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そばにいて  作者: 大平麻由理
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4.幼なじみの定義

 ついさっきまで、本当に勉強するつもりだった。だって、あさっては全国一斉模試がある。未来の夢を実現させるためにも、がんばらなきゃいけないのに。なのに、ちっとも集中出来ないんだよね。

 お弁当を包んでいたピンクのバンダナは、しっかりわたしの手の中にある。吉永君が届けてくれたんだもの、すぐに洗うなんてできっこない。結び目あたりを持ってくれたのかな。それとも、底の部分に手を添えてくれていた? あああ……。出来ることなら、ずっとカバンの中にでも潜ませておきたい。そんなことしたら母さんに怪しまれるから実現不可能だけど。だったらせめて今夜だけでも、こうやって眺めていたい。

 バンダナをそっと膝の上に置いて、引き出しから二つ折りになったオレンジ色の鏡を取り出した。小さい子がするみたいに前髪を上に向けてゴムでくくって、まん丸な顔を映してみる。うーん。これがクラスで一、二を争う素材だって絵里が言ってたけど、ほんとかなあ。目はそんなに大きいわけではない。妹の愛花の方がパッチリ二重でずっと大きい。唇も、絵里みたいにプルプルしてないし。顔の大きさだって、これまた愛花の方が小さい。絵里にも愛花にも敵わない。何もかもが標準的な普通の顔だ。

 自分の顔の中で一番気に入っているところといえば鼻かな? 決して高くはないけれど、形はまあまあいい方だと思う。ふふふ。やっぱり絵里は、わたしを慰めてくれただけなんだ。お世辞にも美人とはいえないもの。ちょっとがっかり。

 絵里は、二学期中にカレシを作るって宣言した。今年のクリスマスは彼とロマンチックに過ごす予定なんだって。そしてお姉さんにそのカッコいいカレシを自慢するのが目標って言ってた。そのためにはもっと女の子らしくなる必要があるので、グロスをつけて、女性であることを意識するように心がけているらしい。

 絵里にはすでにお目当ての先輩がいて、その人に振り向いてもらえるよう、最大限、努力するのはもちろん、最後は自分から告白するのもアリとまで言う。さすが絵里。わたしも見習わなくちゃいけないとは思う。思うけど……。吉永君に告白だなんて、逆立ちしても無理な話だ。どうせわたしのクリスマスは、愛花と一緒に家のリビングでクラッカーを鳴らして、チキンとケーキを食べて過ごすってことになるんだろうな。

 絵里がつけてあげるって言ったあのグロス。わたしには似合わないよ、なんて言いながらも、しっかりメーカーと商品名はチェックしておいた。今度、同じのを買ってみようかな。学校が休みの日にこっそりつけてみてもいいかも。少しは大人っぽく変身できるかもしれない。

 あれこれ考えながら持っていた鏡をたたんでバンダナを手首に巻くと、ベッドの上に寝転がり、昼休みに絵里に問いただされたことをひとつひとつ思い出していた。


「優花。この大嘘つき。すべて白状するのよ。いい? わかった? 」

 図書室の裏手にある古びたベンチでお弁当を広げながら、絵里は情け容赦なく、わたしを攻め立ててきた。でもね、わたしにはわかってたんだ。絵里が本気で怒っているわけじゃないって。だって、いかにも興味津々って顔だったもん。目は口ほどにものを言うってアレ。さっきの母さんみたいにね。

 とうとう絵里の熱意に負けて、正直に全部しゃべった。あっ、でもね、吉永君に片思い中のことだけは言わなかった。というか言えなかった。ただしわたしのポーカーフェイスは節穴だらけ。絵里のことだから、気付いちゃったかもしれないけどね。

 あーでこーでと吉永君との繋がりを簡単に説明し終えると、絵里がのっぴきならないことを口にする。

「それって、あんたたち、幼なじみじゃん。うわー、もえ〜〜っ! きゅんきゅんしちゃうね」

 幼なじみ? わたしと吉永君が? 残念ながらそれは違う。絶対に違う。そりゃあ小学校からずっと一緒だけど、それなら鈴木も城山も久木も成崎も、同じマンションに住んでる同級生たち全部が、もえ〜な幼なじみになってしまう。幼なじみっていうのは、ほら、アレでしょ? 朝起きたら勝手に家の中にいて朝ごはんを食べてたり、何だかよくわからないけど、起こしにきたりする、家族同様みたいな付き合いのあるべったりした関係……だよね。わたしと吉永君は、そんなに親しくないもん。小さい頃だって、ちゃんとインターホン鳴らして、おじゃましますって言いながら遊びに来てたし、一緒にご飯を食べたのだって三回くらいしかない。

 母さんだって、吉永君のおばちゃんに馴れ馴れしく話しかけたりはしなかった。この間はうちの子がお世話になりました……なんて、結構他人行儀にお礼なんか言い合ってるんだもの。これはもう、幼なじみの定義から大幅に逸脱してる。単なる近所の同級生としか言いようがない。

 だから絵里にはしっかりと否定しておいた。でも絵里は、わたしの言うことなんかおかまいなしに、もえもえ〜、きゅんきゅん、って、ひとり盛り上がってるんだよ。変なの。

 絵里は中学の時に隣の市から転校してきたから、今住んでる家の近所に幼なじみがいないんだって。だから余計に、わたしと吉永君の関係がうらやましいってそう言ってた。そんなものなのかな? でもひとりでにニンマリするような胸キュンの思い出なんて何一つないんだよ。いっそのこと、もっと家が離れている方が、謎めいててよかったのにってそう思う。

 いつから吉永君のことが好きなのかもわからないくらい、昔から好きだった。六年生の時には、もうすでにはっきり好きだと自覚してたから、それ以前なんだよね。意地悪ばかりされてたのに、なんで好きになるかなあ? 今もって、不思議で仕方ない。天井を見ながらベッドの上でニヤニヤしていたわたしを、愛花のけたたましい声が突如襲いかかる。

「お姉ちゃん! お客さん。はやく! はやく! 」

 中学三年生の愛花が、あきらかにわたしよりニヤニヤしながら、ベッドから姉であるはずのわたしを、力任せにいとも簡単に引きずりおろした。 

 



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