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そばにいて  作者: 大平麻由理
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8.おでこの代償

「お姉ちゃん。ただいまー! 具合はどう? 」

 愛花がわたしの部屋のドアをノックもせずに、いきなり入って来た。

「あっ……。えっと、絵里さんと、マミさん。来てたんだ。こんにちは。いらっしゃい」

 愛花。いらっしゃいなんて言ってる場合じゃないでしょ。なんで愛花の後ろに、その、吉永君が突っ立ってるわけ? マミなんて、ポカンと口を開けたまま、完全に固まってしまっている。

「ほらあ。真澄ちゃん。そんなとこにいないで早くこっちに来て。あのね、お姉ちゃん。ついさっき、エレベーターで真澄ちゃんと一緒になったんだ」

 麻美に負けないくらい呆然と突っ立っている吉永君が愛花に押し出される。

「お、おい。何するんだよ」

「いいからいいから。でね、真澄ちゃんったら、ゆうちゃん、大丈夫? なんてマジで心配そうに聞くんだよ。そんなに気になるんだったら自分の目で確かめなさいって、ここまで連れて来たの。大変だったー。それじゃあ、ごゆっくり……」

 そう言って部屋を出て行ったはずの愛花がまたもやすぐに舞い戻って来て、ドアの隙間から顔だけ覗かせる。そしてとんでもないことを口走るのだ。

「絵里さん、マミさん。真澄ちゃんとお姉ちゃんって、周りがイライラするくらいもどかしいの。とっととくっつけちゃってください。よろしく! 」

 愛花はそれだけ言うと、瞬時にそこから立ち去る。なんという逃げ足の速さ。でもこのまま見逃すわけにはいかない。なんで、麻美の前でそれを言う? 麻美の表情がみるみる曇っていくのがわかる。

「あ、愛花っ! 待って! 」

「あいちゃんっ! こら、待て! 」

 わたしと吉永君が愛花を捕まえようと部屋を出たのはほぼ同時だった。

「愛花! 待ちなさい。わたしの友達に何でそんないい加減なこと言うの? いますぐ謝って。真澄ちゃんにも、絵里にも。そして、マミにも! 」

 愛花の腕をひっ捕まえて、大きく息をしながらなんとかそれだけ言った。あ……。わたし今、真澄ちゃんって言わなかった? ど、どうしよう。絵里と麻美にも聞こえたよね。でもそんなことを気にしてる場合ではない。とっととくっつけちゃってくださいって……。なんでそんな突拍子もないことを言うんだろ。麻美が……。麻美がなんて思ったか。

「お姉ちゃん。なんでそんなにムキになってるの? 別にいいじゃん。あたし、嘘言ってないよ。あたしは真澄ちゃんが本当のお兄ちゃんになってくれたらいいのになって、小さい頃からずっとそう思ってたの。お姉ちゃんと真澄ちゃん、とってもお似合いだもん。二人がくっつけばあたしの夢が叶うし……」

 最後まで言い終わらないうちに、わたしの右手が愛花の口元を覆っていた。ハッとしたように愛花がわたしを見る。

「おねーちゃん、やめてーー」

 愛花のくぐもった声が手の隙間からこぼれる。わたしはもう一方の手で愛花を向い側の彼女の部屋に押しやった。

「やめてよ、痛いよ」

 愛花が身体をくねらせ、反抗する。それでも負けずに部屋へ連れて行くために愛花の手を無理やり引っ張った。テコでも動かない妹の強情さにまるで綱引きのような状態になってしまった。

「おい、もういいだろ? 放してやれよ」

 わたしの後ろにいた吉永君がわたしの右手を掴んで、愛花から引き離した。その時、玄関のドアがパタンと閉る音が聞こえた。

「マミ! どこ行くの、待って! 」

 絵里が玄関に向かって叫ぶ。

「た、大変。優花。マミが外に飛び出しちゃった。あたし、追いかけるね。そ、それじゃあ、今日はこれで。優花。お大事に。吉永。優花のこと、よろしくね」

 絵里が顔面蒼白になりながらも慌てて靴を履き、麻美を追って外に駆け出す。

「お姉ちゃんのバカ! お姉ちゃんなんか大ッキライ! 」

 次は目の前で仁王立ちになっていた愛花が、大声でわめきながら玄関を飛び出した。

 いったい何が起こったのだろう。わたしの目の前から、次々と大事な人が消えていく。とたんに足の力が抜けて、その場にへなへなと座り込んだ。その瞬間、わたしの右手を掴んでいた手がはらりと離れた。リビングへと続く廊下にへたりこんだわたしを見下ろすのは、吉永君、だろうか。

