8.懐かしい(?)味
「んまいっ! なっ、パウロ。この店にして正解だ!」
「ニィ、ニィ。」
街に夕闇が迫り、大通りのあちこちで酒場に明かりが灯って夜の賑わいが溢れ出していた。
俺は止まり木亭を出て大通りを歩き、初めは一番目立っていて目に付いた大きな店に入ろうとしたが入口に掲げられたメニューを見ると、どれもこれも値段の高過ぎる高級店だったので断念した。
だがその時、困っていた俺に声をかけてくれた地元の人が、近場にあるとても美味しいと言うこじんまりとした店を教えてくれたのだ。
「あの教えてくれた人に感謝しないとな~。この街は店がありすぎてどこに行ったら良いのか分からないし、ヘタな所に行くと高いから怖いしな~。」
「おや、お兄さん。ここへは誰かの紹介で来てたのかい?」
「あぁ。さっきこの街に着いた所なんだが、どの店に行ったら良いのか分からなくて立ちすくんでた所を通りがかった人が声をかけてくれてね。この近くに自分も良く行く、小さいが美味くて手ごろな値段の良い店があるって…。」
「へ~ぇ。そりゃ常連の誰かかねぇ~。誰だか分かんないけど、私もその人には感謝しないと…。こんな良い男をこの店に連れて来てくれたんだから! ねっ!」
俺よりも少しだけ年上らしきウェイトレスをしているお姉さんが、『良い男』と言って微笑みかけてきたので俺は照れてしまい、頭をポリポリと掻いた。
「ガッハッハッハッハッ! この兄さん、エレナに良い男なんて言われて赤くなってやがるぜ!」
その俺の様子を近くの席に座っていた常連らしき中年の酔っぱらいのおじさんに目聡く指摘され、大きな手で肩をギュッと掴まれて絡まれてしまった。
「若いね~、兄さん。こんな事ぐらいで顔を赤くしてちゃ、すぐその辺の適当な女に騙されちゃうぜ~。特にここみたいな大きな街は詐欺が多いんだからよ~。気をつけなよ~。ガッハッハッハッハーッ!」
酔っぱらいのおじさんに絡まれはしたが、楽しい酒場の雰囲気に呑まれていた俺はさして気分を害することもなく、ほろ酔い加減のまま楽しく食事もすすんでいた。
さすがにお店に入ってすぐは、モスグリーン色の外套のフードを室内でも脱がずに被りっぱなしの俺に警戒されはしていたが、パウロを連れているのを見るや少し警戒も解け、懐から外に出てきたパウロが愛嬌を振りまくと一気に打ち解けることができていた。
「かっこいいお兄さんに今日は特別にサービスだ。この街に来たらこれを食べなきゃ! 名物のサンドワームのすき焼きだ! これはこの国の聖人様が伝えられた食べ物を基に、この街の周辺の広大な砂地地帯でよく湧くサンドワームって魔物で作った一品だ! 生卵に付けて食べるっていうちょっと変わった代物ものだが…、濃い味付けが酒に合うってんでここらでは人気の一品だよ! ほら、今日は昼頃に珍しく入荷ってきた北部の名酒、“ミキ”も1杯付けちゃうよ~。」
「おっ! 今日はミキがあるのか! ならエレナ、俺にも1杯くれ!」
「はいよ。」
エレナと呼ばれたウェイトレスはさっきの酔っぱらいのおじさんとは別の、俺の隣の席に居たこれまた常連らしき30代ぐらいのガッシリとした男にも、俺に“ミキ”呼ばれる酒を勧めていると横から同じ物を喜び勇んで頼まれていた。
出てきた『サンドワームのすき焼き』という物は、手の平よりも少し大きいぐらいの金属製の器に盛られた、少量のせいかすき焼きというよりは肉じゃがに近い様な見た目の料理だった。
サンドワームと聞いて、あの巨大なミミズの様な見た目のやつかと気持ち悪さから引いたが、折角好意で出してくれたのだからと箸をつけた。
「こ、これは……。甘辛い味が肉にも野菜にもよく合い、煮込まれた肉が口の中で蕩ける様だ! 俺が知っているすき焼きとは少し違うが……、これはこれで美味いっ!!」
「兄さん、そこで“ミキ”をグイっと飲んでみな! すき焼きの味と合って、また更に酒もすき焼きも美味しく感じられるから。口の中が『幸せ』って感じよ!」
そう言われてサンドワームのすき焼きと共に出された酒は、陶器でできた湯飲みの様なコップに注がれた琥珀色をした液体であった。
俺がそれに口を付けていると、「このお酒も聖人様が伝えられた物なんだよ。」とエレナが教えてくれた。
「ゲホッ! ゴホッ…! ゴホッ……!」
ようやく飲み慣れていたシードルと同じ様に飲もうとすると、アルコール度数が高いらしくて一口目辺りから咽てしまっていた。
「だ、大丈夫かい? お兄さん。」
それを見てエレナは申し訳なさそうに俺の背中をさすってくれた。
「ガッハッハッハッハッ! 若い兄さんには、どうやらまだ“ミキ”は早かったようだな。」
エレナに「お父さん」と呼ばれ、頼まれて奥から店主が持ってきた水を背中をさすられながら飲んでいる俺の様子を見て、あの酔っぱらいのおじさんは豪快に笑っていた。
「初めて飲んだもので……、こんなに強い酒とは思わず……。シードルと同じ様にゴクゴクとは……飲んではいけない物だったのですね…。」
俺はまだ喉が辛かったがニコリと笑って答えておいた。
「……! あんな薄い酒と同じ様に飲んだらそりゃ咽るだろうよ。ハッハッハッハッ…!」
さっき俺と同じ酒を頼んでいた30代ぐらいのガッシリとした男が、“ミキ”を一口ずつ味わう様にチビチビと飲みながら楽しそうに笑っていた。
ちょっと飲んだだけで咽てしまったが、この“ミキ”と呼ばれているお酒は、色や匂いからどうやら『日本酒』の様であった。
俺が「ミキか……。御神酒からきた呼び名かな…。」とコップの中にまだたっぷりと残っている“ミキ”を見ながら思っていると、咽た俺を笑っていた常連の男2人が突然、俺の両側から肩を抱いて挟むと酒の入ったコップを陽気にそれぞれ掲げた。
「兄さんももうこの店の……、この街の仲間だ。暫くこの街に居るんだろ? なら俺らはこの店によく来るから兄さんもまた来いよな。それっ、…カンパーイ!」
こうしてアシュワガンダでの1日目の夜は更けていった。
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