6.友の見舞い
「意外と元気そうじゃん。安心したよ」
「ほーんと。顔色もいいし、大丈夫そうだね。いつも元気な優花が学校休むんだもの。びっくりしちゃった」
ベッドの上に並んで座った絵里と麻美が、まん中に座るわたしの顔を心配そうに覗きながら言った。
「二人とも、わざわざこんなところまで来てくれて、ありがとう」
絵里と麻美の家は、学校をはさんでうちとは反対方向にある。通学定期のないバス路線を使ってここまで来てくれたのだ。なんだか胸がジンとする。本当はずる休みだったの、なんて口が裂けても言えない。ごめんね、絵里、麻美。
「いつもの優花でよかった。熱出してうんうん唸ってるのかと思ってた。だって、昨日いろいろ聞いちゃったじゃない? 吉永のこと根掘り葉掘りさ。優花はあいつのこと、あまり良く思ってないのに、あたしったら調子にのって、幼なじみもえ〜とか言ったし……。そのこと気にして寝込んじゃったのかなあって思って、責任感じてたの」
そ、そうなんだ。ということは、まだわたしが吉永君を好きだってことはバレてないってことだよね。なんだかほっとした。
「でさあ、あたし気がついたんだけど……」
いったい何に気が付いたと言うのだろう。ドキドキしながら絵里と麻美の顔を交互に見る。えっ? 麻美……。顔が赤いよ。さっきから口数が少ないとは思っていたけど、どうしたのかな。
「昨日優花が言ってたじゃん? 小学生の時、いろいろ言われていじめられたって」
わたしの左横で赤い顔のまま下を向いている麻美をよそに、右隣の絵里が真剣な眼差しをわたしに向ける。昨日、今から殴りこみに行ってやるって怒りを露わにしていたあの話だ。
「そのいじめっ子って、吉永のことじゃない? 」
心臓がドクッと大きく鳴った。すると麻美も同時に顔を上げたのがわかった。麻美もわたしと同じで、もうすでに吉永君に関することに過剰に反応する体質になってしまったのだろうか? わたしは言い当てた絵里にしぶしぶ、うんと頷いた。話が嫌な方向に行きそうなまずい空気感が漂う。
「やっぱりね。じゃあそのことがトラウマになって、優花は吉永のことが許せないんだね」
絵里は一人勝手に納得して、話を片づけていく。別に、トラウマと言うほどのことはない。いじめるったって、ただ変な呼び方をされただけで、叩かれたりとか陰湿な意地悪をされたわけじゃない。逆にその頃が今までで一番仲が良かったんじゃないかって思うくらい、楽しい毎日だった。
ある日、学校から家に帰ったらどっちの親もいなくて、ランドセルを玄関前に置いたまま、二人で隣街の大きな公園に行ったこともあったし、雨の日に階段の踊り場で集めていたカードの取替えっこもした。二人だけの時は憎まれ口を言うこともなく、私が欲しがっているカードをくれたこともあった。
でも、ここには麻美もいる。吉永君のことが好きだと聞かされている以上、彼との過去の出来事を必要以上に言わない方がいいだろう。ここは絵里の思い込みに同意するのが賢明な選択なのかもしれない。
「う、うん。まあね。でもね、トラウマになるほどいじめられたってわけでもないんだ。わたしだって結構ひどいことを言い返してたからね。だから今はなんとも思ってないよ」
「ふーーん。それならいいんだけど。お互い、子どもだもんね。でね、優花にちょっと頼みがあるんだ」
絵里はそう言って、麻美に何か目配せをした。それでもなかなか口を開こうとしない麻美に絵里がいら立ち始める。
「マミ、はやく言いなさいよ。ほら、もたもたしないで!」
「わかった。言うから……」
麻美はカールした長めのまつ毛をふるっと震わせて、ようやくわたしの方に向き直った。
「ねえ、優花。その……。昨日あたしの好きな人のこと、絵里から聞いたよね? 」
「……うん」
なんでだろう。突然胸が締め付けられるような圧迫感に襲われる。声も掠れる。きっとあのことだ。麻美も吉永君が好きだってこと。出来ることならば、この先ずっとそれだけは聞きたくなかった。でも親友である以上、遅かれ早かれこの状況に直面せざるを得ないのはわかっていた。でも……。その日が今日だというの? 想像以上に残酷な瞬間だと思う。
「あたしね、吉永が……好きになっちゃったみたいなの。夏休みに入ってすぐの地区の陸上競技大会で、カレ、二百メートルで大会新記録出したでしょ。 あの時、ビビビって来たの。マジでカッコよかったんだから」
記録のことは母さんから聞いた。まるで自分の子どもが快挙を成し遂げたみたいに喜んでわたしと愛花に半分自慢げに知らせてくれたのだ。実のところ、わたしも母さんに負けないくらい嬉しかったんだから。次の日、朝刊の地域スポーツコーナーの小さい一角を、こっそり切り抜いて宝箱に保存しているのは家族の誰にも内緒なんだ。確かに、吉永君の走りっぷりは凄まじくカッコいい。中学の時の体育祭は、別名吉永祭りって言われるくらいで、彼の活躍は本当にすごかった。そんな彼の姿に麻美が心を奪われるのも仕方ない。
「優花が吉永と同じ中学出身なのは知ってたけど、まさか住んでるところまで一緒だなんて今朝まで知らなかったんだから。優花ったら黙ってるんだもの。もっと早くそう言ってよ」
「ご、ごめんね。でもさ、吉永君と同じマンションに住んでるってこと、別に言う必要なんてないって思ってた。だって、マミが吉永君のことを好きだって知ったのは昨日だよ。だからわざと内緒にしてたとかじゃないってこと、信じて。お願い」
「それもそうだね。ふふふ。でもさ、今日絵里に聞いて、ひっくり返りそうになるくらいびっくりしたんだから。最近は部員の住所録もコピーしちゃダメって言われるでしょ? 電話番号しか知らないんだもの。いきなり住所とか吉永に聞けないし。でね、優花の知ってる範囲でいいから、カレのこと、いろいろ教えて欲しいの。カレがどんな食べ物が好みだとか、好きなアーティストが誰だとか。それと、あまり聞きたくないけど、カノジョがいるのかどうなのか……とか。もし、昔の辛いことを思い出すようなら無理は言わないけど……」
目を潤ませながら、麻美が切実に訴える。いくら無理は言わないって言っても、このままはいそうですかと言って目の前の麻美の願いを退けるわけにはいかない。
「まさか優花。優花も吉永が好きってことはないよね? けんかするほど仲がいいっていうじゃない? 親しいからこそ、意地悪なことも言っちゃったりする、とか……。もしそうならあたし、優花にとてもひどいこと……言ってしまったかも」
麻美……。どうしよう。本当のこと言った方がいいのかな。わたしも吉永君が好きだって。でも、もしそんなこと言ったら、わたしたち、これからどうなるの? もう親友でいられないよね。こんな風に好きな人のことを話したりもできなくなってしまう。