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6.突然

「キャーッ!!」


 酒場から漂う美味しそうな料理の匂いによって惹きつけられた俺の腹がその料理を求めて情けなく音を鳴らし始めた時、その酒場の横にある路地の方からガヤガヤと騒がしい店の音を切り裂く様な女の悲鳴が聞こえてきた。


「…っ!」


 酒場に居る客も数人は何事かとざわついて立ち上がる者もいたが、それ以上は聞こえない女の声に酔っ払っているので空耳かと店の客たちはまた腰を下ろして酒を飲みだしていた。

 だが俺は只事ではないとそうっと路地の奥を覗くと、薄暗がりの中で女の人が図体の大きな男に背後から抱き付かれて口を塞がれていた。

 明らかに俺よりも大きな男ではあったが襲われている女の人を助けなければと思い、図体の大きな男がこちらに背を向けた瞬間に姿勢を低くして一気に駆け寄ると膝の裏に体当たりをした。

 その瞬間、図体の大きな男はパッと手を放したので女の人は俺の背後にまで逃げることができ、俺の後ろで震えていた。


「大丈夫ですか? 一体何が……。」


「表通りを歩いていたらいきなりこの人に捕まって路地の方に引き込まれたんです…。」


 そう言うと女の人は俺の肩をギュウッと掴んだ。

 俺は痛がって蹲っていた男をキッと睨み、「この人に何の用だ!?」と言い投げると、男は「チッ!」と舌打ちをして去っていった。


「ありがとうございます。」


「いえ……。」


 女の人が俺に下げた頭を上げると、お互い「アッ!」と気付いた。


「またお会いしましたね。」


「えぇ。あなたとは御縁があるようですね。フフフッ……。」


 ホッとして優しく笑うカルラはお礼がしたいと言い、俺を先程見つけた酒場へと連れてきた。


「ここは私のお気に入りのお店なんですよ。」


「へ~ぇ…。さっき俺も通りすがりに見付けた所だったんだけど、なかなか雰囲気の良い店ですよね。」


「えぇ。でもそれだけじゃないんです…。この街では海産物を使った料理が有名なのですが、このお店が一番美味しいと私は思うのですよ!」


 カルラは俺の耳に口を近づけてヒソヒソと小声で教えてくれた。


「昼にお会いした時に話した様に、魔物や動物を食べる事そのものがこの国では罪とされてはいます……。それはこの国の核となる聖書をもたらした聖人様…、つまりはオフィーリア国の祖である双子王の影響に因るものなのですよ。ですが聖人様が元居た世界と違いここは平和では無く、更には食べる物にも困っていたので信徒全員がその教えを守ることは叶わず、当時は数多くの死者を出したらしいのです。なので信徒の中の一部の者が聖人様や他の信徒たちを守る為に禁忌を犯し、狂化(きょうか)して死ぬかもしれないという事も恐れずに魔物食いで戦う力を得てきたという歴史があるのです。その為に他の普通の街に住む国民を守る代わりに禁忌を犯すという罪を引き受ける特別自治区の街の住民にとっては、魔物や動物を食べなければ力を失うことを意味するのです。」


 そう言って俺と目を合わせると、カルラがニコリと微笑んだので思わずドキッとして顔を赤らめ、俺は俯いてしまった。


「…そんな顔をされると、アイツと混同しちまうじゃねーかよ………。」


「フフッ……。さっきもそんなことを言っていたわね、ルカさん。」


 俺がボソッと呟いた小さな声に返事を返され、聞こえていたのかと恥ずかしくなった。


「うわわわわわわわ……。えぇっとぉー………、聞こえてたんですか?」


「私たちエルフは他の人間種よりも耳が良いのよ。だからどんなに小さな声で話していたとしても、陰口なんかでもすぐ聞こえちゃうのよっ! フフフッ…!」


 これは軽率なことを喋らない様に益々気を付けなければと、俺は両手で自分の口を押えた。

 そこへ、この酒場の女将らしき女が俺たちの座ったテーブルへと近付いてきた。


「今日も来たのかい? カルラ。」


「えぇ。こんばんは。今日は何があるかしら。」


「今日のおすすめはクラーケンのアヒージョとクラーケンのゲソ揚げだよ。」


 酒場の女将らしき女はカルラよりも少し年上といった雰囲気で、常連らしきカルラとケラケラと笑いながら親しげに話していた。


「じゃあそれと……、ルカさんは何を飲まれます?」


「お、俺は……。カルラさんと同じもので…。」


「ミードを2つね。」


 女将らしき女はカルラから注文を聞くと、店の奥へと入っていった。


「ルカさんは……。」


 不意に自分の名前を呼ばれ、何の気なしにボォーっとカルラの顔を見つめていた俺はビクッと驚いて慌てて「はい!」と返事をした。


「旅をしているって言っていたわよね? 見た目からしてもサクラヴェール国の生まれみたいだけど…、聖書の加護を離れる事は怖くないの?」


 この世界において生まれた国を離れるという事は聖書の加護から離れるという事で、死を覚悟するという事と同等の意味をもっていた。

 自らの正体を隠したかった俺はサクラヴェール国の民だと勘違いされているままにして、「もう慣れているので…。」と適当な返事をして誤魔化した。


「そう……。特別自治区の街の人たちは禁忌を犯すことによって魔物の力を得るのと引き換えに、聖書の加護を受けることはできなくなってしまった民たちの末裔なのですが……。私は怖いのです…。この国に住んでいればオフィーリア国の民、エルフとして本来ならば病気になんて殆どなることもなく、怪我をしてもすぐ治る聖書の加護の力を当たり前の様に得ることができたはずなのに……。私たちは戦う力を得ても普通のエルフよりもずっと寿命も短い、弱い体なのです……。」

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