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5.馬車の窓に注意

 あの村から馬車に揺られて4時間程が過ぎた頃だろうか…。

 村を出発して暫くの間はアルテロも愛想笑いをしながら俺に話しかけてくれてもいて、馬車の中は割と落ち着いた雰囲気であった。

 だが目の前に向かい合わせに座っているアルテロは、話すことも無くなると段々と猫背になって下を向き、両肘をそれぞれの膝の上に置いて組んだ手に俯いた顔を寄り掛からせてブツブツと独り言を言い続ける様になっていた。


「―――これで…これで昇進出来る……。この神官様を連れて行けば……領都へ…異動になるはずだ………。ついに……私にも運が…………。」


 俺は一人放っておかれたこの状況に耐え切れなくなり、馬車の窓を開けて御者をしていたアルテロのあの従者に話しかけた。


「あの……もうそろそろ街は見えてきますか?」


「えぇ。街外れにある目印の大木がもう見えましたし、後20分もすれば街の門や門番をしている衛兵も見えてきて、小さな街全体が拝めるはずですよ。」


 愛想笑いしかしないアルテロと違って、この従者は一度こちらに振り向いてニコニコと笑顔を見せてから、前を向いて大木を指差しながら答えてくれた。

 その時、窓から少し大きな蛾の様なものが1匹パタパタと入ってきて鱗粉をばら撒いていた。

 それに気付いた俺は驚き、見られぬその生き物の来襲に「うわっ!!」と思わず声を上げた。


「アルさん! アル! 蛾、蛾が…ゲッ! 俺の肩に止まった! 変な虫が入ってきて…変なんだ! 助けてよ!!」


 蛾の様な生き物が肩に止まると貧血の時みたいにグラリと目眩がする中で、その生き物がただの蛾ではなく早く追い払わねば危ないものだと嫌な予感を覚え、止まった肩から逆の手で振り払いながら俺は1人の世界に入っていたアルテロの腕を掴み、思いっきり揺さぶって叫んで助けを求めた。

 その声にハッとして顔を上げたアルテロは「ルカ様!」と叫んで異変に気付き、俺の肩から蛾の様な生き物を手で払うと、再び飛び始めた蛾の様な生き物を懐に持っていたペンで刺し殺して窓から外に捨てた。


「申し訳ございません、ボーっとしていまして……。ご気分が優れないとか…何かお体に不調とかございませんか?」


 アルテロは焦った様子で必死に謝り、俺の両手を掴んで顔を覗き込んできた。


「俺の肩に止まった時に何故か目眩がしてちょっとグラッとしたけども…、他には特に異変はないよ?」


 アルテロは顔色をサァーっと青くし、頭を抱えた。


「もう少し気を払うべきでした……。ここら辺りは吸魔力蛾(ヴァンプ・モス)の出現地域だったのにうっかりと忘れていました……。」


 シュンと落ち込んだアルテロの出す暗くなった雰囲気を変えようと、さっきの生き物について笑顔で尋ねてみた。


「と、ところで…吸魔力蛾(ヴァンプ・モス)って初めて見たんだけど、どんな生き物なのか教えてくれないかな?」


 俺の問いかけに顔を上げると、アルテロは詳しく答えてくれた。


吸魔力蛾(ヴァンプ・モス)とは大抵は森の中に住まう虫です。形は似ていますが蝶の様に花に止まって蜜を吸うのではなく、あの蛾は人間や動物に止まり、口から特殊な形状の管を出して人間や動物から魔力を吸うのです。しかも鱗粉には幻惑作用があり、それによって刺されても暫くは気付かない事が多々あるので…、1匹なら問題は無いのですが、大量に発生した場所に出くわせばとても危険な生き物なのです。」


 その説明を聞いてあの蛾は大きな蚊の様なものだろうと先ほど覚えた嫌な予感に納得すると、背中にゾワリと寒気が走り、少し気持ち悪いなと思った。



 そうこうしている内に馬車が突然止まった。


「証明書を出せ。」


 窓から外を見ると、どうやらサントルの街の門の前まで着いた様で、御者をしている従者が衛兵から身分証を求められていた。

 御者をしている従者は懐から出した書状を渡し、自らの首に下げた石を衛兵が持っているガラス板の様な物にくっ付けるとそれは光りだし、板の表面には文字らしきものがたくさん映っていた。


「後ろに乗っていらっしゃるのは調査の任務で出られていたクルム様と、調査先で保護した神官様です。」


 目つきの悪い衛兵が窓から中を確認しようと覗き込んできたので、俺は少し怖かったが怪しまれない様にニコッと笑ってやり過ごした。


「よしっ! 通れ。」


 衛兵の命令に御者をしている従者は軽く会釈をすると馬車を街の中へと走らせた。

 馬車の窓から見える街の中はそう大きくはなく、中世ヨーロッパの田舎町と言った感じで、そう大きくも無い建物の商店が並んでギュッと固まっていた。

 しかし八百屋と思われる店先にも…、肉屋と思われる店先にも、並んでいるのは見た事のない野菜や肉ばかりだった。


「さぁ、着きましたよ。ここがこの街の教会です。」


 止まった馬車のドアをアルテロが開け、言われるがまま俺は降りると中へと案内された。

 田舎町という雰囲気の中にある教会なだけあり、建物の中は木製のベンチがいくつかあるだけのこじんまりとしたものだった。


「神官様、わたくし達は隣の部屋に居るシスターにご挨拶をして、そのまま神官様の儀式が終わるのを待っています。今から行っていただく祈りの儀式の方法は、神の化身のシンボルの前で跪き、両の手の平を上に向けて引っ付けた上に“聖なる天空”を乗せて頭より上に掲げたまま神に祈りを捧げます。そうすれば神の御声を聞くことができ、霧散した魔力が完全に安定して回復し、“記憶”を取り戻すことができるでしょう。その際に石の力は一時的に光と共に消えますが、また暫くすれば石に宿る光も取り戻されますのでご安心ください。」


 そう言ってアルテロは従者と共に教会の礼拝堂横にあるドアを開けて隣の部屋の中へと入っていった。

 どうやらこの祈りの儀式によって神様と話ができるらしい。

 俺の今の状況、きっと神様なら知っているはず…、話ができるならば聞かなければ……。

 俺は好機とばかりにこの祈りの儀式を行う事にした。

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