1.名前と名前
「フフッ。すっかりとイブを母猫のようにしているね。」
ホレイショーの街を出て精霊の手での移動中、子猫となってしまったアージェはイブを母だと思っているのか四六時中ピッタリと体を摺り寄せ、時には母乳を求めたりして離れることは無かった。
「私が……母だなんて………。」
そんな情景を見て俺はなんとも微笑ましくて可愛いなと口元を緩めていると、イブは少し暗い表情で今にも泣きだしそうな顔をしてアージェを見つめていた。
少し様子がおかしいなと思ったが本人に直接聞ける雰囲気でもなく、後でこっそりと俺はアダムにイブのことについて何か知っている事や思い当たる事はないかと尋ねてみた。
すると以前アダムとの間に子供を生したことがあるらしいのだが、不運な事にどうやらその子供は死産となってしまったそうでイブはその事で心に深い悲しみを抱えているらしいのだった。
たぶんその時の自分の子供とアージェの姿を重ねて見てしまっているのだろう……。
「あの時は『私には母になる資格がないってことなの!?』って自問自答するばかりで、長い間悲しみに明け暮れて随分と塞ぎ込んでいたから………。だから母の様に慕ってくれるのがうれしい反面、戸惑いとか拒絶とか……今は複雑な気持ちなんだろう。」
そうアダムは自分のヒゲを触りながら目を伏せて俺に話すのだった。
アダムはアダムで大好きなイブを元気付けたいがどうしたら良いのかも分からず、イブの方から欲しいと言うまではと子供の話も子作りも避けてずっと寄り添ってきたらしい。
「今度は元気な子をと祈って、私はまた子作りしたいんですがねぇ……。きっと次は大丈夫って言っても、アイツは益々塞ぎ込むばかりで………。」
まだまだ未熟な16歳程度の子供の俺には気の利いた言葉なんか思い浮かばず、寂しそうにボヤくアダムの背中を撫でることしかできなかった。
「私は大丈夫なんです。私は………。」
アダムはスッと立ち上がるとアージェを挟んでその隣に移動し、愛おしそうに自分からイブに頬擦りをしてペロペロとふたりで毛繕いをし合っている。
「ねぇ、お兄ちゃん。」
俺の横が空いたのを見計らってトトトッとパウロが近寄ってきた。
「なに?」
「アージェの新しい名前は……決まったかにゃ?」
名前、か―――。
子猫の姿になってしまった時にイブに告げられた『生まれ変わった』みたいだという事……。
その意味を俺たちは数日後に思い知った。
あの衝撃の朝、あの時までは何となく自分の事かなという程度ではあったが「アージェ」という呼びかけに反応していたのだが―――。
「『アージェ』って名前はもう使えないんだから早く決めるにゃ!」
パウロの言う通り、時間が経つと記憶が薄らいで消去されてしまったようにその名前をアージェは受け付けなくなってしまった。
拒絶と言っても過言ではないようで、三日後にはピクリとも反応しなくなったのだった。
俺はこれはヤバいと急いで教会へ連れて行き、俺がこの世界に来て最初の頃にしたように身分証でもあるアージェの石を掲げて神様に祈りを捧げたのだが……その瞬間に石はパンッと音を立てて割れ、跡形もなく粉々に砕けてしまった。
その為に新しい名前が急遽必要となり、満場一致でやはり俺が名前をと乞われて名付け親に決まったのだ。
「う~ん……。」
訊ねられて暫し悩み、更に考えた。
俺が名付け親になる事に決まった時からずっと考えていた名前はいくつかある。
あれが良いかな……これが良いかな、あれは違う……これも違うかな、湧いては消え湧いては消え………今は幾つかの候補が残るのみとなっていた。
「ちょっと悩んだんだけど………。」
パウロがワクワクと期待した目で俺を見つめてくる。
「シモーネ。シモーネにしようと思うんだ。なっ!」
子猫を両手で抱き上げて自分の目線の所まで持ってくると、俺は「これだっ!」と決定した名前で呼びかけた。
すると、嬉しそうな声で「ニャーン!」と返事をした。
「ウフフッ。喜んでるにゃ。ね~、シモーネ。」
「ニャ~ァ!」
アージェだったその子猫は俺が付けた新たな名前『シモーネ』をお気に召したようで、名前を呼ぶと嬉しそうに返事をしてくるのが可愛くて皆で何度も呼びかけた。
この子もあっという間に大きくなるのだろう……。
パウロも………。
「そういえば、初めて会った時からパウロも少し大きくなったな。」
いつの間にか俺の膝の上に座って寛いでいるパウロへ目線をやると、俺と目が合ったことが嬉しいようで笑顔を向けてきた。
「少し……重くなったしな。」
「ワタチだって日々成長してるのにゃ。大人になっていってるのにゃ~。」
人間と違って猫は成長の早いものだが……所謂ところのイエネコしか詳しくは知らない俺はこれから先、パウロがどんな成長をしていくのか楽しみだった。
「ここは異世界だしな、地球と同じとは思って無いが……。 どうなっていくんだかな~。」
「もっともっと大きくなるにゃ~! それで大人になったらお兄ちゃんを背中に乗せて走るのにゃ~。」
「前にもそんなことを言っていたね。」
「うんっ! だから早く大人になりたいのにゃ~。」
ご機嫌で話をするパウロを見ていると、大人になるのが俺は実に楽しみになってきたのだった。
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