1.お礼と郷愁
教会で神様へのお祈りを済ませた俺たちは市場の屋台で食べ物を買い、アージェの家へと戻った。
「お兄ちゃん。今日の御用事はもう終わり?」
「そうだなぁ……。後は街の人たちに少し話を聞いたらこの街での用事は終わりだ。」
俺たちは泊めてもらったお礼にと、話をしながらさっき買ってきた食材を使って今日の夕食を作り始めた。
この国では肉や魚は手に入らないし、エルフの血の混じるアージェには野菜や木の実などといった植物だけを使った料理しか食べる事ができないので市場で買い物をする時から何を作れば良いのかと迷っていた。
だが小麦粉に似た物が売られていたのと、潰すと生卵の様にドロリとして火を通すと固まるという味も性質もそっくりで、この国では卵の様に食されているという代用品にピッタリな黄色い小さな実があったので、それを使ってある物を作る事にした。
「卵は無いけど代用品になるこの実が使えそうだから大丈夫かな。小麦粉に似たものを見付けたし、トマトっぽい実もある事だし…、これで腕によりをかけてトマトパスタっぽい物でも作ろうかな~。」
俺は小麦粉を練ってパスタを作りながらイタリアの田舎町に住んでいる祖母の事を思い出していた
幼い頃から長期休暇になる度に家を訪ね、行く度に祖母がいつも自慢のパスタを作って振る舞ってくれた。
俺がそこそこ大きくなると「この家に伝わる秘伝のトマトパスタをルカにも覚えてもらわなくっちゃね。」と言って、よくそのパスタ作りを祖母に手伝わされていたので何度も作った記憶がある。
「まぁ……、神様に言わせれば、この『記憶』は俺のであって俺のではないんだっけ……。」
久しぶりに思い出した地球での『俺』の記憶に、俺はちょっと寂しくなってしまった。
「……お兄ちゃん?」
リリアとパウロは様子が変だと感じ、どこか遠くを見てボーっとしていた俺の顔を心配そうに覗き込んできた。
目の前にある2人の顔を見ると、こんな事ではダメだなと反省した。
「俺にはやらなければならない事があるし、この世界でリリアとパウロとアダムとイブっていう大切な家族もできたんだからしっかりしなくちゃな!」
俺はうっかりと感傷に浸ってしまって止まっていた手を再び動かし、アージェが帰ってくる頃合いまでに料理を仕上げた。
「ただいま~。」
「「「おかえり~!」」」
ドアの傍に立って皆で盛大に迎えると、アージェはちょっと吃驚した後に少しはにかんでいた。
「さぁ、座って座って~。泊めてくれたお礼に、今日の夕食は俺たちが作ったよ。」
「帰ったら『おかえり』って出迎えてもらえて…、おまけに温かい夕食まで用意されているなんて……久しぶりだ………。」
アージェがとても喜んでくれたので俺たちも嬉しくなった。
「さぁ! 皆、温かい内に食べよう!」
俺たちが浮かれ気分で一口目を口に運んで食べ始めていると、アージェが曇った顔をして話しかけてきた。
「ところでさ……、そこに居る女の子は、誰?」
「あっ……。」
俺はパウロが猫から人間の姿に変化していたという事をすっかり忘れていた。
パウロは月へ捧げた祈りによって人間に変化したという事なのだが、神様から聞くところによると、それはこの世界で神様と救世主だけが持つとされる神力の持つ“種の創造”という力の影響によって起こった現象らしいのだ。
その為にどうにももう誤魔化しきれず、最後まで隠しておきたかった俺の身分を明かすこととなった。
「そう…なんだ……! これが昨日見たあの黒猫………。」
アージェは今聞いたことが信じられないといった様子で、パウロの耳や尻尾を恐る恐る触って本物かどうか確かめていた。
「く、くすぐったいにゃ~! アッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! そこは触っちゃダメにゃ~。」
「アハハッ! 寝て起きたらこの姿でさ、俺も信じられなかったから無理ないよな。」
アージェに触られて楽しそうに笑い転げているパウロを見ていると、横に座っていたリリアが俺の袖をツンツンと引っ張った。
「ねぇ……。」
「ん? 何? リリア。」
「今日はどうやって寝るの? パウロが大きくなっちゃったから…、流石に皆であのベッドでは寝づらくない?」
「あー………。そうだな~ぁ……。」
確かに寝床に貸してもらっているベッドでは、人間が3人も並んで寝るというのは少し窮屈だった。
「だーいじょうぶにゃ! 見ててにゃ。」
そう言うとパウロは月の見える窓辺へ行き、昨晩と同じ様にお祈りをした。
すると、目の前で今度は人間の姿から見慣れたあの黒いコウモリ猫の姿へと変わったのだった。
「えっ? 猫の姿に戻れたの?」
「そうにゃ! お空に月がある時だけ、人間にも元の姿にも変化する事ができるんだって、今日お兄ちゃんと一緒にお祈りした時に神様が教えてくれたにゃ。」
「そっか……。」
俺に自慢する様にパウロは変化の仕組みを教えてくれた。
何はともあれ、パウロが小さな猫の姿に戻れたことでベッドのスペースの問題は解決した。
「パウロ……。人間の姿になるのはもっと人間の多い街に行った時とかの、どうしても困った時だけにしようか。」
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