあちゃんと暮した8年で華子は料理を覚えた。
自身で料理をすることはなかったが、ずっと梅子ばあちゃんの横で見ていた。
和泉沢の家ではコックがいるので、華子が料理することはない。
是枝の家に入っても同じ事だ。
「鍋というのか、これは美味いのぉ。
大根を摺ったのは妾じゃ、もっと使うがよい。」
御玉が広田に大根おろしを薦めている。
「和泉沢一実さんの別荘には、幸子さんのお父さんが代表のNPO法人の人が出入りしているようだ。」
広田が調べてきた、と切り出した。
「NPO法人といっても、幸子さんのお父さんが県議員に出馬するための準備団体に近いものなんだ。
援助金を交付されてはいないので、私的な団体になるかもしれない。」
幸子が捕まるまで、父親は県議会議員だった。
「一実さんとそのNPO法人に関係はないだろう?
幸子さんが間にいると考えるしかないね。」
華子の料理を幸せいっぱいで食べている孝明が確認をしてくる。
「こうやって華の手料理が食べれるのは別荘生活のいい所だね。」
華は料理が上手い、いい嫁だ、と孝明の絶賛が止まらない。
「これが別荘の前に停まっているNPO法人の名前が書かれたバスだ。」
広田がパソコンに写真を出すと、華子や御玉ものぞきにきた。
食事をしながらの作戦会議は夜遅くまで続いた。




