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黒猫姫  作者: violet
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ミサンガをする黒猫

雨音が聞こえる、窓には雨の雫が流れていた。

手にした書類から目を離し、車窓を見るとまばらな人影が見える。

雨を避け人々は屋内に逃げ込んだのだろう。

目的の場所が近づくと目を()らして雨の中の道を見つめる。

「車を停めろ!」

運転手に声をかけ、車窓から目に付いた元に駆けだした。

「専務!」

後ろから秘書の呼ぶ声がするが、知ったことではない。


小さな黒い(かたまり)が歩道の隅で雨に打たれている。

是枝孝明(これえだたかあき)は塊を抱き上げると大事そうに(ふところ)(かか)えて車に戻った。

すっかり濡れた身体で車の後部座席に座ると運転手に屋敷に向かうように指示をだした。

「専務、これから社に戻って会議の予定です。」

前の座席に座る秘書の安川が驚いて声をあげた。

「大した事案ではない、僕がいなくとも大丈夫だろう。

明日の朝、結果を報告するように手配しておいてくれ。」



屋敷に戻り、和泉沢(いずみさわ)家に連絡するように家令に言うと部屋にこもった。

浴室に駆け込むと湯船に湯をはり、(ふところ)で震えている小さな黒い塊をそっと湯につける。

雨で冷えた身体を温め、泥を落とすと黒い綺麗な毛並みが現れた。

「みゃう。」

タオルで水滴を拭いていると、黒猫はお礼を言うように鳴いた。

(はな)、僕がわからないか?」

孝明が黒猫をまるで知り合いかのように問いかける。

「どうしてわかったの?」

黒猫から人の言葉が流れ出たのに、孝明は驚きよりも安堵(あんど)に震えた。

「ずっと探していた。君を見間違える事などしない。」

「もう会えない不安でいっぱいだった。」

華と呼ばれた黒猫は孝明の手にすり寄る。


孝明は華を抱上げ寝室に向かうと、ベッドの上に静かに降ろした。

「あそこにいれば孝明に会える気がしてたの。」

「華に会うために、あの道を通った。

最近、ネットで話題になっている黒猫。ずっとあそこに居ると写真がたくさんアップされていて、一目でわかった。」

会いたかった、と孝明は華を抱上げた。

「なぜ、和泉沢の家に戻らなかった?」

「お母様達にはお会いしたかったけど、この姿じゃわかってもらえない。あそこには(わざわ)いがいるから。

どうやっても人間に戻れなかったし、それに・・」

言葉の続きは待っても、華の口からは出てこなかった。

「どうして僕のところに来なかった?

婚約者なんだぞ。」

「どうして黒猫が私だとわかったの?」

孝明の問いには答えずに華が孝明に聞く。

「幸子さんが、いろいろ白状してね。

和泉沢夫妻にも呪いをかけたんだよ、それが上手くいかなくて跳ね返った。

それで犯人は幸子さんとわかったんだ。

華に呪いをかけたことも、黒猫になった華を北の地方に捨てて来たことも白状した。

和泉沢家では、娘の失踪(しっそう)原因が姪が財産目当てにした事とわかり驚愕(きょうがく)していた。人を黒猫に変えるなど信じられるものではなかったが、古い家系図には狐の嫁だとか、人外の血が流れていると書き残されていたし、過去にもいろいろあったらしい。

元々が巫女の系図から始まる和泉沢家だ、ごく内輪の関係者のみに伝えられた。

和泉沢一族の総領である華の父上が、猫に変化するぐらいは有り得ると言っていた。

僕の父親もそれを納得していたし、直系の華が傍系の幸子に負けるはずないと誰もが生きていると信じていたよ。」

幸子の言う地方も探索したが、華を探し出すことは出来なかった。


「孝明のところに行きたかったけど、私が黒猫になっているなんて知らないと思っていたし、言葉が話せるようになったのも2年ぐらい前からだから。

第一、孝明アメリカに留学中だったじゃない。」

「2年前か、幸子さんが呪詛に失敗して華のことがわかった時期だな。」

孝明が黒猫の華の背中を撫でながら言うと、華も気持ちよさそうにミャーと鳴く。


「幸子さんは、私を猫にしようとしたんじゃなく、殺そうとしたの。

捨てたんじゃなく、私が逃げ出したのよ。猫の姿じゃ簡単に殺されるから。

幸子さんの呪術の効かない遠い地に行く必要があった、是枝の家じゃ近すぎてダメだったの。」

「心配して、探して、探して、8年だ。」

孝明は華の左前足にあるミサンガに触れる。

「ほら。」

と孝明が左手の袖をめくると古びたミサンガがあった。

「二人で交換してつけたままだよ。願いが叶うように。

華の手作りだから同じ物はない、ネットで猫の足にあるのを見た時は狂喜で飛び上がりそうだったよ。」

会議の時間がせまっていたが、すぐに車を出させて向かった。

雨が降り始め、その中に華がいるかと気が焦るばかりだった。

「そっか、2年前に幸子さんは呪詛の跳ね返りで弱ったのね。

そんな事わからないから、ずっと逃げていた。

無駄な2年だったわ!」

怒っているかのように猫がツーンと顔を()らす。


「絶対に華が生きていると思っていたから探したんだ。」

「みゃう。」

ペロと華が孝明を()める。

「僕も会いたかったよ。」

孝明が猫を持ちあげ、チュッとキスをした。

瞬間、黒猫の重量が増し、孝明の腕の中で黒い毛皮が豊かな黒髪に変わる。

「華!」

そこには一糸纏(いっしまと)わぬ長い黒髪の少女の姿があった。

「たかあき、これ・・・」

華は言葉が続かない。

「華だ!華だ!昔のままだ!好きだー!」

ぎゅっぎゅっと強く抱きしめる孝明。

「よく見せて。」

華を少し離して孝明は姿を確認し、手は黒髪、白い背中と滑るようになでる。

「裸!裸だから!!」

真っ赤になって華が叫んだ。

「孝明ーーーー!!」





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