10.孤独
あの朝から五日が経った。
街で聞き込みをしたりもしたが梨の礫で、俺たちには連絡先も分からないから仕方なくではあったが無断でアージェが仕事を休んでいる状態なのに―――。
「誰も訪ねてこないな……。」
「だにゃ~ぁ。」
俺の肩に乗ったパウロと二人、窓から茜色に染まっていく外の風景を見ながら気疲れの中でボヤいた。
「まるでアージェがこの世界に最初からいなかったみたいだね、お兄ちゃん。五日も姿を見せていないというのに誰も気にしていなんて………。」
「あぁ………。」
日も暮れてきて少し寒くなってきたからと、台所で皆へと温かいミルクを用意しながら俺の言葉にリリアも寂しそうに返してきた。
「はい、お兄ちゃん。」
「ありがとう。」
渡された陶器製のマグカップからは湯気が立ち、じんわりと温かさが手の平に染み込んでくる。
俺のだけ違うと分かる蜂蜜の匂いが混ざるミルクをフーフーしながら飲むと口いっぱいにまったりとした甘味が広がり、マグカップから口を離すと心のモヤモヤを吐き出す様にしてホウっと思わず息が漏れていたのだった。
「もしかして……あれは俺たちを心配させまいとしてついた嘘で、本当は仲の良い友達なんてアージェにはいないんじゃ……。」
「さすがに―――でも、ここまで誰も来ないんじゃそう言えるのかもしれないね。」
「ハーフエルフは嫌われているとか言っていたしにゃ~。」
「だよね~、アダム。無断で五日も仕事に出ないんじゃ流石に何かがあったかと誰かが訪ねてきそうなものだし、友達だって来ると思うんだ~! なのに―――。」
「うん、そうだな……。俺もそう思う。前回と今回、サラッと見た程度ではあるけどアージェ以外にハーフエルフっぽい人は見当たらなかったしな……。確かに変だなとは思っていた。」
そう……改めて思い返してみるとそれはアージェに聞いていた話とは食い違い、今回この街をうろついている時に感じた違和感はそれだったのだ。
「やっぱり俺に嘘を―――アージェはこの街で、独りぼっちで暮らしていたってことなのかな……。」
「独りぼっちは………寂しいにゃ。」
俺の頭にグリグリと自分の額を擦り付け、パウロは寂しいのは嫌だと訴えてきた。
「そうだな………。でも、それでも――両親が遺してくれたっていうこの家に、それ程までに居たかったってことなんだろうな。きっと思い出もたくさん詰まっているんだろう。」
部屋中を見回して壁や床にある傷や染み、少し傷んだところを直された痕のある家具などあちこちに残る『家族の思い出』と思われる痕跡を見つけてはアージェの気持ちに寄り添ってみた。
「そう思うと、なんだか感傷の情に堪えないな――。」
今や過去の記憶を無くしてしまったアージェにこの家はどう映っているのだろうかとも考えてみるが………記憶がないってことは何も感じないのだろうか……?
記憶にはなくとも『心』に残る何かがあるのではないか……とも俺は思っているのだが、どうなんだろうか………。
「本当の所はどうなのかは分からないけど、今のアージェだって何も感じないってことは無いと思うんだ。だからここを離れるにあたって大事だろうものはアージェの為に持っていきたいし、可能であれば住民の居なくなったこの家をいつかまたアージェと戻ってくれる様に残しておきたい。」
「う~ん………。」
「どうしたの? リリア。」
「アージェが死んだことにしたらさ、誰も住んでないこの家は偉い人に取られちゃうんじゃないの?」
「じゃあ俺が買った事にして―――。」
「それは無理だよ! 無理。だってお兄ちゃんはこの国の国民じゃあないんだから、そんな権利はないって認めてくれないと思うよ。」
「そう………なのか。」
リリアが言うことには、この世界ではどこの国でも外国人が土地や家を買う事はおろか借りるってこともできないらしい。
たまに休戦をすることはあっても基本的にどの国も戦争状態なのだから当たり前と言えば当たり前なのだろうが………これは困った。
「――ってことは、この家をこのまま残すって事は限りなく難しいってことか……。」
「仕方ないよ、お兄ちゃん。この国には知り合いらしい知り合いもいないのだし……。」
その言葉をリリアから聞いて、港湾都市オズリックで出会ったあの人のことを思い出した。
だが―――あの街を去る前に出たパーティーで視線さえ合わそうともせずに逃げていったカルラの気持ちを思うともう二度と会ってはならないような気がするし、ましてやこんな相談事を持ちかけるだなんてできようはずもなかった。
「―――そうだな。」
だから俺は思い出したカルラの名前を飲み込み、素っ気なく答えた。
カルラだって俺とはもう顔も合わせたくないだろうし、あれだけ気まずくなる様なことをしでかしてしまったまま別れたのにも拘らず、一秒でもそんな人に頼ろうと思ってしまった俺はなんと愚かで甘いのかと少し反省の意味を込めて自分の頭を握り拳でゴツンと叩いた。
「ん?」
そんな俺の言動からリリアは首を傾げてこっちを見てきた。
「なんでもない………。」
俺の目から勝手にそう見えただけで実際は違うのかもしれないが、それだけ言うとリリアの顔が寂しいと俺に訴えかけている様に見えて思わずギュッと抱き締めたのだった。
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