「おい、大丈夫か? 」

 頭上に注がれる声の(みなもと)は、間違いなく吉永君だった。わたしは力なく、遥彼方にある彼の顔を見上げる。

「吉永君……。ごめんね。愛花のこと、許してくれる? 」

「許すも許さないもないよ。あいつ、俺達のことかなり誤解してるみたいだな。それとも、そっちが何か言ったのか? あいちゃんに何か吹き込んだ? 」

 それって……。どういうこと? わたしが愛花に、吉永君との関係を誇張して言ったとでもいうの。そんなわけないじゃない。正真正銘、愛花の早合点だ。

「何も言わないわよ。だって、わたしたち。その……。昨日まで、何もしゃべらなかったんだし、一緒にいることだってなかった。それなのに、愛花にいったい何を吹き込むって言うの? 」

「それもそうだな。俺たち、間違ってもそんな風に思われる関係じゃないよな。あいちゃんの思い込みも、あそこまでいくとたいしたもんだ。で、マネージャーも飛び出したわけだけど。どうなってるんだ? そっちのダチは」

 そうだ。こんなことしてられない。わたしも追いかけなきゃ。愛花もどこに行ったのだろう。

「わたし、行かなきゃ。愛花だって、捜さないと」

 ふらつきながらも立ち上がって、玄関に向かおうとした。なのに。吉永君の手が、再びわたしの腕を掴んだ。

「マネージャーは本城に任せておけばいいんじゃないか? あいつならうまくやってくれるよ。それにあいちゃんだって、もう中三だろ? 迷子になるような年じゃない。好きにさせてやれば。今、ねーさんの顔を見たら、また反抗するぞ」

「で、でも」

「学校休んでたやつが何言ってるんだ。具合が悪いんだろ? そんなに心配なら、俺が捜してこようか? 」

「いいよ。そんなの悪いし。そうだ、もしかしたら、母さんの仕事場に行ったのかもしれない。商店街のはずれのインテリアショップなんだ」

「ああ、あそこか」

「うん」

 前にも留守番中にケンカをして、愛花が母さんの所に駆け込んだことがあった。学校を休んだわたしが外を走り回るのも、おかしい話だ。ここは吉永君の言うとおり、様子を見たほうがいいのかもしれない。

「やっぱ、行くの辞めるよ。あとで、母さんに電話してみる。愛花だって無茶はしないよ。きっと」

 わたしは自分自身に言い聞かせるようにして、こくりと頷いた。その時、自然と腕に視線が行って、まだ吉永君の手が添えられたままであることに気付く。そのまま吉永君に視線を移す。すると彼もそのことに気が付いたのだろう。あわてて手を離し、少し頬を赤らめながら、参ったなあと頭を掻いている。久しぶりに見る、彼の照れた顔。なんだかかわいい。遠い昔の日を思い出してしまった。 

「明日模試だろ? 学校行けるのか? 」

 わたしと関係ない方向を見ながら、吉永君が突然そんな話を振ってくる。

「う、うん。行くよ」

「身体は大丈夫? 熱は? 」

「……ない」

 吉永君がわたしの方を見たかと思うと、だんだんいつものように無表情になっていく。

「ずる休み……か? 」

 やだ。バレたのかな。 

「もしかして……。昨日、俺が見たから? 」

 わっ。完全にバレてる。でも、認めたくない。そんなの悔しいじゃない。

「ち、ちがうもん。吉永君が何を見たのか、し、知らないけど……。ホントに身体の調子が悪かったんだもん。でも、絵里とマミの顔を見たら、元気になって、それで……」

「わかった。俺は昨日、何も見なかった。それでいいのか? 」

「も、もちろん。わたしは、何も気にしてませんから。おでこくらい見られたって、平気だもん」

 わたしは廊下の壁にもたれながら、プイと顔を横にそむ向ける。

「それと……」

 な、なんなの? わたしのすぐ横に並ぶようにして壁にもたれたまま、首だけ曲げて顔を寄せてくる。吉永君……。近すぎるよ。恥ずかしいってば。



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